第4話 『幻獣ウンディーネの望み』

『さて、これで落ち着いて話ができるのじゃ』


 次の瞬間、俺を包み込んでいた水がばしゃり割れ、地面に大きな水たまりを作った。

 水たまりは俺の横に移動すると、再び一抱えほどの水の塊を形作る。


『ぬ……? 久方ぶりの現世うつしよのせいか、操作がなかなか難しいのう』


 水の塊はしばらく独り言をつぶやきながらプルプルと蠢いたりウネウネと身体(?)をよじったりしていたが、やがて人の形へと変化した。


 美しい、少女の姿だ。


『よし……こんなものか。どうじゃ主よ。見えておるか?』


 彼女・・を構成するすべてが液体なせいか、その身体はダンジョンの薄明りを透過し、あるいは反射してきらきらと揺らめていている。


 端的に言って、それは神秘的な光景だった。


「ああ、ちゃんと見えてるよ。君が……ウンディーネ?」


『いかにも。我こそが幻獣界の美姫アイドルこと、水の精霊ウンディーネ様であるぞ』


 俺の問いかけに、えっへん、と薄めの胸を張るウンディーネ。


 確かに水でできたその容姿は精巧な彫像そのもので、思わず見惚れるほどの美しさがある。


 まあ、アイドルとか自分から言い出すのはどうかと思うが……

 そこは黙っておこう。


 ちなみにこの状態だと、俺の考えは彼女には読めないようだ。


「俺はルイ。それにしても、君は強いんだな」


 改めて思うが、とんでもない戦闘力だ。


 実質Bランク相当のバレットを一瞬で戦闘不能にした化け物を、これまた一瞬で全滅させてしまった。


 彼女の今の可愛らしい姿からは、とても想像できない。


『はて? ルイよ、何をいうておるのじゃ』


 だが俺の言葉に、ウンディーネが小首をかしげた。


『お主が瀕死の状況を脱し魔物どもを一掃できたのは、ひとえにお主が我を選び召喚したという、適切な判断の賜物じゃろうが。……まさかお主、ただのスライムを召喚して魔物と戦うつもりであったのか? さすがにそれはアホの所業じゃぞ?』


「…………」


 うっ……なんかウンディーネのジト目というか圧がすごい。

 そしてなんなんだその洞察力は。


 たまらず目をそらしてしまう。


『待つのじゃ。まさかお主、本当にただのスライムを召喚するつもりだったと言うのじゃかなろうな!?』


「あ、あれはヤケクソだ! 魔物に生きたまま貪り食われて死ぬとか、悔ししすぎるだろ!」


『意味が分からぬ!! お主は……大アホじゃ!』


 ウンディーネがドン引きしている。

 まあ事情を知らない彼女には、アホと言われても仕方ないんだが……


『じゃが、その大アホが結果としてお主の命を救い、我が現世に現れる原因になったのも確かじゃ。しかしそうなると、ふーむ……お主が我を召喚したのは偶然だった、ということか』


「ああ。おかげで命拾いしたよ」


『ふむ。しかし、なぜスライムなのじゃ? というか、なぜスライムの代わりに我が召喚されることになったのじゃろうな?」


 それに関しては、俺もよく分からない。

 ただ、推測はできる。


 召喚魔術は、術者のスキルで示された地や異界から、そこに住まう魔獣を召喚し使役する魔術だ。


 たとえば父上のスキルは『炎獣召喚』。

 『炎獣』とは、最果ての地『火炎山脈』に住まう魔獣の総称だ。

 父上の象徴である炎竜は『ドラゴン』召喚により、火炎山脈から炎竜という種族を召喚し、使役している。


 余談だが、仮に父上が『スライム』を召喚したならば、溶岩ラーバスライムが召喚されることになるだろう。


 同じように考えれば、俺のスキル『幻獣召喚』の範囲で召喚できる『スライム』が彼女だったということになるだろう。


「実は……」


 俺はこれまでの経緯をふくめ、彼女に考えを話した。


『――ふむ、なるほど。我がスライムに含められているのは釈然とせんが……納得はしたのじゃ。しかしまさか、我々幻獣召喚の手順が今世まで伝わっておらなんだとは……今の今まで我が召喚されなかった理由がようやく分かったのじゃ』


 そういえば、彼女は千年くらいずっと召喚されたことがないと言っていた。


 まあ、まさか自分の体内を座標指定して術式を発動するなんて、マトモな頭をしていれば考えついたとしても実行するわけがないからな……


 そもそも、普通の召喚魔術で喚び出された魔獣は実体を伴っている。

 体内に魔獣を召喚すれば、俺が想定していた結果にしかならないだろう。


 だが、ウンディーネは納得のいかない顔をしている。


『しかし、よく分からぬ点もある。召喚魔術とは、我々幻獣の魂を術者の身体に降ろしてその力を行使するものじゃ。少なくとも我の時代はそうじゃった』


「となると、今と昔とでは魔術の体系が違う?」


『かも知れぬ』


 ウンディーネは断定を避けたが、違うのは明らかだ。

 自分の身体に召喚獣の魂を降ろす?

 そんなもの、見たことも聞いたこともない。


 ただ、術式自体は同じだった。

 召喚する座標が自分の体内か、それ以外か。それだけの違いだ。


 ウンディーネは千年前とか言ったが、それだけの時が流れれば魔術も進歩する。……いや、この場合劣化かもしれないが。


 まあ、どっちでもいい。

 俺は歴史学者でも、魔術学者でもないからな。


『しかし、お主……ルイよ、お主は頑張ったな』


 考えにふけっていると、くい、と袖を引っ張られた。


「……いきなりなんだよ」


『スキルもなく、力もない。そのような環境でお主は生き抜いてきたのじゃな。それは並々ならぬ苦労じゃったであろう。みじめな思いもしたじゃろう。不屈の精神は何物にも代えがたい資質というが……それでも、お主はよく頑張ったのじゃ』


 ただでさえ、この世の者とは思えない美貌だ。

 そんことをそんな慈愛に満ちた顔で言われると……その、心に来る。


「まあ……そうかもな」


 そうつぶやくのが精いっぱいだった。


『じゃが、それも今日までじゃ』


 ウンディーネはそう言うと、さきほどと打って変わって勝ち誇った……というか、ものすごいドヤ顔をキメた。


『我と契約するのだ、ルイ。さすればお主は並び立つ者なき強者となろう』


「並び立つ者なき強者、か」


 胸が高鳴る言葉だ。

 確かにウンディーネと契約すれば、堂々と召喚術士を名乗ることができる。

 少なくとも『へっぴり虫』などとバカされることはないだろう。


 しかし、そうなると……疑問が浮かんでくる。


「たしかに、君は強い。俺にとって、契約することはとんでもないメリットだ。だが、契約には対価が必要だ」


『ふふん、知れたことよ』


 ウンディーネも分かっているらしい。

 ニヤリと顔に笑みを浮かべ――こう言った。


『我を様々な場所に連れていくのじゃ。それこそが我の求める対価じゃ』

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