第27話 『ライブラ遺物大書庫』

『お主お主っ! おもしろい書物を見つけたのじゃ!』


 静謐な空気と古木の匂いで満たされた大書庫の中。


 そそり立つ壁のような書架から目当ての書物を探していると、人間姿のウンディーネがトテトテと駆け寄ってきた。

 なにやら、分厚い革製の本を抱えている。


「おお、新しい手がかり、見つかったか?」


『そんなことはどうでもいいのじゃ! なんとここにある書物、あの古代イル=ヒグ王朝に書かれた恋愛叙事詩じゃ! こんなモノが保管されておるとは……現世うつしよも捨てたものではないのじゃ!』


「……なんだそのみょうちくりんな王朝名は」


 ていうか恋愛叙事詩ってのもなんだ。


『知らぬのか? お主、人生の半分を損しておるぞ。これは今から三万年ほど前に栄えた、機甲族の姫君と人族の勇者が治めた王朝の歴史書なのじゃが……人族の勇者が邪悪な老王にとらわれた姫君を助け出すところなんぞ、まさにラブロマンスの真骨頂と言っても過言ではないのじゃ』


 いや、古代の恋愛本とか、どうでもいいんだが……

 ウンディーネはどうやら当初の目的を見失っているようだ。


「あのなあウンディーネ……俺たちはこの大書庫に、何を探しにきたのか分かってるのか?」


 テンション爆上がりのウンディーネに、俺は冷ややかな目を返してやる。


『ぬう……分かっておるわ」


 彼女は我に返ったのか、バツが悪そうに目をそらした。


『現世に散らばる幻獣の情報じゃろう?』


「そうだ」


 ダンジョン都市アグルスには、ダンジョンから持ち帰った魔石の処理施設だけでなく、その収集作業中に発見された遺物を保管する施設がいくつかある。その中でも『本の遺物』を保管しているのが、ここ『ライブラ遺物大書庫』だ。


 ここには、少なくとも百年以上にもおよぶダンジョン探索の成果が収められている。


 俺たちは彼女やドリアード以外の幻獣の手がかりを探しに、地上三階、地下五階にも及ぶこの巨大な書庫にやって来ていた。


「俺は召喚術士として、高みを目指したい。それには、さまざまな召喚魔獣……俺の場合は幻獣だが、彼ら彼女らと出会い、可能なら契約を交わして力を得ることが不可欠だ」


「うむ。我の知る『一流の召喚術師』といえば、十柱の幻獣と契約しその力を同時に行使していたものじゃ」


「だが、俺は幻獣の存在をスキル名としては知っていたが、実際にそれが何なのかすら知らなかった。召喚術師の家系に生まれそれなりに教育を受けた、この俺がだ。となると、今の世にある書物からは、幻獣に関して得られる情報はおそらくない」


「まあ、そうじゃろうのう」


 「だから、だ」と俺は近くの書架から本を抜き出してウンディーネに渡す。


「たとえばこれは『ベリアル第七遺跡』で発見された魔導書の写本だが、ここには古代魔術の術式だけではなく、それにまつわる過去の出来事も記されている。君には、この中から幻獣の手がかりを見つけてほしいんだ」


『ふむ。しかし、この本……写本、とな』


 どう見ても年季の入った本物の魔導書を、しげしげと眺めるウンディーネ。

 まあ、俺も最初は同じ感想を持ったものだ。


「スキルとか魔道具を使って内容を複写したものだ。ここの司書はそういうスキル持ちらしいぞ」


『便利じゃのう』


「同感だな」


 ちなみに現物はここの地下六階以下の倉庫にあるらしい。

 まあ、一点ものだし破損したらシャレにならないからな。


 とはいえ、この膨大な量の書物がすべて複製だとはとても信じられない。

 ここの司書、かなりのハードワークぽいな……


「ともかく、だ。この書物が出てきたダンジョンは、たしか約六百年前に滅びた帝国に関する都市遺跡だったはずだ。もしかしたら、幻獣の手がかりが見つかるかもしれない」


『了解なのじゃ。要するに、固有名詞の中に我の知る幻獣の名がないか調べよ、というわけじゃな」


「ああ。この仕事は君にしか頼めない。ドリアードは寝てばかりで協力してくれないしな……とにかく、俺はめぼしい書物をかき集めてくるから、あとは頼むよ」


「うむ、頼まれたのじゃ! 幻獣は契約者の役に立つことこそ誉れ、なのじゃ。お主よ、大船に乗った気持ちでいるがよいぞ」


 言って、ウンディーネが近くのテーブルに本をドスンと置いた。


「それと、だ」


「なんじゃ、お主よ」


「その恋愛叙事詩とやらは、たしか再複写可、だったはずだ。調査が終わったら、帰りがけにでも司書の人に頼もう」


『おお、さすがは我が主じゃ! ならば……あれとこれと……これとこれも頼むのじゃ!』


「持って帰るのはいいが、読めるのか?」


「当然じゃ! 我の速読術を侮るでないぞ?」


 複写本は一週間で本自体が消滅する時限魔術が施されているが、本当に大丈夫だろうな?




 ◇




『お主、あったのじゃ!』


 それは大書庫の終業間際のことだった。

 大量の書物に埋もれていたウンディーネが、声を上げた。


「でかした! どの記述だ?」


『ここじゃ』


 俺が駆け寄ると、ウンディーネが開いた魔導書の記述を指さしていた。


「どれどれ……《都市はかの神が遣わした獣、フェンリルによって灰燼と化した。我々セレン聖騎士団はこれに対抗するため神堕としの秘術を用い、これを神殿最下層にて封印することに成功し――》……この『フェンリル』ってヤツのことか」


『そうじゃ。あやつは現世では狼の姿をしておったのじゃが……ドリアードとは対極の意味で放蕩ものでな。あちこちをフラフラと旅する困った癖があったのじゃが……まったくあやつ、街をまるごと滅ぼすなど何をやっているのじゃ……』


 どうやらそのフェンリルという幻獣も、ウンディーネの知り合いらしい。

 彼女の口ぶりからすると、ロクなヤツじゃなさそうだが……


 まあ、そこは会ってみてから考えるか。


「この魔導書は『古代結界魔術』に関するもので、四百年前に滅亡したセレン魔導王朝期に書かれたものだな。フェンリルに滅ぼされたという都市遺跡のダンジョンは、たしか踏破済みだ。内部の見取り図もある。おまけにアグルスから三日ほどの場所でそう遠くはない。でかしたぞ、ウンディーネ!」


『や、やめろお主よっ! 我の頭をモシャモシャするでない! せっかく今朝、ソーニャに結ってもらったというのに……ぬあああっ!!』


 しかし……神殿の奥に封印されているフェンリルだが、もちろんダンジョンは最下層まで踏破済みだ。


 となると、現在ダンジョンボスとされている魔物は実はダンジョンボスではなく、さらに深くまで続く道が隠されている、ということになる。


 ……少し入念な準備が必要かもしれないな。

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