第16話 『パーティーを組むことにした』

「私の貴方、魔物がそっちに行った。迎え撃って」


『『『『ギギイィッ!』』』』


 ダンジョンの薄闇の中、無数の影が俺に襲い掛かってくる。

 小邪鬼インプだ。


 物陰から突如現れた三体のうち、二体が散開して先に進んでいたソーニャの脇をすり抜けた。

 

 俺を後方支援要員と勘違いしたインプたちが、前衛である彼女を孤立させるために仕掛けた作戦らしい。


 だが、所詮は魔物の浅知恵。

 相手の力量までは考慮できないようだ。


「舐めるなよっ! ――いけッ、浮遊スライム水槍ッ!!」


 空中に浮かんだ水球から突き出した水槍が、インプたちの胸を正確に穿つ。


『ギッ!?』

『ギギッ!?』


 バスッ! という鋭い音が響き、魔物たちは魔石片へと姿を変えた。


「さすが、私の貴方」


 ちょうど、ソーニャもインプを片付けたところだった。

 極高温の蒼炎に灼かれ、魔物が熔け落ちてゆく。


 炎が消えるのと、魔物が魔石へと変わるのは、ほとんど同時だった。


 彼女はそれを見届けたあと片手で大剣を軽々と払い、刃にまとわせていた蒼炎を消し飛ばした。


「おお、すげー……」


 さすが『氷姫』。

 ただ剣を鞘に納める、それだけの所作がまるで絵画のような美しさだった。


 ちなみに彼女は『氷姫』という二つ名とは正反対に、火炎魔術の使い手だ。


 ただ、駆使する魔術が彼女の固有スキルに由来する『蒼炎』という特殊な魔術であること、そして誰に対しても冷淡、というか感情を見せることのないその特異な人柄から、『氷』などというネーミングがつけられたらしい。


 あとは、彼女の特性上、炎が弱点となる魔物の多い寒冷地でダンジョン攻略をやりまくっていたからだったかな。


「お疲れ。ケガしてない?」


「お疲れ様。私は平気」


 無表情のまま、抑揚のない声で彼女が頷いた。



 結局、俺は彼女とパーティーを組むことにした。

 理由はいくつかあるが、一番は『現世にいるはずの幻獣を探す旅』への仲間が欲しかったからだ。


 もっとも、そのことはまだソーニャに伝えていないが……いずれ話そうとは思っている。


 それはさておき。



「まさか、ボス部屋の真ん前で待ち伏せをされてるとは思わなかったな。直前に隠し矢と落とし穴が仕掛けられていたから油断したよ。まだまだ俺も経験が足りないみたいだ」


「地下墓型ダンジョンなら、墓荒らしを排除するために幾重にも罠が張られているのは定石。でも、功を焦り気づけなかった。いち早く気づいたのは、召喚術士の貴方」


「それくらいしか、役に立てないからな」


「謙遜はよくない」


 彼女は首を振り、俺の手を握った。


「攻撃力も索敵能力も高い『貴種スライム』という魔獣は、とても強力。この力がなければ、私はあのときで終わっていた」


「お、おう」


 それについては、実際その通りだったが……

 彼女は俺に助けられたことをかなり感謝しているようだ。


 とはいえ、こうして俺みたいなヤツとパーティーを組んでくれたわけだし、そこは俺こそ感謝しているのだ。

 まあ、照れくさいから言えないが。


 ちなみに『貴種スライム』というのは、表向き(?)普通の召喚術士である俺が呼びだす召喚魔獣……のふりをしたウンディーネの力だ。

 本物(?)はポートの中に隠れている。


 別に俺としては、ソーニャにウンディーネやドリアードを紹介するのはやぶさかではないのだが……


 ドリアードはともかく、ウンディーネがあまり人前に出たがらないのだ。

 それはソーニャに対しても同じで。


 まあ、力の行使で現れる水球はそれっぽい振る舞いをするから、今のところはなんとかなっているのだが……


 そのうち、どうにかしないといけないとは思っている。


 まあ、今はダンジョン攻略が優先だ。


「とにかく、この扉の先にいるのは未踏破ダンジョンのボスだ。どんな奴か、何をしてくるかも分からない。だから最初は様子見、相手の行動が分かったら反撃開始。ええと、前衛、後衛の役割分担は打ち合わせどおりでいいんだっけ?」


「打ち合わせ通りで構わない。私が攻撃を仕掛けるから、背中は預ける。私の貴方が後ろにいてくれるのなら、もう私は何も怖くない」


 これまた無表情で、そんなことを言ってくる。

 何というか、ストレートな好意より殺傷力が高いな、それ。


 ただ、その独特な呼び方はムズムズするからやめてほしいんだが……


「それと、私の貴方」


「……なんだよ、改まって」


「私の無理に付き合いパーティーを組み、ここまで行動を共にしてくれたこと、とても感謝している。このダンジョンは前から挑戦していたものの、ソロではなかなかここまで到達できなかったから」


 ぺこり、とソーニャが頭を下げた。


「よしてくれ。……だが、そういうセリフを言うのはギルドまで戻ってからにしてくれると嬉しいんだがな?」


 俺は魔術師の家に生まれたせいか、ジンクスを重んじる性質たちだ。


 ボスを前にして、『俺、この戦いが終わったらあいつにプロポーズするんだ』だの、『一緒に来てくれてありがとう』みたいなのはマジで勘弁してほしい。


 それ、子供のころ書庫で読みあさった絵巻とかだと、死ぬヤツが言うセリフだからな?


 ……なんて、彼女にツッコめるはずもなく。

 

 チッ、ソーニャのためにも絶対に生きて帰る理由ができちまったぜ……!


 みたいなことを思いつつ。


「では」


「ああ」


 重たい扉をこじ開け、いざダンジョン最奥部へ。


『グオオオオオオォォォーーーーッッ!!』


「――《蒼炎の剣》」


「――《水刃》」


 邪神をかたどった石像型ボスは瞬殺だった。

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