第34話 『魔導王朝遺跡攻略⑥ vsケルベロス 上』

『ガアアアアアアァァァァァァーーーーーッ!!!』


 巨獣と化したバレットが咆哮する。


「ぐっ……!」


 あまりの音量で、体中がビリビリと震える。

 もとからデカかった声だが、パワーアップされすぎだろ!


「おお、やっぱり見込んだ通りだ! 強化バレット君と僕の『石』との親和性はばっちりだね。素晴らしい! ああ、もしフェンリルに用があるんだったら、彼を倒せば石の状態には戻るんじゃないかな? ……まあ、無理だろうけどね。僕はここで、お前らが死ぬところを楽しく見物することにするよ」


 カールがそう言うと、ニヤニヤと笑いながら俺たちから距離を取った。


「この……っ!」


『ガアアアァァァッ!!』


「……くっ!?」


 カールに向かおうとしたソーニャに、獣化バレットが襲いかかる。

 その巨体からは考えられないほどの速度だ。

 だがさすがにこれを予期していたのか、ソーニャはギリギリのところで身をかわした。


 ――ズズン!


 振り抜いた剛腕が空を切り、勢いあまって広間の壁に激突する獣化バレット。


『グルルル……』


 ぶつかった壁はひどく損傷しているが、獣化バレットの方は無傷だ。

 唸り声をあげ、逃した獲物――ソーニャをにらみつける。

 

「この魔物……はやい」


 獣化バレットから距離を取ったソーニャの顔色が悪い。

 見れば、頬にうっすらと血がにじんでいる。


「大丈夫か?」


「問題ない。予想より少しはやかっただけ」


 ソーニャはそう言うが、獣化バレットはその鈍重な見た目からは考えられないスピードだ。

 俺だって離れた距離だからある程度動きが見えているが、接近されたときに反応できるか自信がない。


『お主よ。先ほどあの男がフェンリルを魔石へと変えた技は……』


「ああ。ドリアードも魔石に封印されていたよな」


 ウンディーネの言わんとしていることを察し、俺は頷く。

 あんなスキルを持った奴があちこちに居てたまるか。


 以前戦った異様に強い《イビルトレント》からは、ドリアードを封じた魔石が出てきた。

 その犯人はカールである可能性が極めて高い。


 だが、そのあたりを問い詰めるのはあとだ。

 まずは目の前の獣化バレットをどうにかしなければならない。


『ゴアアアアアアァァァーーーー!!』


 獣化バレットはソーニャを倒せなかったことが相当不満だったらしい。

 八つ当たりなのか、凄まじい速さでチンピラと『殺戮』に襲いかかる。


「うわっ! よせっ!? ぎゃああああっっ!?」


「ぐわっ!? 貴様! やめろおおおぉぉぉ!!!」


 俺とソーニャと戦い戦闘不能状態の二人では、バレットの攻撃を防ぐことはおろか、反応すらできなかった。


 バキッ……ゴキ……


「なんてことを……」


 血肉をまき散らしながら生きたまま貪り食われてゆく二人を目の当たりにして、ソーニャが絶句している。


 バキ……メキメキ……


 チンピラと『殺戮』を食ったバレットが、さらに変貌してゆく。

 首の両脇が裂け、二つの頭が現れた。

 いずれも狼のような面構えをしている。


 その様子はまるで、三つ首の魔獣、ケルベロスだ。

 もっとも、こっちの方が禍々しい見た目をしている。


 それに、バレットがこうなった原因は間違いなくフェンリルの魂を取り込んだことにある。

 危険度が『百人隊級』とされる普通のケルベロスとでは、比較にならないだろう。


『『『ガアアアアアアアァァァァーーーーーーーッッ!!!』』』


「ぐあっ!? うるせえ!」


「……くっ」


 三つの首が同時に咆哮する。

 さきほどとは比べものにならない、凄まじい音量だ。

 慌てて耳をふさぐが、ほとんど効果がない。


 クソ、これだけでも十分攻撃として通用するぞ!


「私が先行する。ルイ君は援護をお願い」


「分かった。だが、無理するなよ」


 ソーニャは短く頷くと、大剣に蒼炎をまとわせる。

 見た目は涼しげだが、触れれば骨まで灼かれる業火だ。


「分かってる」


 本当に分かってるのだろうか……

 彼女は見た目と能力に反してかなり脳筋寄りな性格と戦闘スタイルだからな。


 さっきもカールに突っ込んでいこうとしていたし、俺がきちんとフォローしてやる必要があるだろう。


「そこっ!」


『ガアッ!』


 ソーニャと獣化バレット――ケルベロスの戦闘が始まった。

 さすがに多少は手の内を知っているせいか、初手は危なげがない。


「――《蒼炎乱舞》」


 ソーニャがその細腕で大剣を軽々と操り、ありとあらゆる角度から神速の剣戟を繰り出してゆく。


 その一撃一撃が、ちょっとでもかすれば超高熱の炎が体の内部を焼き尽くすという、かなりえげつない技だ。


 これは、俺の出る幕はなさそうかと思ったが……


『ガアッ! グルルッ! ゴアアッ!』


 しかしケルベロスはそれを難なく躱してゆく。


「この反応速度っ……! 普通じゃない……!」


 ソーニャの声に焦りが滲む。


 彼女が横薙ぎの一撃を見舞えば屈んで避け、叩きつける一撃は横に飛んで躱す。

 鈍重な見た目からは想像できない速度とタイミングだ。


『ガウッ!』


 ケルベロスはそのまま壁に取りついたと思ったら天井まで跳躍し、カウンターの一撃を放ってきた。


「させない……っ!」


 もっとも、ソーニャもそこらの冒険者ではない。

 目では追いきれないほどの敏捷さを誇るケルベロスの動きを的確に見極め、余裕をもって受け流してゆく。


 戦力は、互角だ。


 そう思ったときだった。


『『『ガアッ!』』』


「……!」


 それまでは手足の爪で攻撃していたケルベロスが、三つの首で同時にソーニャに噛みつこうと襲い掛かったのだ。

 予測しない動きだったのか、彼女はこれに反応できない。


 だが、ソーニャの少しだけ背後にいた俺には、その予備動作がはっきりと見えていた。


「――《水壁》ッ!」


 ――どぷん!


 ギリギリのところで、水の膜が牙をむいた三つ首を阻む。


「――《水槍》ッ!」


 ――ヴンッ!


 続けざまに放ったそれを、ケルベロスは驚異的な反応速度で回避する。

 だがその攻撃が余裕綽々で見物を決め込んでいるカールの顔のすぐ横に水槍が突き刺さった。


「ぬわぁっ!? 危ないだろ! 観客に当たったらどうするんだ!」


「……まとめてやっちまおうかな」


「ルイ君、抑えて。あいつは裏の人間だとしても冒険者ではない。ギルドに引き渡すべき」


「……分かってるよ」


 ギルドは冒険者同士の戦闘を禁じていないが、冒険者以外の人間に対して危害を加えた場合はかなり厳しい処分がある。


 もちろんさっきの『殺戮』やチンピラのように向こうから攻撃を仕掛けてきた場合は別だが、それでも正当防衛を証明するために証人が必要だったり、いろいろ面倒な手続きがある。


『グルルルッ!』


 ケルベロスがカールをかばうように、俺たちの前に立ちふさがる。

 どのみち、コイツを倒さないとどうしようもなさそうだな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る