第21話 『雷竜討伐 上』

『ぬぉぉぉぉ……! これはまた、絶景じゃのう!』


 俺の肩にちょこんと乗ったウンディーネ(スライム状態)が俺にだけ聞こえる大きさで感嘆の声を上げる。


 眼前に広がる『魔界』――雷嵐平原は、たしかに広大だ。

 地平線の向こう側まで、荒れ果て赤茶けた大地がただただ横たわっている。

 

 そして、そんな死の大地のあちこちを這うようにして、ところどころに強烈な雷を伴う積乱雲が漂っているのだ。


 アグルスからずっと南、ルフースク山脈の峠を越えると、そんなこの世のものとは思えぬ光景が広がっていた。


「ああ……すごい景色だ」


 俺もウンディーネのことを言えない。

 生まれ故郷のタンストール領も、アグルスもこんな場所はなかった。


 そもそも『魔界』とは、あまりに辺境すぎたり自然環境が厳しすぎるなどで人が生きていくことができない場所の総称だ。


 そっとも『魔界』は魔獣の主な生息地域だから、召喚術士にとっては重要な場所でもあるのだが。


 しかし……ギルマスやソーニャを交えての打ち合わせで『魔界』についての知識は得ていたが、やはり実際目の前にするのとでは大違いだ。


 なんというか、圧倒される。


「ウンディーネがいたころは、こんな光景はなかったのか?」


『うーむ、我は基本的に都市におったしのう……そも、気軽に外出できる身分じゃなかったのじゃ』


「そうなのか」


 都市……といっても、アグルスみたいなダンジョン群のど真ん中にある猥雑な街ではないだろう。


 俺はウンディーネが、神殿のようなところで神官とか巫女っぽい人々にかしずかれドヤ顔をしているところを思い浮かべた。


 コイツ、なんとなくそういうイメージなんだよな。


『お主、妙な想像をしているな?』


「いや、別に?」


『怪しいのう……』


 と、そのとき。


 ――ゴロゴロゴロゴロ……


 地を這うような、低い遠雷が轟いた。


「見て」


 ソーニャがその原因を指さす。


 それは、積乱雲のひとつだった。

 稲妻を端々に光らせ、遠目に見てもかなりの速度で移動している。


 なんだありゃ?


 雲って、あんな速度で動いたっけ?


「あの積乱雲は、雷竜のまとう結界。雷雲は風雨だけではなく強烈な電荷を帯びていて、近づくだけでも危険が伴う。……そんな恐ろしい魔獣が人界に入り込むのを防ぐのが、あの砦の結界」


 ソーニャが次いで指さしたは、ちょうど山のふもとにある砦だ。

 砦の中心には高い塔がそびえている。


 その頂上部からは慣れ親しんだ光が発せられていた。

 魔法陣発する燐光だ。


 あれが十ある結界砦のうち、まだ無事な七つのうちの一つ……たしか、ゲイル砦だったかな。


 見た感じ、とても堅牢な作りに見える。

 あんなものをぶっ壊せるとは、とても思えないんだが……


「おい冒険者ども。ゲイル砦の向こうにある瓦礫の山が見えるか? モール砦だ」

 そう言ってさらに遠くを指さすのは、俺たちを護衛してくれている兵士の一人だ。


「一週間前に、雷竜が襲ってきて……ブレスで一撃だった。強力な魔法防護を施し、破城槌や投石器カタパルトでさえビクともしない、共和国が誇る最強の魔術砦が、だ。俺たちが戦っている魔獣は、そういうバケモノだ」


 見れば、ゲイル砦の奥に、塔が半ばからへし折れた砦らしき廃墟があった。


 ……なるほど。

 雷竜にかかれば、魔術砦ですらああなるのか……


 ギルドから聞かされた情報によれば、この時期は雷竜の繁殖期で、砦を別のオスだと勘違いしたオスが攻撃を仕掛けてくるらしい。


 今までは結界でしのいでいたが、砦の老朽化や魔術師の高齢化による人材不足で結界にほころびが生じてしまってしまったらしい。


「フン、お前らは単なる囮だ。あのクソったれ雷竜を三分でも引き付けてくれりゃ、女でもスライム召喚しか能のないへっぽこ召喚術士でもなんでも構わん。あとは俺たち『国境術士隊』が片付けてやる。せいぜい足を引っ張らんことだな」


 言って、兵士が鼻を鳴らす。

 兵士は、身なりこそ武骨な歩兵姿だったが、それなりの地位のようだ。

 偉そうな態度だし、部隊長クラスだろうか?


「まあ、頑張ります」


「…………善処する」


 こういう手合いは、冒険者にも多い。

 俺はそうだし、ソーニャも慣れっこのようだ。

 適当に返事を返し、ただ道を進む。


 と、そのときだった。


『グオオオオォォォォッッ!!!!!!!』


 轟く咆哮とともに、空が暗くなった。


「ルイ君」


「ああ、分かってる」


 空には、俺たちを包囲するように旋回する、ワイバーンの群れがいた。

 数えるのもバカらしくなるような量だ。


「て、敵襲、敵襲ッ!! 『|雷の眷属』だ! 数は……百以上……ッ! そ、総員戦闘準備ッ!」


 周囲が慌しくなる。

 兵士たちが散開し、魔術師兵や弓兵が迎撃準備に移る。


 だが……


「クソ! まさかこんな場所で魔獣の待ち伏せだと……まだ境界から三里は離れているぞ!?」


「やはり砦がやられたせいか……!」


「なんなんだ、この数は……!?」


「クソ、素早すぎて魔術も弓も当たらん! く、くるなっ! ぐわああーーっ!!」


 迎え撃つ兵士たちは偉そうなだけあって練度が低いわけではないのだが、いかんせんワイバーンは多すぎたし、素早すぎた。


 次々と襲い来る魔物たちに、次々と兵士たちがやられていく。

 死者はいないが、このままだと時間の問題だ。


 そもそもこちらは護衛の兵士を含めても十数人程度。


 どう考えても勝ち目はなかった。


 まあ、俺とソーニャでなければ……だが。


「おい冒険者ども! 我ら国境術士隊の誇りにかけて、お前らだけは砦まで連れて行ってやる! だから、後ろに隠れでもして――」


「やるか」


「当然」


 面倒だが、兵士たちが全滅すると案内人がいなくなるからな。

 さっさと終わらせるか。


「――《水槍》」


 濃密な魔力を帯びた水球を生成。

 《水見》により標的を固定。

 即座に力を開放。


 ――ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴンンッッッ!!!


『ギッ!?』『ギギッ!?』『ギギィッ!?!?』


 強靭な水の槍が、次々とワイバーンたちの急所を穿ってゆく。


「……む。さすが私の貴方。でも、負けない」


 俺の戦いぶりを見ていたソーニャが、すらりと大剣を抜いた。


「――《蒼蛇の炎舞)」


 そのまま踊るような優美な動作で、ふわりと虚空をひと薙ぎ。


 ――ボボボボボッッツ!!


 刃の軌跡に合わせて、何本もの蒼い炎が生じる。

 そしてその炎はまるで蛇のように細長く伸びながら空へと上昇し――ワイバーンたちに絡みついてゆく。


『『ギイイイィィィ――――!?!?!』』


 極高温の蒼炎に巻かれ、ワイバーンが燃え落ちてゆく。


「この程度、容易い」


 魔獣の殲滅に要した時間は、ほんの十秒たらずだった。


 おお……何度も見ても、ソーニャの実力はやっぱりすごい。

 さすが『二つ名持ちネームド』なだけあるな。


「は……? はあ!? なんだあの魔術、あの技は? 一瞬でワイバーンを撃墜したぞ!?」


「な、なんだこいつら……!?」


「たった二人で、ワイバーンの群れを殲滅しやがった……だと!?」


 兵士たちが信じられないものを見た、という顔をしているが、この程度ならダンジョンでイヤというほど経験している。別にどうということもない。


「さ、早く砦まで案内してくれ」


「……か、かしこまりましたッ!!」


 先ほどまでとは打って変わり、最敬礼で返事をする兵士。


 俺たちの実力を見たとたん、これだ。

 現金なものだが……いちいちイキられるのよりはマシか。


 そんな兵士たちに案内され、俺たちは砦へと向かうのだった。



 ちなみに撃墜数は俺が八十八体、ソーニャが三十二体だった。 

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