第23話 『雷竜討伐 下』

 雷竜にとって、それは衝撃だった。


 この地において、竜は覇者だ。

 強烈な風雨と雷を操り、吐く雷ブレスはすべてを一瞬で消し炭にする。

 もちろん強靭な脚や尻尾で人間ごときの造った建造物など、たやすくへし折る。


 もちろん身体を覆うウロコは強靭だ。

 どんな鋭い刃物でも傷ひとつつかないし、魔力も通さない。


 事実、これまで雷竜は人間はおろか、ほかの魔獣たちから傷を負わされたことは一度もなかった。


 そう、一度もだ。


 ……さきほど、矮小な人間どもがいる方角から飛来した妙な水の槍で尻尾を断ち切られるまでは。


 雷竜の憤怒はすさまじかった。

 怒りに任せて、最大限の雷撃を二度。


 だが、当てるようはヘマはしない。


 (我が身に傷をつけた者は、絶対に許さぬ。直接この手で引き裂いてくれる……っ!!


 かくして、最大級の怒りを身にまとった雷竜が地に降り立ったのであった。




 ◇


 


「おい貴様……今、何をしたのだ!」


 隊長の召喚術士が血相を変えて怒鳴ってきた。


「何って、あいさつ代わりの一撃ですよ。不意打ちなんてもったいないマネ、するわけないでしょう」


「ふ、ふ、不意打ちが嫌だから……わざわざ怒らせたのか? 雷竜を!?

 頭がおかしいのか貴様は!!!!」


「さすが、私の貴方」


 隊長と対照的に、ソーニャはうっとりした表情で俺を見つめている。

 頭がおかしいのは、多分彼女も同じだぞ。


 だが、俺は冷静だ。

 そもそも、額面通り『あいさつ代わり』で雷竜を攻撃するわけがない。

 俺が先制攻撃を仕掛けたのには、もちろん明確な意図があるし、思い付きでもなんでもない。


 すなわち。


「ソーニャ、俺は今、アイツの怒りを一手に引き受けた状況だ。打ち合わせ通り・・・・・・・、その隙に最大級の攻撃を叩き込んでほしい」


「……了解。でも無理はしないで」


 俺はソーニャに頷いてから、散開する。

 彼女は剣を構え、力を溜め始めた。


『ゴオアアアアアアアアアアアアァァァァァーーーーーーーッ!!』


 雷竜が咆哮する。

 ビリビリと大気が震える。

 おお、すごい威圧感だ……!


 雷竜の視線は、しっかりと俺をとらえたままだ。


 どうやら犯人が俺だと気づいているらしい。


 まあ、頭上に大きな水球をずっと維持している人間がいたら、バカでも犯人の目星がつくからな。


「察しの通り、俺がお前の尻尾をぶった切ってやったぞ! 悔しかったら追いかけてきてみろ!」


『ガアアアアアアアアァァッ!!!!』


 言葉なんて分からないだろうが、意図は伝わったようだ。

 ものすごい勢いで俺に迫ってくる。


「正解をくれてやる! ――《水槍》」


 ――バシュン!


『グガアアアッ!?』


 ちょうど前足の外側の指を吹っ飛ばしてやった。

 雷竜は少しだけうめき声を上げたが、止まらない。


 よし、もう少し距離を稼げば砦も兵士たちも安全圏だ。


 ……しかし、図らずも以前バレットたちに置き去りにされたときの状況が重なってしまったな。

 だがあの時と今では、俺の力も、俺の側にいる人も違う。


 と、思ったのだが。


「よし、雷竜が隙を見せたぞ! あの冒険者は囮だ! 今だ、えええええぇぇーーーッ!!」


「うおおぉ! ――《火炎嵐》!」


「これでどうだ! ――《岩石弾》ッ!!」


「――《鎌鼬》! これでどうだああぁっ!!」


 隊長が吠え、その号令に合わせて魔術師兵たちが魔術をぶっ放した!

 まさかの、俺を巻き添えにしての、魔術による十字砲火だ!


 ちょっ、マジかよっ!?

 

 ――ドン! ガガン ! ザザン!


 雷竜に、兵士たちの魔術が突き刺さる。

 至近距離にいた俺も、余波で俺も軽く吹き飛ばされてしまう。


 もちろん《水壁》で防御をしたから負傷はないが……


「ふざけんなよあいつら!」


 確かに囮役は買って出たが、あくまでソーニャのためだ!

 だいたい、まだ距離を稼いでいないのに撃ちまくられたら……


「おい、無傷だぞ!? 我ら魔術師兵の渾身の一撃が効かん……だとっ!?」


「うわっ!? 雷竜がこっち向いたぞ!」


『ガアアアアアアァァァッーーー!!』


 雷竜のウロコには傷一つ付いていないが、プライドには傷がついたようだ。

 兵士たちに向かって咆哮し、一瞬、その巨体にバチバチと雷を身体にまとわりつかせる。


 チリチリと体中の毛が逆立つ感覚があった。


 あっ……これはマズい。


 雷竜が何をするのかは、ほとんど直感で分かった。


 ――ブレスが来る。


「クソ……!」


 兵士の近くには、ソーニャもいる。


 ほとんど反射的に、俺は『力』を行使した。

 これはかなりの魔力を消費するから温存したいんだが……そうも言ってられない状況だ。


「――《水壁》ッ!」


 水球をそのまま射出。

 飛来する間に薄く延ばし、ソーニャや兵士たちを覆うように展開。


 くそ、間に合え……っ!!!


 それとほとんど同時だった。


 ――バリバリバリバリバリッッーーーー!!!!!


 大気を引き裂くような大音響が轟き、一瞬周囲が真っ白な雷光に包まれる。


「ぐわあああーーーっ!? あれ、生きてるぞ……?」


 光が晴れる。

 そこには、兵士たちに覆いかぶさるように水の結界が展開していた。


 結界はまだパリパリと帯電しているが、全員無事なようだ。

 もちろんソーニャも、だ。


 ふう、ヤツのブレスが水を伝わる『雷』でよかったぜ。

 さすがに灼熱の炎とかだと蒸発してたかもしれないからな。


 彼女の技の行使には、あと少々かかる。

 それまでの辛抱だ。


「ひいいぃっ、魔獣たちよ、俺を護れええっ!! ……ぬああぁっ!? 『ウルフ」!?  『リザードマン』!? どこだぁっ!?」


 ……あっ。


 隊長殿の魔獣が消し飛んでる。

 まあ、さっきのスキになっていないスキに乗じて適当に突撃させてたから、範囲外だった。


 俺は悪くない。悪くないぞ!


「――《水刃》ッ!」


 ――バスッ!


『ゴアッ!?』


 今度は前足の関節を切り裂いた。

 ばしゅっ、と鮮血が飛び散った。


「チッ」


 思わず舌打ちをする。

 ……さすがに最大威力じゃなきゃ、竜のウロコを完全に切断することはできないようだ。


 だが、問題はない。

 これで、完全にこっちにヘイトが向いたからな。


『ガアアアアアァァァーーーーッッ!!』


 怒り狂う雷竜が、俺に迫りながらふたたび体表に雷をまとわりつかせ始める。


 いいだろう、何度でも受けてやるぜ!


 と、俺が身構えた、そのときだった。


「ルイ君、離れてッ!」


 吹き荒れる暴風とはぜる雷鳴の中、ソーニャの声が響き渡る。


 ようやくか。


「了解!」


 即座に、雷竜から離れる。

 もちろん雷竜も俺を追いかけてくるが……その方角は、死出の旅路だ。


「――《蒼炎斬》」


 次の瞬間。


 ゴッ――――ッ!!!


 俺と雷竜の間に、真っ蒼な壁がそそり立った。


 いや、壁じゃない。


 極高温の炎だ。

 その見惚れるような美しい蒼が、雷竜の硬いウロコを灼き尽くしてゆく。


『オオオオォォォォ――――――』


 断末魔を上げ、雷竜が消し炭になってゆく。


 が……


 おいおい、マジかよ。


『ギ……ガアアァァァッ!!』


 炎に灼かれながらも、雷竜が立ち上がろうとしている。

 その眼からは、光は失われていない。


 雷竜は――ソーニャを見ていた。


 パリパリ、と帯電が生じる。 

 ブレスが、来る。


 ソーニャは技に集中していて雷竜の様子に気づいていない。


「……クソ」


 少しだけ逡巡する。


 ソーニャのあれは、間違いなく全力の一撃だ。

 雷竜の反撃を受けて、もう一度撃てるとは思えなかった。

 そもそも時間が足りない。


 俺は決断する。


「なあウンディーネ、水って炎より強いと思うか?」


 俺はポーチの中にいる水の精霊に問うた。

 幸いにも、俺のいる場所はソーニャの蒼炎に遮られ兵士たちからは見えない。


『さぁのう、イフリートの獄炎ならばわからぬが……現世うつしよの炎じゃ。我が負けるとは思えぬな』


「そうか。なら、やってみるか」


 俺は、生成した水球にありったけの魔力を込めた。

 力を開放。


「穿て――《水槍》」


 ――キンッ。


 甲高い射出音とともに、蒼炎に一瞬だけ穴が空いた。

 指より細い、小さな穴だ。


 直後、雷竜の頭が、一瞬ビクンと跳ねた。

 それで、終いだった。




 炎が消えた時には、雷竜は骨と少しの燃えカスに変わっていた。

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