第24話 『打ち上げをした』
「今日は雷竜討伐を記念して、私がおごる。好きなだけ食べて」
テーブルの向こう側で、ソーニャが言った。
俺たちが囲むテーブルには、所狭しと料理が並べてある。
しかも、そのどれもが魔術でも使ったのかと思うくらい芸術的な盛り付けがされており、信じられないくらい食欲をそそる香りを立ち昇らせているのだ。
「ほ、本当にいいのか? こんな高そうなレストラン。こっちは三人だぞ」
「構わない。私がそうしたいだけだから」
「ソーニャがそう言うなら、俺は何も言わないが……それにしても、すごい場所だ」
『ほ、ほわぁ……』
『人間が造ったにしては、悪くない場所だね~』
ウンディーネたちと一緒に、ついつい周りを見回してしまう。
ちなみに今日はドリアードも一緒だ。眠そうだが。
もちろん料理だけじゃない。
落ち着いたディナーを演出する薄暗い照明。
控えめながらムードの音楽を奏でる楽団。
客層も、労働者や冒険者がたむろする街の大衆食堂と違って、商人や貴族らしき人物ばかりだ。
そのどれもが、俺が見たことのない、体験したことのないラグジュアリーな空間だった。
雷竜討伐の報告が終わったあと、ソーニャに「食事に行く。来て」と言われて、なぜか商業区ではなく居住区の、それも貴族や街のお偉いさんが住むような高級住宅街に連れていかれたときは何事かと思ったが……
冒険者しかいないと思っていたアグルスに、こんな場所があったんだな。
まさに隠れ家的レストラン、というやつだ。
まあ、あとでソーニャに『やっぱり手持ちがない。助けて』とか言われたときはどうにかするしかない。
まあ、俺は今、多少は稼いでいるからな。
ギルドに預けている金をすべておろせばどうにか足りるはずだ。
たぶん、だが……
「料理が冷めないうちに、食べて」
そんな間抜けな考えをしていたらソーニャに促されてしまった。
「……あ、ああ!」
俺は覚悟を決め、一番手間の皿から取りかかることにした。
その大振りな皿の割には、ずいぶんと小さな肉料理が盛り付けられている。
何かの肉かは分からないが、まるで紅い宝石のような美しさだ。
ハーブと何かのソースで
さらには、皿のふちには淡い緑色のソースが綺麗な模様を描くように垂らされており、おそらくこれを付けて食べてくれ、ということらしい。
こんな料理は初めてだ。
「…………」
俺はナイフとフォークを使い、肉を切り分ける。
手ごたえは、ほとんどない。
かわりに、じゅんわりと赤い肉汁があふれ出てきた。
恐ろしいほど柔らかい肉なのか、ナイフの切れ味が鋭すぎるのか。
おそらく前者だろう。
「いただきます」
皿のふちに垂らされたソースを付けてから、ゆっくり口に運んだ。
「…………!!!」
口の中で、肉が
ほどよく差しが入ったその肉は、舌でころがすだけでほろほろと崩れてゆく。そのたびに、じゅわり、じゅわりと肉汁があふれ、淡緑色のソースと見事な調和で俺の咥内を幸福で満たしてゆく。
「どう?」
「最高に美味い……」
料理を称えるあらゆる言葉が浮かんだが、結局選んだのはそれだった。
人間は本当に美味い料理に出くわしたとき、一番シンプルな言葉でしか賞賛することができないらしい。
こんなもの、タンストール家にいるときですら食べたことがなかった。
もっとも辺境に位置する俺の家は、質実剛健を是とする家訓だったから、身分は貴族だったものの食事は質素だったのだが。
『ほおぉ……なんという美味さじゃ……! 気楽な屋台の料理とはまた違えど、これはこれで良いものじゃ!』
『まむまむ……まあ、百年前よりは進歩してるんじゃないかな~。でもボク、ひなたぼっこの方が好きかな~』
『ほぅ? ドリーよ、この料理より日光浴が好きと申すのじゃな? ならば、そのお魚さんは我がいただき! なのじゃ!』
『させないよっ』
ウンディーネのフォークがドリアードのおさかなさんを襲う!
だがドリアードは謎の敏捷性を発揮してこれを回避!
『はわっ!? な、なぜじゃ! お主いま、自分からいらぬと申したじゃろうが!』
『それとこれとは別~。ボクのものはボクのもの』
あっという間に、ドリアードがお魚さんを口に放り込んでしまった。
『ああ……』
「ウンディーネ、人のモノを取るのはマナー違反だぞ」
二人とも行儀については一言あるが……まあ、幻獣だし見た目お子様だしな……
後ろの給仕は生暖かい目で見ているだけだし、あまり騒がなければ大丈夫だろう。
「……ルイ君」
そんなこんなで食事に夢中になっていると、ふいにソーニャが話しかけてきた。
……そうか、こういう場はゆったり歓談しながら食事を進めるものだったな。
「あっ……すまん。料理が美味すぎて」
「大丈夫。貴方が夢中で食べている姿を見れたから、私は満足。……でも、聞きたいことがある」
「ソーニャも食べた方がいいと思うが……聞きたいことって、なんだ?」
俺は食事をとめ、ソーニャに向き直った。
「あのとき雷竜に止めを刺したのは、貴方だった。私ではない」
「……バレてたか」
なんだかんだで、彼女は鋭いところがある。
まあ、ソロでやってこれたのだから当然なのだろうが。
「雷竜の焼けた頭蓋骨に小さな穴が空いていた。熱で割れたものではなかった。砦の兵士はごまかせても、私はごまかせない」
「……」
「それに雷竜は『砦級』の魔獣。ギルドに報告すれば、この件だけで『二つ名』の授与すらありえた。なぜ、黙っていたの」
「正直に言うと、俺は別にギルドでの地位にそこまで興味はないんだ。もちろん、ランクが上がって増える報酬は魅力的だけど」
俺の目的は、父上を超える召喚術士になることだ。
ギルドの有名人になることじゃない。
だいたい、『
ギルドに俺の功績を信じさせるために、この『力』を
とはいえ、あの場面では俺が雷竜に止めを刺すほかなかったのも事実だ。
ただ、彼女を差し置いて目立とうとする性分でもなかった。
それだけだ。
「雷竜はすでに瀕死だった。俺のやったことは、ただのダメ押しだ。だから、君が倒したことは変わらない」
「…………そう」
ソーニャは少しだけ俺を見つめていたが、すぐに話を打ち切った。
「ならば、そういうことにしておく」
最後に聞こえるか聞こえないかの声で「ありがとう」と言い残して。
◇
「はあ、美味かった……」
レストランを出ると、周囲に人気はなかった。
もう深夜だから当然だ。
頬を撫でる夜風が心地よい。
あまりに出される食事が美味すぎて、つい追加でたくさん頼んでしまった……
店を出るとき、ソーニャが少し目の光がなかったけど、本当にお金足りたんだろうか……
……まあ、主に食べまくったのはウチの幻獣たちだけど。
今度は、何か彼女にお返ししないとだな。
何がいいか、調べておこう。
そんな感じで皆でぶらぶらと商業区まで戻ってきた、そのときだった。
「おい、お前。まさか……ルイなのか?」
背後から名前を呼ばれて、振り返る。
そこには、小汚い身なりをした大男……バレットが立っていた。
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