第13話 『新しい装備を買った』

 結論を言うと、鑑定結果はとんでもないものだった。


 一時間ほど待たされたあとに戻ってきたシャルさんが、ドン! とカウンターに革袋を置く。


 見た感じ、みっしり硬貨が詰まっているように見える。

 かなり重そうだ。


 ……まさか、全部金貨とかじゃないよな?


「はい、これ。ええと……金貨が三百枚」


「きんかがさんびゃくまい!」


 まさかの全部金貨だと……!?

 本当にありがとうございました。


 バレットが以前よこした報酬は銅貨三枚だったから、ざっとそれの一万倍だ。

 というか、俺からすると向こう十年は豪遊できる額なんだが……


 いやいや……ちょっと待て!


「あの、こんなこと言いたくないですが、鑑定結果間違えてませんか? ただのダンジョンボスですよ? ドラゴンとかじゃないですよ?」


「そう言われてもねえ……これでも少なくない手数料引いた額だし、そもそも私が鑑定したわけじゃないし。あ、鑑定士のひと、すごく驚いてたよ? どうも、魔石の中にあるキラキラは『精霊の残滓』とか言う成分らしくて、抽出するとすごく高価な魔術触媒になるんだって! 特にこの魔石は、流れ星みたいな金色の曲線が何本も走っているから、特に貴重らしくて」


 シャルさんが興奮したように説明してくれる。

 まあ、確かにドリアードは精霊だからな……怠惰の精霊だったっけ?


「そ、そうなんですか」


 でも多分その『流れ星』とかいうのは、彼女の抜け毛か何かだと思うぞ……まあ、それはさておき。


「それにしてもルイ君、すごい魔石をもらったんだね。こんなモノをポンとくれるなんて、その冒険者ってもしかしてものすごく高名な人だったりするのかな?」


「いや俺、そういうのには疎くて」


 実際疎いので、本当に分からない。

 女性の身でソロだし、高価そうな武具を身に着けていたし、相当の実力者なのは確かだろうが。


「そっか。でも、よかったね。今までの苦労がこれで報われたんじゃない?」


「いきなり報われすぎですよ……」


 まあ、先立つものがあってありすぎる、ということはない。

 ありがたく、受け取っておこう。


 俺は受け取り用の書類にサインをして、ギルドを後にした。




 ◇




「かか、買っちった……」


 俺は宿のベッドに街の武具屋や道具屋で揃えてきた戦利品を広げて、この世の快楽を心ゆくまで味わっていた。


 まずは、魔術杖。

 魔術により耐摩耗処理が施された黒かし製の柄の先端部に魔力効率を高める魔石がはめこまれた冒険者プロ仕様だ。


 いまさら詠唱補助なんていらないが、魔力効率は発動速度に影響する。

 それに魔術師であるというポーズは必要だ。


 質実剛健は美徳だが、人はえてして見た目からその人物を判断する。

 手ぶらの召喚術士なんて、誰からも相手にされないからな。


 それから、ベルト吊り下げ式のアイテムポーチ。

 こいつは外見上のサイズは両手に収まるより一回り大きい程度だが、内部は魔術で拡張処理がされており、容量はだいたいクローゼット一つ分くらいある。


 しっかりとした魔術処理がされているだけあってかなり値の張る品だが、冒険者にとって、アイテム保有量はダンジョン探索では生死に直結する。


 特に魔術師は魔術を行使するたびに魔力を消費する。

 魔力回復剤や魔力触媒はどれだけあってもありすぎるということはない。


 次に、軽鎧。

 これは魔術処理がされていないが動きを阻害しない簡素な作りのものだ。


 正直、召喚術士と言えばガチガチに魔力処理を施した魔術師用ローブを着用すべきなのだが、どうやら俺の召喚魔術は召喚獣を戦わせるというよりは、俺自身が戦うことが前提のものらしい。

 だから近接戦闘で邪魔にならないように前衛職用のものを選んだ。


 あとは、魔力回復剤や触媒の類、回復薬や小物類など。

 どれも、今までは金がなくて満足に揃えることができなかったものだ。


 もっとも、これだけ揃えてもまだ三分の一も使っていない。


「そうだ、装備してみるか」


 ベッドに戦利品を並べているだけでは仕方ないからな。


 俺は装備品の数々を身に着けると、鏡の前に立った(宿も、ちょっとランクを上げたら部屋に化粧台が付いていた)。


 そこには、どこからどう見てもいっぱしの冒険者が立っていた。

 少々ドヤ顔がウザいが、まあ今日くらいは勘弁してやろうじゃないか。

 今までは年季の入った古着とかだったからな。


 なんだか生まれ変わった気分だ。


「金があるって、最高だな……」


 あまりにも世俗にまみれたセリフだと自分でも思うが、そうこぼさずにはいられなかった。


『そうじゃな、お金は大事じゃのう』


「!?」


 バッ! と声がした方を振り向くと、ウンディーネがしみじみとした顔で頷いているのが見えた。

 どうやら人気がなくなったので、鞄の中から出てきたらしい。


「む……? 何を驚いた顔をしておるのじゃ。お主がニマニマしながらベッドに丁寧に品々を並べているところから、ちゃんと見守っておったぞ?」


「察しがよすぎる! まだ何も言ってねえよ!」


 ちなみにドリアードはすでにベッドに潜り込んで寝息を立てていた。

 怠惰なのか機敏なのかどっちかにしてくれ。


 はあ……


「……幻獣も金が必要なのか? 幻獣界もずいぶん世俗的だな」


「この世の理は『等価交換』。通貨とは、それを高度に抽象化した手段じゃ。今世よりはるか昔からる幻獣界にないわけがなかろう。もっとも、現世うつしよのように鉱物を鋳造したものではないがの」


 恥ずかしさを紛らわすつもりで言ったのだが、真面目に頷かれてしまった。


「しかし、お主もこうしてみると様になっておるのう。まるで今までが世を忍ぶ仮の姿じゃったとしてもおかしくないくらいに、じゃな」


「そ、そうか」


 仮の姿、か。

 言われれば、そうかも知れないな。


 とはいえ、ただちょっと力とあぶく銭を手に入れただけだ。

 こんなことで慢心するわけにはいかない。


 地位や名誉もそうだが、大きな力を急に得たせいで身を滅ぼした連中の話は父上からも、ギルドでも、いやというほど聞いた。


 俺はそんな奴らの二の轍を踏むつもりは毛頭ない。


 いずれにせよ、だ。


 俺はダンジョンで生き延びるのに必死で、結局ウンディーネやドリアードから得た力については、十分に検証できていない。


 しばらくは、依頼をこなしつつそれらに慣れていく予定だ。

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