第15話 『氷姫、襲来』
そんな感じで一週間が過ぎた。
「あら、ルイ君。お帰りなさい! 今日はどうだった?」
「まあまあですね」
ここのところ依頼をこなすのにも慣れてきて、きちんと種類・品質を揃えた魔石を収めることができている。
ちょっと前までは小さな魔物一体すら狩れなかった俺が、まるで嘘のようだ。
「ちょっと待ってね……はい、今回の報酬」
「ありがとうございます」
「あ、ルイ君、ちょっと待って」
程よい重みの革袋を手に近くのテーブルに行こうとすると、シャルさんに呼び止められた。
まだ、なにかあったのだろうか?
シャルさんは何やら数枚の書類を手にしていた。
「そういえば君、ジョブは『荷物持ち』だったよね?」
「そうですが、何か?」
「本当に?」
「と、言いますと?」
「君、今ソロでしょ? 『荷物持ち』のままこんなに魔石を集めてくるなんて、普通ありえないんだよね。君の今の装備、冒険者そのものだよ?」
「……あ」
言われてみればそうだ。
『荷物持ち』は非戦闘職。
パーティーで魔石の回収作業を行うことはあっても、ソロでダンジョンに向いバリバリ魔物を狩っています、なんておかしな話だ。
「実は俺……本来のジョブは『召喚術士』なんです」
「召喚術士? 魔獣を召喚して戦う魔術師だよね。その割には前衛職みたいな装備だけど」
「まあ……そこはいろいろで」
シャルさんの真っすぐな瞳に見つめられ、思わず目をそらしてしまう。
やはり、俺の力を話した方がいいのだろうか?
書類にも、書く欄があるかもしれない。
けれどもシャルさんは深くは聞いてこず、少しだけ苦笑しただけだった。
「まあ、深くは聞かないよ? そもそも召喚術士ってエリートでしょ。普通は国に仕えるって聞くし、そんな君が冒険者になったのなら……きっと理由は言いたくないんだと思う。書類の項目に過去の経歴を書く欄はないし、『冒険者に、余計な詮索は不要である!』って規約にも書いてあるしね」
「それ、冒険者同士のやつじゃ……」
「私も、元冒険者だから」
「そ、そうだったんですか」
それは初耳だ。
こんな美人で優しそうなお姉さんがダンジョンで魔物相手に大剣振り回してたとか、ちょっと想像つかない。
「一応言っておくけど、魔術師系だよ?」
「そうでしたか」
うっ、予想が外れてしまった。
でも、ゆったりしたローブで魔術杖を振るい、持ち前の優しい笑顔で仲間を癒していくシャルさんの姿もしっくりくるな。
それはともかく……やはりシャルさんは優しいな。
この人がこのギルドにいて、本当によかった。
「じゃあ、これ書いてね。分からないところは空白でいいから」
「はい」
俺は『ジョブ変更届』と書かれた書類を受け取ると、中身を埋めるのに取りかかった。
と、そのときだった。
「おおっ、『
「ヒューッ、初めてみたぜ。めちゃくちゃカワイイじゃねえか!」
「キャーッ! 『氷姫』様アァッ!!」
やおら背後が騒がしくなる。
野郎冒険者の興奮した野太い声だとか、女冒険者らしき黄色い声が一気にギルド内を埋め尽くした。
「な、なんだ?」
書類と格闘していたが、これでは気が散って仕方がない。
顔を上げると、シャルさんが苦笑いしているのが目に入った。
「ああ、そういえば最近『氷姫』がこの近辺のダンジョンを攻略して回ってるって聞いてたけど……こんな真昼間にギルドに来るなんて珍しいね」
振り返ってみると、ギルドの入り口付近にものすごい人だかりができていた。
これでは件の『氷姫』とやらを視認することができない。
「すごい人気ですね。有名人なんですか?」
「そりゃそうだよ! なんたって、すごく珍しい女性のソロ冒険者なうえ、まだ十代なのに次々と未踏破ダンジョンを攻略した才媛だからね。しかも、すっごい美少女! お姉さん、嫉妬しちゃうな~……そういえばルイ君は『
「底辺極貧生活が長かったからですからね。あんまりそういうのには興味が持てなくて」
一応、『二つ名持ち』とはどういう連中なのかは知っている。
件の『氷姫』みたいに未踏破ダンジョンをいくつも攻略したり危険度の高い魔物討伐を何度も成功させたりして、ギルドからその功績を認められた連中だ。
まあ、底辺に毛が生えた程度の俺には縁もゆかりもないが。
「さて、さっさと書類を埋めるぞ。はあ、腹減った」
『氷姫』に対する興味はすぐに失せた。
そんなことより昼飯だ。
報酬もそこそこだったし、今日は街の屋台で串焼きを買い食いしまくるぞ……!
顔を書類に向き直した、そのときだった。
「ごめんなさい。通してほしい」
涼やかな声が、ギルド内に凛と響いた。
とたん、周囲が水を打ったかのように静まり返る。
「な、なんだ?」
そのあまりの異様さに、俺は思わず振り返った。
「通して」
人混みの奥で、ふたたび涼やかな声が響く。
すると、まるで大地が割れるように冒険者たちがザッと二手に分かれた。
そこには、一人の少女が立っていた。
ブルーブロンドの美しい髪。
蒼く透き通った瞳。
年は俺と同じくらいだろうか。
思わず、見惚れてしまった。
端的に言って、絶世の美少女だったからだ。
「……見つけた。私の貴方」
絶世の美少女が、静かに口を開く。
熱を帯びたその独特なセリフ、どこかで聞き覚えがあるんだが……
そこでようやく思い出した。
「ソ、ソーニャさん!?」
そこにいたのは……先日ダンジョンで助けた女冒険者だった。
たしかに面影はあった。
青みかがった銀髪だったのは確かだし、ボロボロになっていた胸甲もきれいに修復されているが前見たものだ。
しかし、こんな美少女だとは思わなかった。
あまりの激変っぷりに、全然気づかなったぞ……
ソーニャさんは真っ二つに割れた人混みの間をしずしずと通り抜けて、俺の前に立った。
同時に、自然と冒険者たちの視線が俺に向くことになる。
「なんだあのガキ。まさか『氷姫』と知り合いなのか!?」
「ただの底辺冒険者じゃねーか。『氷姫』のファンだろ多分」
「なんかパッとしない男じゃない? どーせストーカーでしょ?」
観衆の中からヒソヒソ声が聞こえる。
声とは裏腹に、明らかに羨望やら嫉妬やらが入り混じった視線が刺さって痛いんだが……
「ちょっとルイ君! もしかして、『氷姫』と知り合いなの? キャーッ!」
「シャルさんはちょっと静かにしてください!」
シャルさんまでテンションがおかしくなってるぞ!
『氷姫』、どんだけ人気者なんだよ!
「…………」
『氷姫』ことソーニャさんは目と鼻の先まで接近している。
無言のままつま先から頭のてっぺんまで、嘗め回すように俺を見ている。
「あの、何かご用で?」
空気に耐え切れず、話を切り出す。
「……貴方のことは調べた。でも、何も分からなかった」
「は、はあ」
まあ、経歴はギルドに伝えてないからな。
もちろんバレットたちにも、だ。
「貴方のことがどうしても気になった。こんな気持ちは初めて。だから」
「だから?」
ソーニャさんは少しだけ緊張した面持ちになり、大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
それから、蒼い瞳で俺をしっかりと見すえ……こう言った。
「貴方とパーティーが組みたい。受けてもらえると、とてもうれしい」
「「「はあああぁぁぁぁ!?」」」
さきほどの十倍くらいのどよめきが、ギルド内に響き渡った。
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