第32話 『魔導王朝遺跡攻略④ 幻獣フェンリル』

「ここが最深部のようだな」


 祭壇の隠し階段から続く未踏破部分は、そう長くはなかった。

 三階層ほど進んだところで、いままで陰鬱だった空気が一変した。


 そこはダンジョン入口の広間とほとんど同じくらいの広間だった。

 左右には石柱が立ち並び、荘厳な雰囲気を演出している。


 一番奥には……巨大な狼がうずくまっていた。

 死んでいるようには見えないが、微動だしないのでまるで剥製でも見ているかのようだ。


 狼の下には、これまた巨大な魔法陣が敷かれている。

 かすかにだが淡い燐光を発しているから、こちらはまだ生きているらしい。

 封印ってのは、あれのことか。


「ウンディーネ、あれがフェンリルなのか?」


『うむ。あ奴がそうじゃ。しかし……ずいぶんと縮んだのう』


 あれでかよ……

 この前倒したドラゴンと大して変わらないデカさだぞ。


「こんな大きな狼、見たことがない」


 ドラゴン相手でも物おじしないソーニャが絶句している。


『あ奴が全盛期のころは、ちょっとした山をまたぐほどの巨体だったのじゃ』


「でかすぎだろ……」


 というかあれ、封印を解いていいヤツなんだろうか……

 セレン魔王王朝の全盛期に、都市をまるごと滅ぼしたヤバい幻獣なんだよな? 見た目的には、ただのデカい狼だが。

 というか、あのモフモフにダイブしたら幸福で昇天しそうだ。


 まさか、都市を滅ぼしたって、そういう……


『お主、何かわけわからぬことを考えておるな?』


「い、いや? 何もかんがえてねーし!?」


 ウンディーネに胡乱な目で俺を見てくる。

 こいつ……さすが、俺の身体に憑依しているだけあって鋭い。

 というか、本当は心を読まれてないか?


 とはいえ、フェンリルにコンタクトを取らないことには始まらない。

 意を決し、一歩踏み出した……そのとき。

 

「おやー? こんな不人気ダンジョンで人間に出会うとはねえ? 珍しいこともあるもんだ。で、誰? 君たち」


 気の抜けた声が聞こえ、フェンリルの裏から人影が出てきた。

 そいつはダンジョンに似つかわしくない、優男だった。 


 というか、服装から装備まで、何から何までダンジョン用ではない。

 まるで自宅から出て、ちょっとそこらへんの飲み屋に繰り出そうかな、といった風体だった。


 なんだコイツは……?


「貴方こそ誰」


 前衛のソーニャが進み出て、俺の前に立つ。

 凍てつく気配を漂わせ、すでに大剣は抜き放たれている。


 ちなみにウンディーネは知らない人が出てきたのですでにポーチの中だ。

 まあ彼女は戦闘には参加しないので、俺としても都合がいい。


「……チッ。『氷姫』かよ」


 小さく舌打ちが聞こえ、優男が苦々しげな顔になった。


「ソーニャ、知り合いか?」


「知らない。でも、分かる。あれは裏社会特有の臭いがする」


 そういえば、ソーニャは裏社会の連中を狩ることもあったんだったか。

 もしかしたら、知らないところで恨みを買っていたのかもしれない。


 だが……


「裏社会の人間がなんでこんな場所に?」


「分からない。でも油断はできない」


「それについては同感だ」


 裏社会の連中は、ただのチンピラの集まりじゃないことは周知の事実だ。

 元傭兵くずれや、元冒険者、しかも高ランク冒険者だったヤツもいると聞く。


 そもそもこんな場所に何一つ専用の装備を身に着けずいる時点で相当ヤバいいヤツなのは確定だ。


 舐めてかかれる相手ではないだろう。


「あー、『氷姫』サンと……ええと君は最近コンビを組んだ魔術師君かな? 僕としては、ここで君らと争うつもりはないんだよね。それにここにはダンジョンボスもいないよ。いるのは人間なんかに封印されたまま眠りこけている駄犬だけだ」


 言って、優男はフェンリルの身体をぽんぽんと叩く。


「ていうかさ。こんな不人気ダンジョンで君に半殺しにされた日には、もうあとは死を待つだけだろ? それは勘弁なんだよねぇ……殺さないよね?」


「それは貴方の出方次第」


「おっと! 大剣をこっちに向けないでくれよ! 危ないなあ! ったく、これだから『氷姫』とか言われるんだよ……とにかく、僕は何も持ってないよ。ほら、丸腰だ。戦う意欲もない。あっても、君に勝てる気はしない」


 ウソだ。

 優男は服をひらひらさせたり両手を広げたりして、敵意がないことを見せびらかているが、本当に半殺しにされるなんて毛ほども思っていないだろう。


 そういう自信が、ヤツからはにじみ出ている。


 それに……


「ソーニャ。フェンリルの裏手に三人隠れている。気を付けろ」


「分かった」


 こういうとき、《水見》は便利だ。

 不意打ちをくらわそうとしても、完全に位置を特定できるからな。


「はあ……なんだよ。バレてたのか」


 俺の指摘が聞こえたのか、優男が観念したように肩を竦める。


「そこの魔術師くん、空気読めないってよく言われない? 『鑑定』か『索敵』が使えるのか知らないけど……おいお前ら、出てきてやれ」


 優男に呼ばれ、眠るフェンリルの背後から三つの影が出てきた。


 一つは、長身の陰気な男。

 もう一つは、小柄で見るからにチンピラ風の男。

 そしても一つには……見覚えがあった。


「……バレット!?」


 一番最後にフラフラと出てきたのは、間違いなくバレットだった。

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