第22話 『雷竜討伐 中』
遠目から見るのと違って、ゲイル砦はすでにボロボロだった。
城門は半壊しているし、城壁もよくみればあちこちに巨大な爪痕が刻まれている。
陥落していないのが不思議なくらいだった。
「うちの部下が世話になったようだな。感謝する、『氷姫』」
執務室らしき部屋に通されると、指揮官らしきおっさんが出迎えてくれた。
精悍な顔つきだが、かなりやつれているように見える。
まあ、砦があの状況だからな。
「遠方からはるばる来てもらって悪いが、ろくなもてなしもできん。許せ」
もてなしどころか、部屋の内装も暴風に荒らされたのかあちこち壊れた調度品が転がっているような有様だ。そもそも腰掛けようにもイスがない。
あ、端っこに転がってた。
脚が二つほど折れてるやつが。
そんな状態だから、もちろん指揮官のおっさんも立ったままだ。
「気遣いは不要。私たちはその状況を打開するため、ここにきた」
「そうなることを願うぞ」
「それで、状況は?」
ソーニャが問う。
「見ての通りだ」
聞くまでもない有様だが、これも儀礼みたいなものなのだろう。
おっさんも肩をすくめただけだ。
「先日も雷竜の襲撃を受けてな。結界そのものにガタがきているせいか、ヤツの結界に触れただけでこのザマだ。まあ、塔を折られなかっただけマシだったがな。……ところで『氷姫』」
おっさんがソーニャから視線をはずし、ジロリと俺を見た。
「そちらの御仁は貴様の従者か? 人員は多ければ多いほど助かるが、まともに戦えなければ死ぬだけだぞ」
「問題ない。彼は私よりも強い」
「ほう?」
指揮官の胡乱な目が、興味深げなものに変わった。
「……ルイと言います。ジョブは召喚術士です」
「ほう、召喚術士か。それは心強い。我がわが部隊にもいるから、あとで紹介しよう。ルイ殿、戦果を期待しているぞ。……さて、刻限か」
言って、指揮官のおっさんが横を向いた。
視線の先、壊れた窓からは……地平線の向こうから、黒い雷雲が近づいているのが見えた。
◇
「……フン。冒険者どもめ、せいぜい足を引っ張らんことだな」
雷嵐平原へと降り立った俺たちを出迎えた魔術師兵がそう言い放つ。
なんかさっきも、似たようなセリフ聞いたんだが……
前と違うことといえば、こいつが魔獣を従えていることだ。
魔獣は、兵士の身の丈を超える体高を持つ灰色の狼と青いウロコを持つリザードマンだ。
リザードマンの方は、大きな曲剣を持っている。
召喚魔獣のカテゴリーでは『ウルフ』『リザードマン』で召喚できる魔獣だな。
どちらも召喚の難易度的には、初級レベルだ。
となると、こいつはヒラの兵士だろうか?
タンストール領だと、軍属の召喚術士は『ワイバーン』とか『ガーゴイル』なんかを使役するのが普通だったからな。
それにしては身なりも態度も偉そうだが……
「おい冒険者。確か、召喚術士だったな? 契約魔獣はなんだ」
召喚術士が高圧的な態度で聞いてくる。
……来たよ。
お決まりのヤツだ。
「『スライム』と『トレント』です」
俺はちょっとだけポーチを開いて、中にいるウンディーネ(スライムモード)をチラリと見せた。
余談だがドリアードの召喚カテゴリは『トレント』だ。
彼女は樹の魔獣、という扱いらしい。
当の本人(?)はいつものごとく、ポーチで昼寝中だが。
「……それが貴様の召喚魔獣か?」
「そうですが」
「……ぷっ」
召喚術士がまじまじと俺とウンディーネを見比べたあと、吹き出した。
「クククッ……ハハハハッ! 見たかお前ら! 所詮召喚術士くずれの冒険者なんぞ、この程度だ!」
「……ぷっ」
「ヒラ魔術師の俺でも倒せそうなザコ魔獣じゃねえか……」
取り巻きらしき魔術師たちが失笑している。
「まあいい。最初から貴様ら冒険者には何の期待もしておらん。我らはこれまでも雷竜の襲撃を何度も退けてきたのだから、今回も同じだ。司令官殿からはワイバーンを全滅させた猛者たちと聞いたが……よくもまあ、そんな大ぼらが吹けたものだ。大方、護衛たちの後ろでちょろっと手伝った程度だろう」
「貴方たち……!」
「俺は気にしてないよ。放っておけよ、ソーニャ」
「……ルイ君がそう言うのなら」
ソーニャが少し憤ったような様子を見せるが、今さら気になるようなものでもない。
こういう奴ら、底辺時代にさんざん見ている。
まあ、さっきの兵士たちのように実力で黙らせればいいだけの話だ。
それよりも、雷竜だ。
どんな魔獣なのか、どれだけ強いのか?
俺の『力』がどれだけ通用するのか?
それを考えると、ワクワクが止まらない。
ソーニャの『特別任務』に参加することに決めたのも、そんな好奇心が理由の一つだった。
まあ、失敗したら死ぬ可能性もあるんだが……
まあそれは今さら、だ。
なにせ一度、俺は死ぬところだったんだからな。
「ゾイボル魔導中隊長、間もなく接敵しますッ!」
と、少し後方の高台で索敵を行っていた兵士が叫んだ。
「言われんでも見れば分かる! 総員戦闘準備だ!」
……どうやら隊長だったらしい。
ま、まあ召喚術士はエリートだ。
それに隊長ならば兵の指揮を執るのが本分で、術士としての実力は問われないのだろう。
「ルイ君」
「ああ」
たしかに兵士に報告されるまでない。
巨大な雷雲は俺たちの目の前に迫っていた。
明らかに不自然な動きで、砦に接近するルートだ。
俺たちはその軌道を邪魔する形で待機していた。
「く、くるぞっ!」
兵士の誰かが叫ぶ。
全体に緊張が走った。
――ゴロゴロ……ガガーーン!!!
稲光と雷鳴が同時に轟き、周囲が暗くなった。
徐々に風が強くなり、やがて突風が吹き荒れるようになる。
叩きつけるような雨が降り注ぎ、一瞬でずぶぬれになった。
それと同時に、体が総毛立つような妙な感覚に襲われた。
「……鳥肌が」
「おそらく結界の電荷が体を侵食している。結界内部に長くとどまると危険」
ソーニャが緊張をおびた声色で言ってくる。
まあ、言われるまでもない。
俺には雷竜が『視えて』いた。
ちょうど、雷雲の中心部――ここからはまだ見えないが、そこにヤツはいる。
まだこちら側が補足していないと考えているのか、かなり緩慢な動きだ。
結界に守られているせいか、油断しているのかもしれない。
面白い。
ならば、とびきりの一撃で脅かしてやろうじゃないか。
せっかくだから、本気の雷竜と戦ってみたいしな。
「…………」
「…………」
俺はソーニャに目で合図を送る。
こくり、と彼女が頷いた。
じゃあ、いくか。
俺はソーニャとの打ち合わせ通り、力を発動する。
頭上に水球を生成。
周囲が土砂降りなせいか、やたら巨大なのができた。
「おい貴様、何をやっている! 攻撃の許可を出した覚えはないぞ――」
隊長殿が何やら吠えているが、冒険者である俺には関係ない。
そもそも司令官からも自由にやれと言われているからな。
「――《水槍》」
力を開放。
――ヴィィンッッ!!!!
腹を震わせる低音が響き、水球から水の槍が撃ちだされた。
水槍は立ち込める雷雲に吸い込まれて消えた。
次の瞬間……
――ドゴン!
強烈な雷が地に落ちた。
――ガガン!
もう一度。今度はさらにデカいヤツだ。
どうやら手ごたえあり、だな。
《水見》を通して、雷竜のすさまじい怒りが伝わってくる。
そして……
――ズズン
ちょうど千歩ほど先だろうか。
金色の稲妻を幾重にも
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