第14話 『力の検証をすることにした』
「よし、ここなら大丈夫だな」
俺は街近くのとあるダンジョンに来ていた。
過去の栄華を偲ばせる立派な石造りの教会跡だ。
名を、『エレル第三教会跡』という。
もっとも、入口付近には俺を除いて誰もいない。
というか、ここもずいぶん寂れたものだ。
俺が本当の駆け出しのときには、いつ行っても二、三パーティーは見かけたものだが。
『ふむ……この場所からは魔力がほとんど感じられぬのじゃ。ここが、ダンジョンとな?』
「いい質問だな」
『と、言うと?』
ウンディーネは
簡単に説明しておくか。
「ここは『出がらしダンジョン』だ」
『デガ=ラシのダンジョン?』
なんかイントネーションを変えるとそれっぽい名前になるな!
でももちろん違う。
「簡単に言うと、何かの災害や事故でダンジョンコアが損傷したり劣化して、魔物やボスを倒しても魔石が出てこなくなったダンジョンだな。コアってのは、地脈から魔素を吸い上げて魔物や罠に変換する機構や術式……だったかな』
ここは発見当時からコアが劣化していた。
始めは少々の魔石が出たらしいが、今はもうどの魔物を倒しても魔石が出ることはない。
『ふむふむ』
興味深そうにウンディーネが頷く。
ちなみにドリアードは今日も俺の鞄の中でおねむである。
新調した拡張ポーチだから、さぞかし広々とした寝心地だろう。
あとで枕と毛布でも放り込んでやるかな?
まあ、契約の効力も『力』の行使にも問題なさそうだから放っておく。
「そうなれば、もう俺たち冒険者の用はない。しかも出てくる魔物たちの強さは同じだから、駆け出しの訓練場にもならないんだ。要するに誰も来ない。今の俺が人目を気にせず力を試すにはもってこいの場所というわけだ」
◇
『ほう……地上の様子からは想像もつかぬ広さじゃな』
教会の祭壇の裏にある地下へと続く通路を降りると、すぐに広々としたホール状の空間が姿を現す。
装飾も荘厳で、まるで聖堂のような雰囲気だった。
だが、降りてきた階段の段数と天井の高さがどう見ても一致していない。
階段は数十段降りただけだが、部屋の天井は立派な屋敷がすっぽり収まってしまうほどの高さがある。
ウンディーネの疑問はもっともだった。
だが、俺としては肩をすくめて見せる程度の感情しか出てこない。
「まあ、ダンジョンなんてどこもこんな感じだ。君を召喚したニノツミ第十七遺跡も、十年くらい前に遺跡周辺で発見された見取り図によれば地下一階までしか存在してなかったらしいし」
『ほうほう。魔素による時空の拡張現象じゃな。魔力災害とは、げに恐ろしきものじゃのう』
「ありふれすぎてて、ピンとこないけどな……」
そんな感じでウンディーネと雑談をしつつ、第二階層に到着。
『ほう、この階層から空気が変わったのう』
「ああ。第一階層は言わば『お試し』だ。ここからは魔物が出没する。気を引き締めていくぞ」
地下とは思えない開放的で荘厳な雰囲気の第一階層とは打って変わり、第二階層は地下牢のような薄暗くじめじめとした造りだ。
縦も横も急激に狭くなった通路を、俺たちは慎重に進んでいく。
ほどなくして、左右に鉄格子付の小部屋がならぶ、牢獄のような場所に出た。
今までは等間隔で並んでいた照明が、ここにはいくつかしかない。
闇があちこちにわだかまり、そのどれにも何かが潜んでいそうな気になる。
と、そのときだった。
――キーィ、キィ。
――ギギッ、ギィーィ。
耳の奥をやすりで削るような、不愉快な金属音があたりに反響する。
それが、深い闇の奥から徐々に近づいてくる。
『お、お主っ! なんか来るのじゃ!』
「落ち着け、ウンディーネ! ダンジョンで出くわすのは魔物だけだ!」
『そ、そうじゃな……う、うむ。魔物と分かれば、なんとなく怖くなくなるのじゃ!』
現金な精霊だな……
まあ、得体のしれない存在が怖いのは分からないでもないがな。
ほどなく、それが姿を現した。
錆の浮いた鉄の肌を持つ、乙女の彫像だ。
もっともそのサイズは乙女どころではなく、巨漢のバレットよりさらに背が高く、手足も異様に長い。
その長い手足をギコギコと不器用に動かしながら、俺たちに少しずつ近づいてきている。
『ぬわわ……気色悪いのじゃ! なんじゃあの魔物は!』
「『血錆の乙女人形』だ。近づくと胴体から肉塊が飛び出して丸呑みにされるから、気を付ける必要がある」
乙女人形の顔がギギッ、こちらを見る。
同時に、胴体部分ががばり、と開いた。
壁の照明に照らされ、粘液まみれの肉塊と何本もの触腕がずるりと這い出すのが見えた。
『ひいぃ……丸呑みされたあとは……どうなるのじゃ!?』
「さあな。経験はないが、多分消化されて肉塊の仲間入りだろっ! ――《水壁》」
どぷん!
存外に素早い動きで飛んできた乙女人形の触腕が、俺の展開した水の障壁に阻まれる。
この力は先のダンジョン攻略ではあまり使わなかったが、悪くないな。
水の厚さや硬度も魔力によって調節可能だから、それなりに使いでがある。
ただ、水の厚みを増すと魔力消費量が増えるから、使いどころは少し考える必要があるかもな。
ちなみに自己再生能力の方もいずれ再検証が必要だが、あんな気色悪いのに食われてまで試す気はない。
「あとは……こっちの攻撃があの鉄製の胴体に通るかどうかだなっ! ――《水刃》!」
今度はこっちの番だ。
あらかじめ生み出しておいた頭上の水球から、水の槍あらため水の刃を撃ち出し、乙女人形の胴体を薙ぎ払う。
――ギイイイイィンッ!
『――――ッ!?』
不快な金属音が響き一瞬ヒヤッとしたが、鉄製の胴体はあっけなく上下に分かたれる。
「おお、分厚い鉄も切断可能か。すげぇな」
乙女人形の外殻は、戦士職の渾身の一撃をも耐えしのぐほど硬いはずだが……それを、まるでバターのように切り裂いてしまうとは。
とんでもない攻撃力だな。
『ふ、ふん。水の精霊たる我の力ぞ? ここ、この程度たやすいわ』
「そうなのか。でもアイツ、まだ生き残ってるぞ」
『ひいぃっ!? 肉と肉がくっついてるのじゃ! キモグロなのじゃ!』
乙女人形の厄介なところは、肉塊の再生能力だ。
本来ならば、動きを停めた隙に火炎魔術なんかで焼き払うんだが……
「じゃあ、次はドリアードだな。――《聖母草》」
ふわり、と風が吹いた。
甘く香る風だ。
次の瞬間。
――バキバキバキバキメキメキメキッ!!
『――――――ッッッッツ!?!?』
乙女人形がさらけ出した肉塊がボコボコと粟立ったと思うと、いたるところから植物の芽が吹き出した。
植物は肉塊を覆い尽くすように生い茂ると、やがて白く可憐な花を咲かせる。
その下にある肉塊はすでに干からびていた。
養分を根こそぎ吸い取られ、致命的なダメージを与えたらしい。
やがて乙女人形は、白い花とともに光の粒子となり消え去った。
『おおぉ……やはりドリアードの力はえげつないのう……』
「いやマジで」
あいつ、聖樹の精霊だったよな?
以前女冒険者に使った《
その後もいくつかドリアードの『力』を試し、俺たちはダンジョンを後にしたのだった。
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