第30話 『魔導王朝遺跡攻略② 隠し通路』
『ふおおおぉぉぉっ!? なんじゃこの眺めはっ!?』
ダンジョン内部に足を踏み入れたウンディーネが驚きの声を上げた。
それも無理はない。
内部は完全に異界だった。
まず目に飛び込んできたのは広大な夜空を思わせる空間だ。
明らかに断崖の天辺を超える高さの天井は夜明け空のような幻想的な色合いで、星々のような黄金色の瞬きがそこを満たしている。
「きれい……」
ソーニャもその様子をみて、うっとりとした様子だ。
「これは聞いていたよりもずっとすごい眺めだな」
もちろん俺も、いち魔術師としてこんな素晴らしい光景を前にして気持ちの高ぶりを抑えることはできなかった。
つい、篠突く雨のように言葉があふれ出してしまう。
「なるほど。あの星々のような
「床を構成する水晶石板にもかなり高度な結界術式が刻み込まれているし。……なるほど、これは摩耗を防止する術式だな? しかも、防塵と思しき術式も組み込んである。こんな高度なものを一枚一枚に施しているとは……セレン魔導王朝というのはとんでもない技術力と生産力を持っていた文明だな」
『お主は情緒のかけらもないのう……』
ウンディーネが呆れられてしまった。
だが魔術師というのはこんなものだ。俺だけじゃない。
「情緒なんて、ダンジョンに持ち込んでも無駄なだけだ。たしかにこのダンジョンの歴史的価値は相当だが、それだけじゃないぞ。見ろ」
俺は広間の奥を指さした。
広間の奥半分は、床が途切れていた。
奈落がぽっかりと口を開け、底は闇に覆われ見通すことができない。
夜空のような天井に見とれて歩いてゆけば、ここに落ちてしまうことになるが……さすがにこれは罠というわけではないだろう。
ただ、侵入者除けという意味ではそれなりに有効だ。
事実、第二階層へと続く通路は、その奈落を渡った先に見えた。
ただ、あるべきはずの橋や通路がなかった。
「む……さすがにこの距離は、助走しても飛び越えることはできない」
「当然だ。さすがにセレン魔導王朝の奴らもそんな身体能力はないだろうさ」
ここを自力で渡るのならば、空を飛ぶしかない。
『ならば、どうするのじゃ? このまま飛び降りるのかえ? 我だけならば、それも可能じゃろうが……いや、わかったぞ! 先ほどのようにドリアードの『力』の出番じゃな?』
「いや、多分無理だ。ここから飛び降りても、おそらく直下の階層にたどり着くことはできない」
一応俺も召喚魔術を学ぶ傍らで、ほかの魔術についての知識も叩き込まれている。結界魔術は特に召喚魔術に基礎となる魔術だから、この程度のことは分かる。
『それはなぜじゃ?』
「この奈落は、おそらく結界魔術による時空拡張術式によって構成されている。飛び込んだら、どうなるか予想もつかないな。永遠に奈落を落ち続けるか、最悪、亜空間に放り込まれて永遠にそこを
『うう、そんな目に遭うのはもうゴメンなのじゃ!』
ウンディーネが首をすくませている。
そういえば、彼女の元いた幻獣界は何もない空間だったらしいからな。
余談だが、おそらく飛び越えることもできないだろう。
《水見》では奈落の上にも、妙な魔力の淀みが感じられた。
無理に突破しようとしても、そのまま浮力を失って奈落に引きずり込まれてしまう可能性が高い。
「でも、どうする? このままでは先に進めない」
「ああ。だからここは、ダンジョンの仕掛けを使う」
ソーニャに対する答えは、こうだ。
俺は広間を進み、奈落のすぐ手前まで進み出る。
床の端には、俺の腰ほどの高さの、四角い石柱あった。
俺はそれにそっと触れる。
すると石柱に淡く光る魔法陣が浮かび上がり――
音もなく、奈落から足場が浮上してきた。
大きさは、だいたい五、六人がゆったり座れるほどの大きさだ。
『おおっ……!! ようやくわかってきたのじゃ。これが、このダンジョンの仕組みなのじゃな?』
足場を見て、ウンディーネが合点がいったようにうなずく。
「そうだ。このダンジョンの特徴は、こんな感じの設備や仕掛けが大量にあることだ。俺たちは素直にそれらを使えばいい」
もちろん内部の見取り図は頭に叩き込んであるから、たとえ罠や妙な仕掛けがあっても、問題ない。
「さあ、最下層まで最速で進むぞ」
言って、俺は浮遊する足場に乗り移った。
◇
「ここが最下層……で、いいんだよな?」
見取り図、というアイテムは偉大だ。
このダンジョンは入口のような魔術を使った仕掛けが満載で、とても初見では攻略が困難な場所があったり、知らずに通過すると回避しようのない致死性の罠が仕掛けてあったりとかなり難易度が高かった。
おまけに出現する魔物も魔導ゴーレムばかりで魔石をほとんど落とさない。
もちろん遺物の類はほとんど持ち去られたあとだし……
これでは、立地もあいまって冒険者に不人気なダンジョンになるわけだ。
それはさておき。
今俺たちは、最下層の最奥部と思しき祭壇の前まで来ていた。
これまで見てきたものと同じような、荘厳な造りのものだ。
ただ、それ以上でもそれ以下でもない。
もともとここには宝物か何かが祀られていたようだが、それも他の冒険者たちによって回収済みだ。寂しく台座だけが残されている。
もっとも、俺たちにとってはここからが本番だが。
「当たりをくまなく探したけど通路はなかった。本当に下層につながる道がここに?」
「ああ、必ずあるはずだ。そもそもここまでで、ダンジョンボスらしき魔物にも出会っていない。ここは最下層じゃない」
だが、どこだろうか。
隠し通路? 転移ゲート? 今でこそこのダンジョンは冒険者があまり来なくなったが、発見当時はそれなりに探索されたはずだ。
だというのに、下層に向かう通路を見つけることができなかった。
たしかにここはもう十階層より深い。
最下層だと考えるのは無理もないが……
「ん……? なんだこれは」
全体を俯瞰しようと祭壇のある広間に入る通路の近くまで戻った、そのときだった。
通路のすぐわき、広間の壁のちょうど目の高さのあたりに、妙な紋様があるのに気づいたのだ。
もともとこのダンジョンの壁面や天井には、複雑な彫刻が所狭しと刻みこまれているのだが……その紋様は、それらに溶け込むように配置されていた。
「おい、ソーニャ! 来てくれ! この広間の仕掛けを見つけたぞ!」
「なに?」
ソーニャがやってくると、俺は例の紋様を指さした。
「これだ。おそらく、この魔法陣が隠し通路を開く仕掛けになっている」
「これが? 私には、ただの彫刻美術に見える。それにこのあたりは、すでに私が調べた」
俺も一瞬気のせいかと思ったが……これは明らかに魔法陣だ。
あまりに自然すぎて、おそらく結界魔術の素養があるものにしか分からない、そんな紋様だ。
「まあ、見てろ。……念のため、君は通路に下がっていてくれ」
俺はソーニャを通路に退避させたあと、魔法陣に魔力を流し込んだ。
すると……
ゴゴゴゴゴゴゴゴ――――
『ほう。やはりお主の推測は正しかったようじゃな』
目の前の祭壇が沈み込み……
そこには、下へと向かう階段が姿を現していた。
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