第20話 『街で買い物をした』
白状しよう。
俺は友達が少ない。
いや、より正確な表現をすると……友達がいない。
だが、仕方がないのだ。
俺は物心つく前から、立派な召喚術士になるために鍛錬や勉強に打ち込んでいたうえ、家はそれなりの貴族だ。
平民のように気軽に友達を作れるような立場ではなかった。
一応、十五にちゃんと召喚魔術が使えていれば学院への入学が許されていたから、そこで学友などができたかもしれない。
だが、そうならなかった。
家を追い出されてからは、友達なんて存在は二の次だった。
そもそも食うや食わずの生活だったり底辺冒険者としてダンジョンの底を這いずりまわっていた俺に、そんなものは考えることすらできなかったからな。
女友達なんて、もってのほかだ。
まあ、故郷には顔も名前も知らない許嫁がいるらしいが、今は関係ない。
ともかく、だ。
何を言いたいかといえば、俺には女性が好む服が分からない。
よそ行きというか、流行りの服なんてもってのほかだ。
まあ、武具屋に並ぶ武器や防具の最新モデルなら、逐一チェックしているが……ウンディーネが街を歩くための服としては適切ではないことぐらいは分かる。
そんなわけで、頼れる人は一人しかいなかった。
「ソーニャ、一緒に服を買いに行かないか」
「世界の果てにでも」
ソーニャは言い回しは独特だが、これは多分肯定の意だ。
まあ、元パーティーのシルビアならば「おっけー♪」なノリだろう。
《水見》の力を得た俺の勘に狂いはない。
そんなわけで、依頼の予定がない日時に街に繰り出すことになった(食より惰眠を選んだドリアードは宿でお留守番とあいなった)。
◇
「おはよう、ソーニャ……っておい、大丈夫か?」
すでに待ち合わせ場所にいたソーニャが、俺と男物の服を着こんだウンディーネを見るなり崩れ落ちた。
「……私の貴方に問いたい。その女はなに」
「なにって……あ、そうか」
そういえば、ウンディーネの人間姿は初めて見るか。
もう別に隠す必要もないから、話しておこう。
「彼女はウンディーネ。俺の召喚魔獣だ」
「……召喚魔獣」
氷のごとく固まったソーニャが俺の言葉を反芻する。
目から光が消えてるが……大丈夫だろうか?
『よ、よろしくなのじゃ』
おずおずとだが、ウンディーネがソーニャに挨拶する。
おお……!
なんだか、子供の成長を見守っている親の気分だ。
父上も、俺が小さい頃はこんな感じだったのだろうか……?
「ウンディーネのスライム姿はよく見ていると思う。『貴種スライム』だ。実は、彼女は人間にも化けることができるんだ」
小声で『我はスライムではないのじゃ』との誰かの抗議は聞こえないふりをする。話が進まないからな。
それと、スライム姿とは、俺が水槍などを発動する前段階として出現する水球なのだが……これも説明省略。
「…………」
ソーニャがうつむいたまま沈黙しているのはちょっと怖いが……本当に具合が悪いのか?
とにかく、一気に話してしまおう。
「実は彼女は人見知りなんだが、最近は街を見て回りたがっていてな。俺は男物の服しかもっていないし、流行とか、どんなのがいいとか分からない。そこで君に選んでもらえたらと思ったんだ!」
「分かった、把握した。私は……ルイ君をより深く理解した」
「……ウッス」
さっきから、凍てつくオーラ的な何かがすごい。
さすが『氷姫』の面目躍如だ。
……ヤバい。
俺、何かやっちまったか?
そんな俺をよそに、ソーニャはなぜか自分のわき腹にあたりを軽く触れながら大きく深呼吸をした。
顔を上げた彼女は元のクール美少女に戻っていた。
「もう大丈夫。召喚魔獣は召喚魔獣。私は惑わない」
「そ、そうか。ならよかった」
よくわからないが、相変わらず独特な言い回しだ。
とにかく、体調は回復したと見ていいだろう。
目の光も、ちょっとだけ戻ってるし。
「それじゃあ、行こうか」
「うん」
その後の彼女は、冷静そのものだった。
「流行の服ならここがおすすめ」
「靴ならば、ここ。歩きやすいものばかり揃えている」
「ウンディーネは髪が長い。見栄えをよくするには髪留めも必要」
街のあちこちにある女性ものの服屋や雑貨屋に俺たちを案内し、まるでプロの仕立て屋のように見事なコーディネートを決めてゆく。
一時間後には、ウンディーネはどこに出しても恥ずかしくない淑やかな美少女へと変貌を遂げていた。
『おお……これが、我……!』
店内の鏡に自分を写し、嬉しそうにポーズを決めるウンディーネ。
なんだ、少し心配したが案外ノリノリだな。
「お客様……! 大変お美しゅうございます!」
服を持ってきてくれた女性店員さんも、呆けたような顔でウンディーネを見ている。
「ウンディーネ、よく似合ってるぞ」
「うむ、うむ!」
「私のコーディネートは完璧。これでどこの貴族に嫁いでも問題ない」
「ウンディーネは召喚獣だから貴族に嫁がないけどな……」
相変わらずのソーニャだが、これでウンディーネも少しは人見知りが治っただろう。
実際、買い物中はソーニャとなら多少会話することができるようになったからな。
「ルイ君、少し話がある。この後、いい?」
そんな彼女の成長っぷりに感激していると、ソーニャが俺の隣に立った。
さきほどとは打って変わり、真剣な顔をしている。
「ああ。どのみちこのまま屋台街に突撃するつもりだったからな。一緒に行こう」
「問題ない。私は一般的な冒険者として魔石を回収する仕事以外に、『
「なるほど?」
たしかにソーニャはたまに、俺にも誰にも言わず、ふらっといなくなることがあった。
しかし、そんな面倒なことをやっていたとは知らなかったが……
ただの有名冒険者じゃなかった、ということだろうか?
「で、話というのは?」
「ルイ君。貴方に、私の特別任務を手伝ってほしいと思っている。今回は……
アグルス南部に連なるフルースク山脈の向こう側、『魔界』に生息する雷竜の討伐」
ソーニャはそう言うと、俺の目をじっと見た。
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