第3話 『召喚術士、幻獣をもって魔物を蹂躙する』
気が付けば、視界が青みがかっていた。
というか、青い。
まるで底なしの地底湖のような深い青。
何か、水のような液体が俺を包み込んでいた。
とはいえ、息苦しくはない。
むしろ、深くリラックスしている自覚があった。
それから、体の違和感に気づいた。
手足の感触がある。
みれば、魔物に切断された両足も、かじり取られた腕も、元通りだった。
もちろんわき腹にも傷一つない。
体の負傷が、治っている……?
どういうことだ?
俺はさっき、どう考えても魔物に食われ死んだはずだった。
ここはまさか、死後の世界……?
『そんなものがあるわけなかろーが! いい加減目を覚ますのじゃ、人間! 眠るな! 眠れば死ぞ!』
「ごぼっ!?」
いきなり耳元でキンキン声が聞こえ思わず叫んでしまう……が、水の中のせいか変なくぐもった声が出ただけだった。
キンキン声が続ける。
『まったく……まったく目を覚まさんから肝を冷やしたぞ。我に肝はないがな! しかし、なんちゅータイミングで我を召喚するのじゃ! もうあと一瞬遅ければ確実に死んでいたぞ。どんだけチキンレース好きなのじゃ、人間! それともアレか? スリルを快感と感じる
一気にまくしたてられた。
なんか俺、怒られてる?
つーかこの声、誰だ……?
『我か? お主が我を召喚したのではないか。忘れたのか?』
キンキン声が答える。
召喚……?
とりあえず、こんなキンキンした声のヤツを召喚した覚えはない。
というか俺の考え、なんか読まれてるんだが……
『当り前じゃ。我の魂は今、お主の肉体に憑依しておるのじゃからな』
魂が俺の身体に憑依?
そんなことした覚えは……まさか。
『そのまさかじゃ。というか、我……水の精霊ウンディーネを知らなんだ、とは言わせぬぞ? 我、『幻獣界』では結構有名ぞ?』
いや、全然知らないんだが……
水の精霊は分かる。
だが、ウンディーネって名前は初耳だ。
『幻獣界』ってのは……心当たりがある。
俺のスキルの名だ。
名は……『幻獣召喚』。
今までどんなに頑張っても不発だったんだが……まさかこんな召喚方法だったなんて、考えたこともなかった。
『ぬう、なんと不勉強なヤツじゃ……ともかく、お主は我を召喚したことで窮地を脱したのじゃ! 呼び出された我はお主に憑依し、体内の魔力を操って水を集め、お主のを包み込んで傷を癒し、外敵から身を守っておる……せっかく千年ぶりに
マジか……
なんかよけいな私情が入っていたような気もするが、まあ、だいたいの現状は理解できた。
『ならよい。しかし召喚したのが自己再生能力のある我であったのは、適切な判断というほかないのう。詳しい説明はあとじゃ。先ほど言ったとおり、周りで騒いでいるハエどもがうるさいからのう』
とたん、目の前の深い青がスッと薄まり、外界の様子があらわになった。
ダンジョン内部がくっきり見えるようになる。
と、次の瞬間。
どぷん!
鈍い音とともに、ぱっくりと先端部を開き、牙をむき出しにしたツタの魔物が襲いかかってきた。
「うわっ……!?」
思わず身を引いてしまうが、魔物の攻撃は水に阻まれ届かない。
どぷん! どぷん! どぷん!
が、そんなことはお構いなしだ。
魔物は狂ったように、何度も俺に噛みつこうと襲いかかってくる。
しかもほかの仲間も気づいたのか、どんどんとツタの数が増えている。
うわ……こいつら全然あきらめてないぞ。
『まったく……千年ぶりの現世じゃというのに、うっとうしい奴らめ。さっさと片付けるぞ、人間』
ウンディーネが忌々しそうに唸る。
そうはいっても、こいつら俺なんかより全然強いぞ。
倒せるのか?
『何を言っておるのじゃ、主よ。お主は召喚術士であろう。こんな魔物ごとき、ものの数にも入らぬはずじゃぞ?』
その魔物ごときに、俺が逆立ちしても勝てないバレットが戦闘不能にされたんだが……
…………本当にできるのか?
『フン……侮るでないぞ、人間。お主と我の力を彼奴らに見せつけてやろうではないか。そも、我をわざわざこの場面に
そうだな。
俺はあいつらにやり返したい。
で、どうすればいい?
『この程度の小物、細かい指示などいらぬ。ただ、命ぜよ。《滅ぼせ》――とな』
ウンディーネの声色は、美味そうな餌を前にした猛獣のそれだった。
ははっ。
あいつらが『小物』か。
言ってくれるじゃないか。
俺も彼女(?)に当てられたのだろう。
胸からこみあげてくる高揚感でウズウズしてくるのが分かった。
だから。
俺はその言葉を口にする。
――滅ぼせ。
水中だから声は出ない。
だが、ウンディーネには俺の意思がはっきりと伝わったようだった。
『カカッ! 存外、お主はイケてるようじゃ! ――雑草モドキを刈り取るには過ぎた力じゃが……我が力、存分に味わうがよいぞッッ!!!!』
ひときわ高いキンキン声でウンディーネが叫ぶ。
同時に、ぎゅっ、と体が圧搾されるような感覚を覚えた。
この感覚は知っている。
召喚魔術を行使するときに生じる負荷だ。
もっとも今回のそれは、何倍にも強烈だったが。
だが。
俺は父上と同じ炎竜を召喚するために、魔力量を増やす鍛錬だけはこれまでも欠かさなかった。
この程度の魔力消費、どうということもない。
魔力の流出が止まる。
頭上に強い力を感じ、顔を上げる。
俺を包み込む水のすぐ上に、ひときわ青い水球が浮かんでいた。
一見すると、人の頭部ほどの大きさの、ただの水の塊だ。
だが、分かった。
それはすさまじい魔力をはらんでいた。
『穿て――《水槍》』
ウンディーネが唄うように、起動の言葉を口にする。
それに応えるように、水球が一瞬だけ小さく震え……青い線を射出した。
ごくごく細い線だ。
俺の人差し指より細いかもしれない。
だが。
――ヴンッ。ヴヴンッ。ヴヴンッッ。
幾条もの青い線は重い振動音とともにツタの魔物を正確に刺し貫き――
それで、終いだった。
暴れくるっていた魔物の動きがぴたりと止まる。
――どさり。
一番前で俺を攻撃してたツタの頭が茎からずれ、地に落ちた。
どさり。
どさり。
どさり。
どさり。
どさり。
一瞬遅れて、残りのツタたちも頭部に当たる部分が茎から離れ地に落ちる。
すべての魔物が光の粒子へと姿を変え消失するまで、数秒とかからなかった。
『ふふん。まあ、こんなものじゃな』
「……すげえ」
ウンディーネの得意げな声を聞きながら、俺は呆けたように呟くしかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます