第9話 『逃げ遅れた冒険者を助けることにした』
「――《水槍》」
バスッ!
『ギイィィィィ――――ッ!!』
俺の放った水の槍が、襲い来る蟲型魔物の胸部を正確に撃ち抜いた。
ちょうど、神経節に当たる部分だ。
ここを破壊してしまえば、蟲型魔物は動きを停める。
魔物は俺に爪牙を突き立てるその直前で光の粒子と化し、消え去った。
『うむ、お見事。ずいぶんと『力』に慣れてきたようじゃな』
俺の肩に載った小さなウンディーネが、小さくぴゅいっと口笛を吹く。
スラ……水の精霊『節約モード』とやらでもずいぶん器用なものだ。
「ああ。しかし、この力はすごいな」
『ここまでの戦果は、お主の技術あってこそ、じゃ。幼い頃より、相当鍛えてきたのじゃろう。我に持ち前の戦闘センスまで底上げする力はないからな』
ウンディーネはそう謙遜するが、『力』は『力』だ。
彼女がいなければ、俺はもうすでに何十回も死んでいる。
感謝してもしきれない。
「しかし……第十階層より深くなると、ずいぶんと魔素の影響が露骨に出てくるんだな」
俺は静けさを取り戻した通路を見回し、呟く。
これまでごく普通の遺跡然としていた景色は、一変していた。
このダンジョンの名称は、『ニノツミ第十七遺跡』という。
その名が表すとおり、古代遺跡がダンジョン化した場所だ。
まるで天変地異でも起きたかのようにデコボコに歪んだ石畳。
その石畳に呑み込まれたかのように、半分ほど頭を出している何かの看板。
天井や壁面にはめちゃくちゃな角度で配置された扉と窓と看板が所狭しと並んでいる。
どれも、まるで子供が扉や窓などの部品をバラバラに解体して適当に組み立てたような、無秩序な配置だった。
ちなみに魔物の容姿もどんどんと正気を削るような見た目になってきている。
先ほど倒した魔物は、爛れた甲殻を持つ、脚がうじゃうじゃと生えた蟲型魔物だ。ちなみに脚は人間の腕と脚だった。気色悪いにもほどがある。
ちなみにツタの魔物はここ数階層、どういうわけか姿を見せていない。
というか、階層を深くするにつれ、魔物もまばらにしか遭遇しなくなっていた。さっきのは、この階層に入って初めての魔物だった。
この調子で最下層まで進めるといいのだが……
『なんというか、精神が不安定になる光景じゃのう』
「ああ。ギルドの座学で知識としては知っていたが……あまり長居したくないな」
『同感じゃ』
現在位置は、第十二階層。
ツタの魔物に襲われたのが第五階層だから、もう七階層ほど深く潜ってきたことになる。
ギルドでは、ダンジョンの第十階層より深い階層は『深層』と呼び、区別している。
魔素は、地下深くになるにつれ濃度を増す。
その影響は、魔物の強さにだけではなく構造にも及ぶのだ。
「そういえば、ウンディーネはダンジョンの内部を見たことがないのか?」
『ないわけではないが、ここまで酷い有様は見たことがないのう』
「君が
『うむ。しかし、これでは地上もどのように変化しているのか分からぬものじゃな』
「一応言っておくが、こんな妙な場所はダンジョンだけだぞ」
当たり前だが、地上は普通だ。
『もちろん我も高濃度の魔素に汚染されたモノがどうなるかくらいは知っておるが……これほど大規模なものは知らぬ。人為的にか、事故なのかは分からぬが……大規模な魔力災害が起きたということじゃろうか?』
「そんな話、聞いたことないけどな」
ダンジョンは、少なくとも有史以来ずっとあったはずだ。
ギルドでもそうと習ったし、追い出される前の実家でも父上からここ数百年のうちにできたなんて、習った覚えはない。
だいたい事故やら災害ならば、すべてのダンジョンがこんな状態のわけがない。
『千年の間に何が起きたのか、興味が尽きぬのじゃ。これは楽しみが増えたのう』
「俺はどうでもいいけどな……」
ウンディーネはなぜかわくわくしているが、世界の謎なんて明日の飯の種に比べたらささいな問題だ。
それに、ダンジョンをなんとか脱出しなければ元も子もない。
気を引き締めていかねば。
◇
魔物を排除しつつ順調に最下層まで進み、そろそろ最奥部に到達しようかという、そのときだった。
「――ッ! ――――ッッ!!」
『バロオオオオオォォォォーーーーーッッ!!』
キンキン、ギンギン、と金属がぶつかる甲高い音が遠くから聞こえてくる。
それと、誰かの叫び声、魔物の咆哮。
「マジかよ……冒険者だッ!」
まさか俺以外にも最下層を目指した冒険者がいたとは!
『ほわっ!? お主、どうしたのじゃ!?』
急に駆け出したせいか、ウンディーネの戸惑う声が聞こえる。
だが応じている暇はない。
小さな水球が肩から落ちていないことだけ確認して、俺は走り続ける。
戦闘の音から察するに、戦っているのは一人だけのようだ。
もしかしたら、仲間が戦闘不能に陥ってしまったのかもしれない。
ボスとの戦闘前に休憩して魔力の回復を待つ予定だったが……そんな時間はなさそうだ。
『お主、同胞を救うのはよいが……魔力残量は大丈夫かの? ここまでの間で、かなり消費しておるはずじゃ。残酷かもしれぬが、己の命には変えられぬ。『見捨てる』という選択肢もあるのじゃぞ』
たしかに彼女の言う通り、残存魔力は心もとない。
ここまで、それなりに戦闘をこなしてきたからな。
正直、あと《水槍》を数発、といったところだろう。
ここはしっかりと休息を取り、万全の状態でボスに挑むのが最善策だ。
だとしても、だ。
「見捨てない」
俺は噛みしめるように、言葉を口にする。
できるものか。
それじゃあ、俺を見捨てて逃げたバレットたちと同じだ。
あいつらと同じになる?
そんなの、死んだ方がマシだろうが……!
『ふむ、まあよかろう。今の我に、お主を止める力はない。好きにするがよいのじゃ』
「……悪いな、付き合わせてしまって」
通路を駆け抜ける。
そのままの勢いで、最奥部と思しき空間に飛び込んだ。
剣戟の音はすでに止んでいた。
「うおっ……でけぇ!」
目の前に、見上げるような巨体の魔物がいた。
こいつが『イビルトレント』か……!
一言でいえば、巨樹の魔物、だろうか。
毒々しい色の樹冠と、ささくれ立ち瘤だらけの樹皮。
幹に開いた傷のような隙間からはじゅくじゅくと膿のような黄濁した樹液が流れ出ている。
目を背けたくなるような、醜悪な見た目だ。
胴体は家ほどもある。
そこから生えている無数の枝は、俺たちを襲ったツタの魔物だった。
いくつかの枝はぶっつりと切断されているが、あれは俺が倒したやつだな。
だというに……まだ倒した数の数倍は生えてやがる。クソが。
魔物の前には、一人の冒険者がうずくまっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます