第11話 『ダンジョン脱出』

『せっかく気持ちよく寝てたのに~、キミはだれっすか~。ボクの惰眠を妨げるなら、養分を全部吸い取って干物にしちゃうっすよ~?』


 なんか、神々しい見た目とは正反対の物騒なことを言ってるんだが!?


「ま、まってくれ! 俺は召喚術士だ! ドリアード、君はどういうわけか魔石の中に封印されていたんだ! それを解放した! 別に睡眠を邪魔をするつもりはない!」


『問答無用っす~。ボクの睡眠を妨げる子は干物になるっす。その運命からは逃れられないっすよ~』


 のんびりした声色だけど殺意しかないんだがっ!?


「ウンディーネ、話が違うじゃねーか! 寝起きで完全にご立腹だぞ!?」


『うーむ。そういえばこやつ、確かめちゃくちゃ寝起きが悪かったのう……』


「そういうことは最初に言え! っていうか俺が死んだら君も幻獣界に強制送還だぞ!」


『むう、分かっておるわ。ドリアード! 我じゃ、ウンディーネじゃ』


 ドリアードがウンディーネの方に顔を向ける。


『お~。ディーネ、おひさっす~』


 ちょっと意外そうに半目をもう少しだけ開き、寝ころんだまま小さく手を振った。それと同時に、殺気が霧散する。


 た、助かった……


『うむ、久方ぶりじゃな、わが友よ』


『そういえばディーネは~、なんでこんなとこにいるっすか~? もう、刑き……むぐっ』


『わっ、我は、この者に召喚されたのじゃ! すでに契約も済んでおるゆえ、お主に殺されてしまっては困る! そも、今お主が現世うつしよで形を保っていられるのは、この者の魂がお主を繋ぎとめているゆえじゃ! ド、ドリアード、ちょっと我とお話をしようか! なのじゃ!』


 ウンディーネが言うとおり、どうやら俺が魔石に触れたときにドリアードと僅かな繋がりができているようだ。

 そのような感覚があった。


 というか何か今、不穏なワードが聞こえたかけた気がしたが……

 ドリアードの口をウンディーネが素早く塞いでしまい最後まで聞き取れなかった。


 しばらくウンディーネとドリアードはヒソヒソと言葉を交わしていたが、二人は互いに頷き合う。


 それからウンディーネは俺に向き直り、ドリアードは寝ころんだまま視線だけを俺に向けた。


『……と、いうわけなのじゃ。分かったのぅ? 我がズッ友、ドリーよ』


 どういうわけなんだろうか。

 聞きたいような、聞きたくないような。


『ふ~ん。このオス、結構やるっすね~。一度に二柱も幻獣を降ろせる人間はそういないっすよ~?』


「あ、ありがとう?」


 なんか認められたらしい。

 オス呼ばわりはやめてほしいが……


 って、それどころじゃない!


「ドリアード、頼みがあるんだ。君の癒しの力を貸してほしい。酷いケガをした人がいるんだ」


『いいっすよ~』


 ドリアードがグッ! と親指を立てる。寝ころんだまま。


 ひとまずはオッケーらしい。

 ホッとする。


 がそれもつかの間。


『じゃあ、さっそく契約っすね~』


 そう言うなり、ドリアードは寝そべったままクネクネと器用に俺ににじり寄ると、


「えっ? おい、ちょっと待っ――!?」


『いただきっす~!』


 心の準備ができていない俺の指にかじりついた!

 さっきの怠惰っぷりがウソのような素早さだ!


 ガリッという嫌な音ともに、かなりの激痛が俺を襲う!


「があああああぁぁぁっ!? いきなり何しやがるんだっっ!?!?」


『ごちっす~。契約かんりょ~っす~』


 俺の抗議もどこ吹く風。

 ドリアードはじゅるじゅると指から血を啜り続け……やがて満足げな顔でそばを離れた。


 と、同時に俺と彼女の間に何かがつながった感覚があり、ウンディーネとの時のように大量の知識と力が頭の中に流れ込んでくるのが分かった。


「……これが」


 ドリアードの力は、植物に関するものだ。

 その中には、確かに『治癒』の力があった。

 これの力ならば、冒険者を救うことができる……!


『ふわぁ……久しぶりに仕事をしたから眠くなってきたっす~。じゃあ、ボクは寝るからあとはよろしくっす~。おや……スヤァ』


「寝るの早っ!」


 その間、実に0.2秒……ッ!

 もしや、これも彼女の『力』……ッ!


 ……なわけないか。


『すう……すう……』


 寝息を立てるドリアードの身体が、みるみるしぼんでゆく。

 ついには、小さなニンジンのような姿になってしまう。

 サイズも、ちょうど手のひらサイズだ。


 なるほど、これが彼女の『節約モード』か。


 俺は彼女を起こさないようにそっと持ち上げると、とりあえず腰に付けたカバンの中にしまいこんだ。


「よし……!」


 急いで女冒険者のもとに戻る。


「こうでいいんだよな……? ――《寄生木ヤドリギ》」


 得た知識の通り、俺は彼女のわき腹に手をかざして『力』を行使する。

 とたん、淡い黄金色の光が彼女のわき腹を包み込み――裂けた傷口に、新緑みずみずしい植物が生い茂り始めた。


「……っぐうあぁっ!?」


 見た目通りの刺激なのか、女冒険者の顔がさらに苦悶に歪む。

 だが、その『効果』はてきめんだった。


 彼女のわき腹に繁茂した植物は互いに絡み合い、大きく開いた傷口を覆い尽くしてゆく。

 少々見た目がグロいが、まあそれは致し方あるまい。


 そして……


「ふう。なんとかなったみたいだな」


 女冒険者の傷は、ものの数秒で完全にふさがっていた。

 それどころか、徐々に肌に生気が戻ってきている。


「ドリアードの力、すごいな……」

 

 得た知識によると、俺が生成したこの《寄生木》は寄生した対象から魔力を吸い上げる魔法植物だ。


 だが傷口に寄生したこの植物は、取りついた体組織から魔力を吸い取る代わりに欠損した組織を生成して傷を癒す、という性質を持つ。


 ちなみに傷が完全に癒えると同時に《寄生木》は体組織と完全に同化して消滅してしまうのだが……まあ、治ったあとのことはどうでもいいな。


 それより女冒険者だ。


「う……君、は」


 女冒険者の目がうっすらと開く。

 ふう……どうやら助かったようだな。


「俺はルイだ。あんたと同じようにここから出られなくなったんだ。ダンジョンボスは倒したから、安心していい」


「……? 君、が?」


「ああ。そういえば、仲間はいないのか? 広間にはあんた一人だけだったけど」


「私は……ソロ」


 ……マジで?


「ソロで来た」


 どうやら相当変な顔をしていたようだ。

 女冒険者が繰り返す。


 いや、ソロ冒険者自体は珍しくない。

 腕の立つ連中は、稼ぎが減るのを嫌ってソロになることもあると聞く。


 そういえば、彼女が身に着けているものはかなり上等だ。

 ツタの魔物に齧られて破損しているが、この白金製の胸当てとか…表面に防御力向上と軽量化の魔力処理を施した、かなりお高い装備だった気がする。


 まあ、それでも単独で最下層までやってくるのはやりすぎだと思うが……


 まあいいか。


「分かった。あんただけしかいないなら、話は早い。ボスが復活する前に転移魔法陣ポータルに乗ろう。ほら、肩を貸すよ」


「……ありがとう。私は、ソーニャ」


「俺はルイだ。よろしく、ソーニャさん」


 まだ体力の回復しきらない女冒険者の腕を取り、どうにか立たせる。

 そのまま彼女の腕を俺の肩に回し、しっかりと支える。


 彼女の身体は、存外に軽かった。


「行こう」


「……うん」


 広間の奥にある鉄製の扉を開くと、小部屋があった。

 中心には、ほのかに光る魔法陣が描かれている。

 転移魔法陣ポータルだ。


「ウンディーネ、ついてきてるか?」


『我はここじゃ。あまりほかの人間に見られとうない』


 腰のあたりから小さな声が聞こえた。

 見れば、カバンから手乗りサイズになったウンディーネが顔をのぞかせていいる。


 ソーニャさんが息を吹き返したあたりから急に静かになったから心配していたのだが……こんなところに収まっていたとは。


 まさかコイツ、人見知りなのか?

 世界を見たいんじゃなかったのか……

 まあ、今はいいか。


「よし、じゃあ地上まで帰るぞ! ――《起動》」


 二人で魔法陣の中心に立ち、陣に魔力を注ぎ込む。


 魔法陣から発せられる光が、強くなる。

 同時にキーーンと耳鳴りが聞こえ……まるで落下するときのような臓腑が冷える感覚とともに、視界がぐにゃりと歪んだ。




 気づけば、薄暗い神殿の中で立っていた。




 むせかえるような、濃い新緑の匂いが鼻をくすぐる。

 横を見れば、幾本も並ぶ石柱の向こう側に、深い森が広がっている。

 地上だ。


「戻って……これた……」


 それを自覚したとたん、全身から力が抜けてしまった。

 一時は死を覚悟したのだ。当然だ。


「……大丈夫?」


「だ、大丈夫」


 今度は俺が肩を支えられる番だった。


「街に帰ろう、私の貴方」


「……? ああ、戻ろう」


 二人してゆっくりした足取りで、神殿を出る。

 見上げれば、木々の隙間から雲一つない青空が広がっていた。


 さすがに、森の木々が襲ってくることはなかった。




 こうして、俺の長い長い一日は終わりを告げたのだった。

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