第18話 『一方バレットたちは②』

「悪いけどさ、バレット。もうあんたにはついていけないよ」


 ダンジョンから帰還して報酬をメンバーに支払った、直後のことだ。


 テーブルに就くでもなく、不快そうに顔をしかめたまま今回の報酬をうけとった荷物持ちがそう言い放った。


 ちょうどこの街にやってきた直後に入れてやった、駆け出しのガキだ。

 たしか、地元の商店の息子だったか。

 年は十代後半くらいか? 名前は忘れた。


 まあ冒険者としてはすでに伸びしろの終わりが見えた、取るに足らん奴だ。


「つまんねーこと言ってねえで、これから飯行くぞガキ」


「俺にはマルセルって名前があるんだよ! いい加減覚えろよ! だいたいなんなんだこの報酬は! 人をバカにしてんのか!? これじゃあ、ガキの小遣いだろうがよ! そもそも飯なんて行くわけないだろ! あんた、リーダーなのに飯の金も出さねーし、酒の席じゃ一人で武勇伝ばっかり語りやがって……つまんねーんだよ!」


「ああ……?」


 虚を突かれた思いだった。


 まさか、ただの荷物持ちがこんな生意気な奴だったとは。


 だいたい、だ。

 せっかく気持ちのいい酒の席で貴重な俺の体験談を話してやっているというのに、なんだこの言い草は!


 こっちは経験の足りねえガキがいっぱしの荷物持ちとして使えるよう、面倒見てやってるんだぞ?

 本来なら、俺がコイツから金を取りたいぐらいなんだが?


 しかし、最近の若者は根性がなさすぎだろ!

 つーかもうこれで、五人目だぞ?


 しかもどいつもこいつも、あの『へっぴり虫』以下だ。

 マジで、最近の若い奴らは一体どうなってんだ。


 そういえば……『へっぴり虫』には、死んだあとも面倒をかけさせられた。

 ギルドで除名処分をしたあとのことだ。


 いつものように魔石を収めようとしたらギルマスにつかまって、その件を根掘り葉掘り聞かれた。

 どうやら手続きの内容に不備が見つかったらしい。

 だが手続きの不備ってことは、ギルドの落ち度だからな。


 俺は逆にギルマスを怒鳴りつけてやり、その場をあとにした。

 あのときのヤツの顔と言ったら……痛快だったぜ。


 だが、そのせいでアグルスに居づらくなったのは確かだ。

 俺に正義があったとはいえ、ギルマスに楯突いたんだからな。


 いままではヘラヘラしていた職員どもも急に塩対応になったし、潮時だったってわけだ。塩だけに。ガハハ!


 おかげでこの街に拠点を移すハメになったが……まあ、それはいい。

 この街――ヨハリムはいい場所だ。

 アグルスほどじゃないがダンジョンはそこそこの数があるし、俺の顔を知る者もいない。

 飲み屋のツケもどうにか踏み倒せたしな。


 それより、この荷物持ちだ。


「いいか、ガキ」


 俺は少しだけ声のトーンを下げて、しっかりと荷物持ちの目を見た。


 こう見えても俺は寛大な男だ。

 ここは腹のモノをグッと呑み込んで、コイツに言い聞かせてやらなきゃならねえ。

 それが、大人の男の役目ってもんだ。


「テメーはただの駆け出しだ。不満があるのは分かる。だが、俺の時代はもっとキツかったんだぜ? それに比べりゃ、こんなの屁でもねーんだよ。こんなところでケツまくってたら、どこのパーティーにいってもやってけねーぞ。なあゲイン、フェイもそう思うだろ?」


「……はいはい、あんたが大将」


「……フン」


 チッ! 最近二人の様子もおかしい。

 どうやらシルビアが出て行ったことが相当に不満だったらしい。

 このナンパ野郎どもが。


 しかもあの尻軽女、出て行ったその日に別のパーティーに乗り換えたらしいからな。

 それでもゲインとフェイとは繋がっているらしいが、俺にはたよりの一つすらよこさねえ。


 マジでどうなってんだ。


 ちなみに荷物持ちは俺の言葉が身に染みたのか、俯きながら肩を震わせていた。

 フン、どうやらテメーの立場が分かったみてーだな。


「おら、さっさと行くぞ。しゃーねえ、今日は特別だ。俺が一杯おごってやるからよ」


「……だよ」


「ああ? 声が小えぞ、ガキ。話すときはもっとデカい声で話せっていつも言ってんだろ!」


「もう、ほかのパーティーに決まってんだよ! 手続きも済んでる! これ以上、あんたのクソみてーな命令に従う必要なんてねーんだよ!」


「はあ……?」


 コイツ、何を言ってるんだ?


 あまりの急展開に言葉を失っていると、荷物持ちはバカにしたような顔で捨て台詞を吐いた。


「じゃあ、そういうことなんで。除名でもなんでも、勝手にやってくれ。それとだ、アンタは俺の一族の店は死ぬまで出禁だからな。覚悟しとけよ!」


 荷物持ちがギルドを出ていった。


「なに怒ってんだ、あのガキは」


「…………」


「…………」


 残る二人に同意を求めるが、なぜかシカトされた。




 ◇




 最悪だ。


 ゲインとフェイまでパーティーを抜けやがった。

 なんでも、シルビアのパーティーに入るらしい。


 怒鳴りつけたが、無駄だった。

 どいつもこいつも、俺をバカにしやがって……!


 おかげで、俺一人だけのパーティーになっちまった。

 荷物持ちも、根も葉もねえ噂が出回ったせいで、なり手がいなくなった。


 おまけにこの前勝手に出て行った荷物持ちの野郎、この街の商店を牛耳る大商人の息子だったらしい。

 おかげで、武器や防具どころか回復薬の一つすら買えなくなった。

 腹いせに系列店の食料品をぶちまけてやったら、店主のババアが衛兵に通報しやがった。


 おかげで当分は、スラムで隠れ寝るしかなくなった。


 クソ、最初から身分を明かしてりゃ、多少はマシな扱いをしてやったのに……詐欺にあった気分だ。


 まあ、やっちまったことは仕方ねえ。


 もっと最悪なのは、踏み倒したと思っていた飲み屋のツケを回収しに裏の連中がこの街まで俺を追いかけて来やがったことだ。


 裏の連中は、冒険者崩れが多い。

 タイマンで負ける気はしねえが、卑怯上等のあいつらは常に数の暴力で仕掛けてくる。

 今の、孤立無援の俺では勝ち目がない。


 どうにか這いつくばって許しを請うたら、前歯一本だけで勘弁してくれた。

 が、あとひと月の間に利子付きで金を返さなきゃ、出がらしダンジョンあたりで魔物のエサにしてやると脅された。


 どうにかしなければ……!


 クソ、どうして俺だけこんな目に遭わなけりゃなんねーんだ!




 ……そんな、屈辱の日々を過ごしてたときだった。




 古巣のアグルスで、新進気鋭の冒険者が次々未踏破ダンジョンを攻略したり、危険度の高い魔物を討伐したりと目覚ましい活躍をしているという噂が俺の耳に入ってきた。


 話によると、あの孤高と名高い『氷姫』と、元貴族だかなんだかの凄腕魔術師とのコンビらしい。


 それを聞いて、俺はこみあげる高揚感が抑えきれなくなった。


 『氷姫』は、ずっとソロでやってきた冒険者だ。

 それが、パーティーを組んだ。

 しかもまだ二人組。


 これは俺の勘だが、連中にはまだ仲間が必要なはずだ。

 冒険者パーティーは三人以上で組むのが基本だからな。


 ようやっと、俺に運が傾いてきやがった。

 間違いねえ。これが潮目ってやつだ。


 俺はいてもたってもいられず、荷物を取って街を後にした。

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