第26話 『バレット、完全に詰む』
「すいませんカールさん! いずれ金は耳をそろえて返しますッ……! だから、殺さないでくれ……ッ!!」
俺は廃屋の埃臭い床板に額をこすりつけ、命乞いに必死だった。
「いやいや、頭を上げてよ……ええと、バレット君、だったかな?」
頭上からのんきな口調で話しかけられる。
「オイコラてめぇ! カールさんが「頭を上げろ」と言ってるだろうが! さっさと顔上げろやっ!」
「殺すぞ」
「うげぇっ!?」
ドガッ! わき腹に強烈な衝撃。
バキッ! さらに顔面に衝撃。
カールのクソ野郎の取り巻きの仕業だ。
喰らう瞬間に《身体強化》で防御してなかったら、骨が砕けていたところだぞ……!
冒険者崩れが、調子こきやがって。
この前は前歯を折りやがったし、絶対に許さねえぞ!
「まあまあ、二人とも落ち着いて。僕は暴力って嫌いなんだよ。痛いしさ」
「すいません、カールさん」
「差し出がましい真似を」
ピタリ、と暴力が止まる。
「ぐ……」
どうにか顔を上げる。
ヘラヘラと笑みを浮かべるカールの顔が目に入った。
「さて、再開の挨拶も済んだことだし、本題に入ろう。バレット君。君、たしか……『月夜の妖精亭』に金貨500枚のツケがあるよね」
「金貨526枚です、カールさん」
取り巻きが訂正する。
「ああ、そうそう! 僕はお金を数えるのは好きなんだけど、覚えるのは苦手でさ。……書類くれる?」
カールは取り巻きから書類を受け取ると、読み上げ始めた。
「ええと、霜の月、金貨42枚。雪の月、金貨53枚。それから、各月の利子が……ええと……まあいいや。たくさんだ、たくさん!」
カールが書類を放り投げる。
それを取り巻きが慌ててキャッチした。
「ともかく、だ。僕ら『赤の輝き』は君のツケを『月夜の精霊亭』さんから買い取ったわけ。でもさ、君。もう返済期限、二十日も過ぎてるんだよ? ……僕ら、結構我慢強く待ったほうじゃない?」
「おっしゃるとおりです、カールさん」
「カール殿は優しすぎる。こんな輩、さっさと解体してダンジョンに撒けばいいのだ」
「まあまあ二人とも。それに、今日はこうしてバレット君も顔を出してくれたわけだしさ」
俺はテメーらに拉致られたんだよ……ッ!!
あの「へっぴり虫」にボコられて動けねえところをな……!!
……とは口が裂けてもいえねえ。
カールはバカでへなちょこで優男風クズだが、取り巻きはホンモノだ。
右は元Aランク冒険者で金庫番のビリー。
左は元『
どっちか一人でも、今の俺じゃ勝てる見込みはない。
とくに『殺戮』の野郎は趣味で暗殺稼業をやっていたのがバレてギルドを追い出されたという、生粋のサイコ野郎だ。
少しでも選択肢を間違えりゃ、確実に殺される。
ここが正念場だ、俺!
どうにかこの場を切り抜けて、コイツらが追ってこれないところまで逃げるしかない。
俺は哀れな子犬のような表情を作り、悲鳴じみた声でまくしたてる。
「カールさん。どうにか、あと三日待ってくれないか……? 俺は今、『氷姫』のパーティーに加入しようとしているところなんだッ! 彼女とはもう顔合わせも済んだッ! 『氷姫』と組めれば、未踏破ダンジョン攻略だの魔獣討伐だので、金なんてあっという間に返せる……! どうだ、俺の将来を信じてみる気は――」
「あぁ? ……『氷姫』、だって?」
俺の必死の説得をニコニコと聞いていたカールから笑みが消えた。
「……へ?」
「お前さあ。あの『氷姫』と知り合いなの?」
急激に周囲の空気が冷えていくのが分かった。
マズい。
なんだ? 何をしくじった?
まさか、『氷姫』はヤツの禁句だったのか……?
たしかに『二つ名持ち』の中には裏稼業の連中を狩るのもいるって聞くが……『氷姫』はダンジョン攻略勢だったんじゃないのか!?
「いや……その……」
「答えろよ。お前、アイツの仲間なのか?」
淡々と、カールが質問をする。
口の中がカラカラに乾いて舌がうまく動かない。
背筋に、氷を突っ込まれたような嫌な感覚がじわじわと広がってゆく。
クソ、どうすれば……いや、ここは本当のことを話すべきだ。
今、その場しのぎのウソは見破られると印象が最悪になる。
だったら……!
「いや……すんません。ウソをつきました。俺、あんたに自分を大きく見せたくて……実は俺、『氷姫』と組もうとしたんですが断られちまって……! けんもほろろだったッ! ウソじゃねえ! 賭けてもいいッ!」
「…………ほんとぉ?」
「ひぃぃッ!?」
クソ、コイツ……なんて目をしてやがる!
まるで……俺を、そこらを飛び回る羽虫か何かにしか見てねえ目だ。
だが。
「だ、よ、ね~~☆」
いきなり、カールが元のヘラヘラ顔に戻った。
「……へぁ?」
「いやいや、バレット君てばさ、ホント冗談が上手いんだからさぁ。あんまりにも真に迫った演技だったから、僕、ちょっと本気にしちゃったよ~」
「は、ははは……」
空気が一気に弛緩する。
取り巻きどもの殺気も霧散する。
クソ、ちょっとシモのあたりがじんわり温かいぜ。
無事帰ったら、すぐに水浴びをしたい気分だ。
「ま、無理だよね。君には」
カールが続ける。
「僕も知ってるさ、『氷姫』は。彼女は特に、君みたいなタイプは大嫌いだろうし。バレット君、君は潔白だ」
「そ、そりゃそうですよ! 俺が『氷姫』に気に入られるわけがねぇッ!」
自分でも何を言っているのか分からなかったが、とにかく場を切り抜けるのに精一杯だった。
カールが言う。
「そういえばさ、君、お金に困ってるんでしょ? こんなに借金してるくらいだし。ならば、僕の下で働いてみない? 今度ちょっとダンジョン探索に出かけようと思ってるんだけど、たまたま腕っぷしのある人間の在庫を切らしちゃっててさ」
「……はぁ」
カール独特の言い回しが気になるが、悪くない申し出ではある。
裏稼業ってのは、腕っぷしがあれば稼げる仕事だ。
カールの申し出は魅力的だった。
「もちろん、俺にはありがたい申し出っす」
「そうかそうか、それはよかった!」
「まあ、コイツならいいか」
「殺せずに残念だ」
俺の回答に、カールの顔がパッと明るくなる。
ふう、どうやら危機は乗り越えたみてえだ。
一時はどうなることかと思ったが……
それを自覚して、少しだけホッと心が軽くなる。
「カールさん、俺、一生懸命働きます。だから、よろしく頼みます」
「うんうん、もちろんだよ! よろしくね、バレット君! じゃあ、さっそくだけど……これ、何かわかる?」
カールが、懐から何かを取り出した。
親指ほどの、魔石……だろうか?
だが、見慣れたヤツとは少し違う。
なんだ、アレ……?
魔石の中が赤黒く濁っていて、よく見えない。
カールは自慢げに魔石を見せびらかしながら、先を続ける。
「これはね、『封印の赤石』。ここにダンジョンにいる魔物を封印して、地上まで持ってきてるんだ。すごいだろう? おっと、
「はあ」
いきなりコイツは何を言い出すんだ?
たしかにダンジョンの魔物は地上に出ることができない。
魔素の濃度の関係だとか、ギルドの職員どもから聞いたことはあるが……
それと、俺を雇うこととなんの関係がある?
そもそもあの赤黒い魔石は何のために、今取り出した?
まて。
何かイヤな予感がする。
今すぐ逃げろと俺の直感が告げている。
「すんませんカールさん、ちょっと俺、用事を思い出して……」
俺が逃げ出そうとするのと、カールの口元がニイィ……と歪んだのは、ほとんど同時だった。
「ビリー、イーゴン。逃がすな」
「「はっ」」
取り巻きどもの姿が――ブレた。
クソ、速ぇ……!
直後にドスン、と腹に衝撃。
やったのはビリーの野郎だ。それだけは分かった。クソが。
「が……ぐ……カール、てめぇ」
「うるせぇよ。お前も俺らと仲間になれるんだ、感謝しろ。まあ、ただの使い捨てだけどな。おらよっと!」
これまたビリーの声だ。
ごり、と左目に何かをねじ込まれた。
「がっ、があああぁぁぁッ!?」
目がッ、頭がッ、体がッッ! い、痛ぇっ! か、痒いッ!!!
な、なんだこれはああああぁぁぁッッーーーーッ!?
「なあに、心配無用さ。ちょっと死んだ方がマシな苦痛に見舞われるけど、すぐに心が壊れて気にならなくなるよ。でもこれで、君は今よりずっと強くなれる。僕の従順な操り人形に生まれ変わって、ね?」
「があああああああああああぁぁぁーーーーーーーーッッッツ!?!?!」
やめろ、頭になにか 入って、ねじれて、
だれか、いやだ、やめ、おれ、なくなて――
……
…………
「おっけー、バレット君。気分はどう?」
「おれ……いい」
「よしよし、上出来! どうやら君の身体は『ソウルイーター』に適合したようだね。魂はぶっ壊れちゃったけど、まあいいよね? とにかく、これから僕と一緒に頑張っていこー!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます