第10話 『聖樹の精霊、ドリアード』
魔物の前には、一人の冒険者がうずくまっていた。
剣士、だろうか?
銀色の長髪と体格から察するに、女性のようだ。
得物らしき大剣は、魔物の樹液で汚れているものの、刃こぼれしていない。
かなりの業物に見える。
もっとも魔物に弾き飛ばされたのか、冒険者から少し離れた地面に突き刺さっていたが。
冒険者はうずくまったまま、魔物を見上げている。
こちらに背を向けているせいで表情は分からない。
『バロロロロオオオオオォォォォーーーーーーーー!!!!!!!』
巨樹の魔物が勝ち誇ったように咆哮した。
膿色の樹液が飛び散り、ダンジョンの床を汚してゆく。
とどめとばかりに無数のツタが禍々しい牙を剥き、四方八方から女冒険者に襲い掛かった。
あのツタの膂力はすさまじい。
人間の四肢など簡単にもがれてしまうのは経験済みだ。
そんな真似、させるかよ……ッ!
「――《水槍》ッ!!!』
瞬時に水球が出現。
ありったけの魔力を込める。
力を開放。
次の瞬間、一条の水槍が射出され――巨樹の魔物の横に突き刺さった。
『お主っ!? まさかここ一番で目標を外すかっ!?』
ウンディーネの絶叫が耳元がうるさいががシカトだ。
「いいから見てろ!」
俺が叫び返し、手を横に
――ヴヴイイイイイィィィンッッ!!!!
その動きと連動して、頭上の水球から撃ちだされた水の槍が鋭い振動音を発しながら左から右へと広間を縦断する。
巨樹の魔物の動きが停まった。
『なっ……これはっ!?』
ほんの少しの間ののち、
それからさらに少し間をおいて、巨樹の胴体が半ばからズルリとずれる。
地響きとともに横倒しになる。
残るはジュクジュクと樹液を吐き出し続ける巨樹の切り株だけだったが――それもやがて魔力の粒子と化し、拳大の魔石を残して消え去った。
「……っハアッ、ハアッ……っ! どうやら俺の勝ちみたいだな」
魔力が枯渇した、強烈な脱力感を覚えながらも、なんとか踏みとどまる。
正直に言えば、かなり危なかった。
いくら《水槍》が強力だといっても、ちまちま当てて倒せるかどうかというと、自信はなかった。
だからこの一撃に賭けた。
全魔力を込めて、今俺ができる最強の一撃を放つ必要があった。
もっとも、相手の耐久力が俺の一撃を上回れば、もう打てる手がなくなる。
だが多少でもひるませることができれば、その隙に負傷した冒険者を連れて奥の部屋にある
そういう打算もあって仕掛けた賭けだった。
とはいえ、魔力がすっからかんになったせいで体調は最悪だ。
この状態で冒険者を抱えて走るのは少々キツいな。
はあぁぁ……マジで倒せてよかったぜ……!
『ぬぬぬ……ぬぬぬぬっ……!』
「ウンディーネ?」
なぜかウンディーネが唸り声をあげている。
もしかして魔力が枯渇しすぎて何か悪影響が出たのか?
『ぬぬぬっ……そういう使い方もあったか!』
スライムの身体を変形させ器用に手を作り、ポンと手を打つウンディーネ。
『たしかに《水槍》は超高圧の水を撃ちだす技じゃ。ならば『柄』であったとしても穿ち抜く力は変わらぬのが道理というもの。むしろ柄こそ、斬れ味鋭い刃じゃった……のじゃっ!! この窮地においてその事実に気づき、新しい技を閃くとは……やはりお主は才能があるようじゃのうっ! 我はこの技を『水刃』と名づけようぞ!』
「お、おう、解説どーも」
確かにさっきのは水槍の性質を応用したものだったのは確かだが、そこまで大層な技じゃないと思うが……まあ、千年も刺激のない生活をしていれば、ちょっとした変化でも大事に感じてしまうのかもしれないな。
それはともかく。
ボスを倒した今、気になるのは負傷した冒険者だ。
「おいあんた、大丈夫か?」
静けさを取り戻した広間で、俺は冒険者に駆け寄り様子を確認する。
かなり若い女性の冒険者だ。
年は、もしかしたら俺と同じくらいかもしれない。
「う……」
反応が薄いが、まだ息はあるようだ。
ただ……美しいブルーブロンドの髪からのぞく顔は血の気が全くない。
額には脂汗が浮かび、元は端正であろう顔が苦痛で歪んでいる。
『これは手酷くやられたものじゃ』
いつの間にか人の姿に戻ったウンディーネが腕組みしながら唸る。
女冒険者のわき腹は、ツタにやられたのか、軽鎧ごとごっそりとえぐれている。
そこからどくどくとあふれ出てくる鮮血の量たるや……
「このままだと、ダンジョンを脱出するまで持たない。ウンディーネ、さっき俺の身体を癒した力、使えるのか? 俺に使える『力』の中に、なぜか入っていないみたいなんだが」
『あれは我と契約したことによりもたらされる、お主自身の自己再生能力じゃ。契約前でも使えたのは、緊急時じゃったゆえ我が先行して力の行使を認めたからじゃ。あれは例外じゃ、例外』
「そうなのか……」
……クソ!
だとしたら、どうすれば……!
『待て、お主よ。あの魔石……なぜか見知った者の雰囲気があるのじゃ。あれは……ドリアードか?』
ウンディーネがふいに顔をあげ、広間の奥を見る。
「それがどうしたってんだ! 今、君の顔見知りの話をしているヒマなんて……」
『落ち着くのじゃ! じゃがお主、はやり
「は?」
『どういうわけか知らぬが、あの魔石には聖樹の精霊――ドリアードが封印されておるようじゃ。細かい説明は省略するが、要するにあ奴は強力な癒しの力が使えるのじゃ』
「マジか」
『マジじゃ』
確かにあの魔石からは、倒した巨樹の魔物とは正反対の清らかな雰囲気を感じる。
『まったく、この放蕩幻獣め。しばらく幻獣界で気配を感じぬと思っておったら、
「ウンディーネは、ドリアードと仲が悪いのか?」
『ただの知己じゃ。我とあ奴のことはよい。どれ、あの巨大な魔石に触れてみよ。先の戦闘で封印の力は弱まっておる。お主が触れるだけで、ドリアードは解放されるじゃろうて』
「わ、わかった!」
今はウンディーネを信じるしかない。
俺は急いで魔石に駆け寄り、手を触れた。
すると……
早朝の森のような爽やかな力が、俺の身体に流れ込んできた。
同時に魔石が淡い光の粒子に代わり、少女の姿に変化する。
白く滑らかな肌と金色の長い髪をした、十代前半くらいの美少女だ。
髪の間から青々とした新芽がぽつぽつと生えているあたり、確かに人間ではなさそうだ。
少女は両手を枕にして横になり、すやすやと寝息を立てていた。
「君が……ドリアード?」
俺の声かけに、少女がうっすらと目を開いた。
寝起きのせいか、ものっすごい半目だったが。
『……んあ~? ボクの眠りを妨げるのは誰っすか~?』
爽やかで清らな力とは正反対の気だるげな声が、彼女の口から漏れた。
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