第28話 『異変と予兆』

「このダンジョンはおかしい。魔石が出なくなった」


 ソーニャがそんなことを呟いた。

 ちょうどダンジョンの深層に差しかかろうとしたときのことだ。


「そうか? さっき俺が倒したヤツは普通に出たぞ。たまたま小さすぎて見つからなかったとか、そういう特異個体だった可能性は?」


「ありえない。今倒したのは、ここに出現する魔物としてはごく一般的な豚頭鬼オーク。拳大の魔石が出なければおかしい」


「そうか。だとすると、確かに妙だな」


 このダンジョン――『スリヴァニ獣神殿』は発見されて十年も経っていない。踏破済みのダンジョンではあるが、まだ『枯れる』には早すぎる。


 そもそも俺たちが受けたほかにも魔石の収集依頼がいくつもあったし、依頼の受注手続きをしてくれたシャルさんも、別段魔物の数や魔石の質が落ちたという話をしていなかった。


「次に出てきた魔物で試してみるか。ないとは思うが、君の《蒼炎》で魔石が燃え尽きてしまった可能性を考慮して、今度は俺がやってみる」


「了解。ルイ君に任せる」


 通路を少し進むと、ソーニャが倒したのと同じオークを発見した。

 数は三体。

 こちらにまだ気づいていない。

 俺は先制攻撃を仕掛けることにした。


「――《水槍》」


 ――ヴヴヴンッ!


『ギッ!』『ブヒッ!?』『ピギッ!?』


 知覚外からの攻撃を受け、あっという間に魔物たちが光の粒子へと変わる。

 魔石は出なかった。


「……たしかに君の言うとおりだな」


 別にソーニャの言い分を疑うつもりはなかったが……これはどういうことだろうか。


「どう考えても異常事態。こんなことは今までなかった」


「同感だ。攻略途中にダンジョンが突如『枯れる』なんてありえるのか?」


 と、自分で言ってみたものの……ありえないだろう。

 通常、ダンジョンが『枯れる』には数十年単位の月日が必要だ。


 唯一考えられるとすれば……


「「今この瞬間に、ダンジョンコアが消失した?」」


 おお、ソーニャと声がハモってしまった。

 だが、たどり着いた結論は同じだったようだ。


 なぜかソーニャが嬉しそうな顔(無表情)をしているが、今はそれどころではない。


「しかし参ったな。今度の遠征はいろいろと物資を調達する必要があるんだ。金なんかいくらあっても足りない。魔石が出ないんじゃ商売あがったりだぞ」


 もちろん今度の遠征の話は、ソーニャにも話してある。

 彼女は二つ返事で「行く」と言ってくれた。


「私の貴方のためならば、お金などいくらでも出す。私の財力を舐めないでほしい」


 ソーニャがドヤ顔(無表情)でとてつもなく魅力的な提案をしてくるが、もちろん彼女に甘えるつもりは毛頭ない。


  別に彼女の財力を舐めるつもりはないが、俺だって甲斐性なしなところを彼女に見せたくはない。


「ありがとう。だが、そこは自力で何とかする。ただでさえソーニャには俺のわがままに付き合ってもらうんだ。今日だって、本当は特別任務があったのに断って俺に付きあってくれてるんだろ? これ以上甘えるわけにはいかない」


 たしか、最近裏社会で派手な勢力争いが起きているらしく、アグルスの治安維持組織からギルド経由で、『氷姫』へ助っ人依頼があったらしいのだが……彼女はそれを蹴って、俺の用事に付き合ってくれている。


 というか、ならず者をしょっ引くのにドラゴンをも狩る『氷姫』を駆り出すのはオーバーキルにもほどがあるというものだ。


 きっとほかの冒険者が十分に対応してくれることだろう。


「……残念。でも、ルイ君がそう言うのなら」


「気持ちだけは、ありがたく受け取っておくよ。で、どうする? 俺はこのまま最下層まで進もうと思う。もしかしたら、この階層だけの現象かもしれないからな」


「私もそうしたい。何が起きているのか、この目で確かめる必要がある」


「よし、方針が決まったのなら即行動だ」


「了解」




 結論から言おう。


 最下層には、ダンジョンコアは、存在しなかった。

 何者かによって、盗まれていたのだ・・・・・・・・




 ◇




「お疲れルイ君と『氷姫』さん……って二人ともどうしたの、その顔」


 ギルドに戻りカウンターへ向かうと、俺たちの顔を見るなりシャルさんが怪訝な表情になった。


「じつは、かくかくしかじかで」


「ええっ!? 君たちのところもそうなの?」


 簡単に状況を報告すると、シャルさんが驚いた顔になった。

 というか……


「『俺たちも』ってことは、もしかしてほかのダンジョンでもコア消失が起きてるんですか?」


「実は……うん。もちろんコア消失だけじゃなくて、破損したり急激に力を失っていたりといろいろなんだけど……ここ数日、何件も報告が上がってきてて。タイミングの妙で同時多発的にダンジョン枯渇が起きることはあるけど、ここ十年でこんなに重なったのは初めてかな」


「そうなんですか……」


「それと、話は変わるんだけど……ルイ君は『咆哮する狼ハウリングウルフ』の面々とは、まだ交流はある? あ、あの高慢ちきなバレットは別として」


「いや、ないですね」


 思い出したくもないが、バレットとは先日会った。

 だが、そう言われてみれば……ダンジョンで放置された一件からゲインたちとも一度も会ったことがないな。


 風のうわさでは、バレットに愛想を尽かしてパーティーは崩壊したらしいのだが……


「彼らが、何か?」


「実はね、バレットを含めてみんな消息不明になってて」


「……そうなんですか」


 正直、反応に困る話題だ。

 あいつら全員、どうなっていようが本当にどうでもいい。


 消息不明というのだから、どこぞのダンジョンの深層で野垂れ死んだのだろうか。

 まあ、奴ららしい末路と言えるが。


「……そっか。君も何も知らないんだね。だったらこの話はこれでおしまい。じゃあ、魔石の鑑定に入ろっか」


 シャルさんはその後、彼らの話題を出すことはなかった。




 ……魔石はどうにか規定量と品質をクリアして、依頼自体は達成できた。

 これで遠征資金の目途は立ったのだが……


 ゲインたちについては、なんとも後味の悪い幕引きだった。

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