ANTI-MAN

Mr.K

#1『これが、ありふれた日常』

 ――この世には、善人と悪人、そして、それらの延長線の先の存在たるヒーローと悪党ヴィランがいる。


 ある者は人々の希望の象徴として、悪党のみならず大災害にも立ち向かい。


 ある者は人も知らず世も知らず、ただ黙々と人に仇なす者どもを退治し。


 またある者は、世界の理を超えた領域で、密かに世界を守っている。


 そして、とある街角では――


「よぉよぉ姉ちゃん! ちょっと茶ァしばこうやぁ……!」

「悪いようにゃあしねぇからよ……へへ」


 ガラの悪い男が三人、二人の女子高生に絡んでいた。

 一人は黒髪のポニーテールが印象的な小動物めいた少女であり、もう一人は赤みがかったツインテールの強気そうな少女である。

 二人は共に、同じ高校の制服を着ていた。時刻が朝方な辺り、登校中だったのだろう。

 その制服は、この辺りでも有名な名門校のものなのだが……男達はそんなことは気にしていないようだった。

 もっと言えば、良さげな女なら誰でもいいといった無秩序さすらあった。


「え、えっと……」

「ちょっと! アタシ達これから学校なんだけど!? 邪魔しないでくれる!?」

「ふぅーッ! 気ィ強い女だぁ!」

「ちょいちょい、めっちゃ良くね?」

「んだんだ、めっちゃええ!」


 男達への恐れからか、困り果てたようにオロオロとするポニーテールの少女に対し、ツインテールの少女の方は強気にも男達に食って掛かる。だが、男達としてはそれが逆にそそられるらしい。鼻の下を更に長くし、下卑た笑みを加速させる。そんな様子を目の当たりにして、黒髪の少女はいよいよ泣きそうな顔になった。


 どうしてこうなったか、黒髪の少女は思い返す。


 周囲の同校生と比べると多少……どころかかなり裕福な家庭の育ちである彼女は、普段は使用人の運転する車に乗って登校していた。

 しかしその日、のだ。「たまには皆と一緒に学校に通いたい」と。

 幸いにもその性格の良さから多く友人もいた彼女は、前日から友人の中でも特に仲の良い一人に連絡を取り、丁度通学路が交わる場所で待ち合せようと伝え、了承を得た。

 当然、彼女は舞い上がった。嗚呼、皆と同じ歩幅で行く学校。どれだけ楽しいのだろうか。どんな景色を見れるのだろうか。友人と何を話そうか。

 そうしたワクワクのせいで約3時間程しか眠れなかったのはここだけの内緒話だ。

 ……が、そんな彼女の想いとは裏腹に、両親や使用人はこれに反対した。「世間は物騒なのだから、素直に送ってもらいなさい」と。実を言えば、その指摘は彼女の友人にも言われていた事だった。事実、此処は大小様々な悪党が現実にいる世界だ。金持ちの子供を狙った誘拐事件の前例など、ごまんとある。

 ある意味彼女の人望の厚さが故の心配だったが、それがまだ未熟な彼女には鬱陶しいもののように感じられた。

 故に、彼女は本来の登校時間を更に前倒しした時間に、家からこっそり出てきたのだ。


 そして、喜び勇んで待ち合わせ場所に向かった、その矢先。


『おやおやぁ!? 何やら上玉の娘がいるじゃないっすかぁ!?』


 彼女は不幸にも、この柄の悪い男達に捕まってしまった。

 元々気の弱いところのある彼女には、この男達に抗う術は無かった。大声で誰かを呼ぼうにも、恐怖心で声が出ない。

 もう、駄目だ。そう思っていた時――


『ちょっと! 何やってんのアンタ達!』


 偶然にも、同級生であるツインテールの少女が助けに入って来たのだ。

 あまり親しくはないが、同じクラスで、空手部所属で、確か風紀委員にも選ばれる程の正義感の持ち主、というのが彼女の印象だった。

 助かった、とポニーテールの少女が思ったのも束の間。


『オッ、いいねいいね、カワイ子ちゃんが向こうからやってきたべ』

『君も一緒にどォ?』


 ターゲットが増えた事に気を良くした男達が調子づき、あれよあれよという間に、ツインテールの少女諸共に路地の奥の壁際まで追いやられてしまっていた。


「あ、あのっ、ごめん、なさい! 私のせいで……!」

「いやいや、別にアンタのせいじゃないわよ。こんな連中ほっといて行こ」


 ふん、と鼻を鳴らしながら、ツインテールの少女がポニーテールの少女の手を掴み、その場を去ろうとする。


「ちょいちょいちょぉーい、何行こうとしてんのさぁ?」

「今日はまだまだ始まったばっかだってのに」


 だが、そうは問屋が卸さないとばかりに、男達が彼女の行く手三方向を塞ぐ。


「……ねぇ、そこどいてくんない? アタシらこれから学校なんだけど」


 ツインテールの少女が凄むも、男達はニヤついたまま動こうとはしない。

 それどころか、まるで値踏みするように二人の少女を見てくる。


「ガッコ! やー、真面目だねぇ、青春だねぇ!」

「ふぅーッ! いやぁー……最近の若い子は発育良いっすねー! マジ、ヤバくないっすか?」

「確かに! しかも良い尻してさぁ……へへッ」


 その言葉が耳に入ってしばらくしてから、ポニーテールの少女は顔を青ざめさせ、ツインテールの少女も身体を庇いながら「最ッ低……!」と睨みつける。

 ツインテールの少女としては、いますぐにでも男達を殴り飛ばすか、彼らのに一発蹴りをかましたい気持ちだった。

 だが、今は庇っている相手がいる状態。ポニーテールの少女を守りながら三人を同時に相手するのは難しいし、もしそんな事をすれば彼女を巻き込んでしまうかもしれない。

 だからこそ、「我慢だ」と自分に言い聞かせる。いずれ、通勤通学の人々が多くなって、ここも人目に付く。そうすれば誰かしらが人を呼んでくる筈だ。


 だが、そんな考えを見抜いているかのように、男の一人が、ニマァ、と笑みを深くする。


「ちょいちょい、まさか、大声出して誰か呼ぼうとか思ってんじゃないのぉ?」

「それか、俺らブチのめすとか?」

「……だとしたら?」


 睨みを利かせながらそう告げると、男達はわざとらしく「オォ~、怖ッ!」と身体を震えさせた。


「……言っとくけどさぁ、俺らが三人だけだなんて誰が言ったよ、ええ?」

「お分かり? 周りは俺らの仲間が見張ってんの」

「フツーの奴なら、関わりてぇって思わねぇよなぁ……なぁ?」


 うんうんと、男達は互いに頷き合う。

 正直、少女達にとって最悪の状況だった。その言葉が本当なら、ここで声を上げたとしても、誰も助けに来てくれない可能性が高い。

 数の暴力という言葉があるが、しかし今時の人間、自分から死地に向かいたいと思う人間は希少過ぎると言ってもいい。ツインテールの少女はその希少な人間の一人なのだが。

 よしんば頭数が男達を上回ったとして、自分が痛い目に合うかもしれないのに、首を突っ込みたいとは、普通の人なら到底思わないだろう。


「それにさぁ……こういうの、あんだよねっ」


 そんな彼女達に畳みかけるように、男の一人がポケットから手のひら大の何かを取り出した。……ポケットナイフだ。

 その刃をちらつかせ、自身の唇を舐めながら、男が近づいてくる。


「へへっ、俺だってそーいう事ぁしたかねーけどな? でも痛い目見なきゃ駄目ってんなら……なぁ?」


 その言葉とは裏腹に、自身が優位にある事を良い事に、心底愉快そうな笑顔で男はそう言った。

 その様子に、少女達の背筋が凍りつく。ポニーテールの少女はともかくとして、強気を保っていたツインテールの少女も、これには流石に顔色が悪くなっていた。


(こいつ……!)


 もう、躊躇している場合ではなかった。男達がこちらに向かって来ている以上、もはや一刻の猶予もない。


「……いいわ。乗ってやろうじゃない、アンタらの誘い」

「えっ!?」

「おっ、いいねいいねノリノリで――」

「でも」


 驚くポニーテールの少女と、嬉々とする男達を遮り、ツインテールの少女が続ける。


「……この子は関係ない。行くのは、アタシだけ」

「……!」


 ツインテールの少女の言葉に、ポニーテールの少女は目を見開いた。

 そんな彼女の耳元に口を寄せ、ツインテールの少女はボソリと呟く。


 ――……今から突破口を作る。その間に逃げて。


 そう告げられたポニーテールの少女は、小刻みに首を振る。


「そ、そんな……駄……」


 駄目と言おうとしても、上手く言葉が紡げない。だから、代わりに彼女を引き留めるように、彼女の腕を掴んだ。


 ……ツインテールの少女は、震えていた。


 彼女も怖いのだ。それなのに、ポニーテールの少女に気を使って、彼女を鼓舞するように――あるいは自身を鼓舞するように――強気に振舞って。

 そんな中で、何も出来ないでいる自分に、心底嫌気が差した。


 ああ、自分があんな我が儘を思いつかなければ。

 彼女の良心が己を責め、そして同時に……渇望した。


 ――この状況を打破してくれる、ヒーローの存在を。


 そんな都合の良い存在が、都合良く来るわけがないという、シビアな考えが脳裏を過る。それでも、求めずにいられなかった。

 希望の象徴として有名なキャプテン・ブライトか、彼と同じチームに属する闇黒の法律を敷く者、ダーケスト・ロウか。あるいは、チームの誰か。それか、この辺りの地域で活動するローカルヒーローか、誰でもいい。……いや、この辺りは治安が良いらしいから、そもそもローカルヒーローもいないのだった。


 そして、ツインテールの少女が意を決して男達に突撃を敢行しようとし――





「――おい」





 ――ようとしたところで、やけにドスの利いた声が辺りに響く。


 如何にも不機嫌そうなその声は、男達の背後から聞こえてきていた。


 「あん?」と男達が振り向けば、路地の入口には一人の青年が立っていた。


 黒い髪に、黒縁の眼鏡。黒いスーツに、黒い革靴。

 その青年の顔は、余程不機嫌なのか、眉間には皺が寄り、分かりやすく口もへの字を描いている。

 その青年を目にした時、微かにツインテールの少女が「あっ」と声を漏らした。


「へっ、なんだよぅ、兄ちゃん。俺らに混ざりたいってかぁ?」

「…………」

「だんまりかよぉ、むっつりが!」

「ま、しゃーねーよな、こんなカワイ子ちゃんが目の前にいたんじゃ、俺らでこれなんだから、こんな陰気ヤローからしたらブルっちまうって!」

「確かに! ぶははっ!」


 男達が勝手な事を捲し立てるのを聞き、青年は――更にその顔を険しくする。


「……耳障りだ」

「は?」

「聞こえなかったか? 貴様らの声は耳障りだ、と言ったんだ。なんだ、そんな声で下手糞な軟派をして、それで女が着いてくるとでも思っているのか? だとしたら大した自信だ。程度の低い連中に相応しい自信と言っていい」

「……あ゛あ゛?」


 流石にこれには頭に来たのか、男達が殺気立つ。

 ポニーテールの少女は今にも気を失ってしまいそうな程に殺伐とした空気になって来たが、青年は相変わらず、不機嫌そうなまま。


「……あ? なんだなんだ兄ちゃん? ひょっとしてアレか? 正義の味方気取りかぁ?」

「ヒーローのいるこのご時世、俺もヒーローだッ! てかぁ?」

「ひゃー! かっこいいねぇ! しかも、たった一人で!」


 余裕を表そうとしているのか、煽るように男達が笑う。それに対し、青年は――微かに口元を緩めた。


「なんだ、悪党の自覚があるのか。実に……子悪党らしい」


 余裕を振舞おうとしていた男達だったが、青年の一言でその顔から笑みが消えた。


「……カッチーン。俺ってば、トサカにキちゃったよ」

「あーあ、しんねぇよ? 俺ら怒らせて……さぁ!」


 その一言を皮切りに、男達の一人が青年に向かって駆け出す。


 それを見たポニーテールの少女は、あっ、と声を上げ、思わず顔を伏せた。

 これから来るであろう悲劇から目を逸らすように。


 程なくして、ゴッ、という鈍い音が響く。


「……ああ?」


 だが、それで倒れたのは青年ではなく――向かって行った男。


「……怒らせて、なんだ?」


 地に伏せる男を見下ろしながら、青年は底冷えする程冷酷そうな声でそう言い放った。


「っ……」


 絶句する残りの男達。そして、少女達。


「……なんだ。続きはないのか」


 そして青年は、冷たい目を男達に向けた。……いや、男達だけではない。何故だか、少女達も自分達がその目で見られているような、そんな錯覚に陥っていた。


「……う、らあああ!!!」


 やがて、二人残った内の一人の男が、痺れを切らしたかのように――あるいは、青年から発せられる圧に耐え切れなくなったかのように――拳を振るわんと立ち向かっていく。


「ばっ、よ――」


 せ、とナイフを持った男が言い切る前に、無謀にも立ち向かっていった男は大振りで拳を振るう。狙うは顔面。

 だが、青年はそれを軽く顔を背けるだけで避けて見せる。

 ついで胸部に向かって真っすぐ突き出された拳も、半身で回避。

 次々に繰り出される乱暴な攻撃を、青年は紙一重で躱していく。

 しかし、青年の顔に焦りは一切ない。だが、相手を侮るような余裕も見えない。というより、まるで感情がそもそもないような――


「……ふん」


 しばらく攻撃を回避していると、やがて青年はつまらなそうに鼻を鳴らす。

 そして、一瞬の隙を突くかのように、男の足元に自身の足を差し出すと、ものの見事に引っ掛かり、倒れてしまう。


「んがぁッ!」


 情けない声を上げる男に対し、青年はその背に追い打ちするように容赦なくストンプを食らわせると、男は「ぐえっ」と潰れた蛙のような声を上げ、遂には気絶してしまう。


「……さて、残りはお前だが」


 ギラリと、眼鏡のレンズに太陽の光が反射し、青年の目が男から見えなくなる。それが、男の中にある本能的な恐怖心を呼び覚ました。


「う、動くんじゃねぇ!」


 男は叫びながら、手にしたナイフを二人の少女達に向けた。

 その行動に、ポニーテールの少女の喉から「ひっ」という声が漏れる。

 しかし、それに対する青年の反応は、酷く落ち着いたもので。


「……なんだ、人質のつもりか」


 青年のその声には、男の行動への警戒の色も無く、かといって苦し紛れの行動への呆れの色も無く。


「そ、そーだよ! ほら、お前が動きゃ、コイツらの命は――」

「そんなに手が震えているのに、か」


 その指摘の通り、ナイフを持つ男の手は酷く、それはもう酷く震えていた。


「……どうやらこの辺りの奴じゃないらしいから、一応言っておいてやる。俺は、貴様がナイフを突き立てるよりも早く動ける」

「あ、ああ?」

「何を言っているんだ、と思っているだろう。だが、事実だ」


 この発言には、ポニーテールの少女も面食らう。

 なんと――なんと、傲慢な事を言う人なのだろうか。


「だから、無駄なことは止めろ。そんなことをしたところで、貴様が痛い目を見るだけで終わる」

「……へ、へはは、なんだ、ふざけやがって。俺を、舐めやがって! 俺が、傷もんにも出来ねぇチキンだとでも思ってんのか!?」

「知らん。貴様のどうこうなんぞ、どうでもいい」


 目に見えて動揺しているナイフの男に対し、青年は至極普通に、冷徹にそう告げた。

 ポニーテールの少女は、気が気でなかった。この人は、一体何をやっているのだろう。

 わざわざ、ナイフを持った人間を刺激するなんて。導火線に火がついたダイナマイトに風を吹きかけるような行動だ。

 そして、恐る恐るツインテールの少女の方を見やると――


(……あれ、怖がって、ない?)


 寧ろ落ち着きつつあるぐらいに、彼女は平然と事の成り行きを見守っていた。


 ――ひょっとして、この男の事を知っている? 知っていて、彼の事を信じている?


 色々と聞きたい事が出来てしまったポニーテールの少女だったが、今はそれどころではない。


「……おお、おお! いいぞゴラ、やってやんよ!」

「わざわざ宣言してくれるのか。ありがたいものだ」


 青年が挑発するような言葉を吐くと、男は意を決したのか、そのナイフを振り上げた。

 咄嗟に目を瞑るポニーテールの少女。……だが、痛みはいつまで経っても来ない。


 恐る恐る目を開けてみれば――


「……だから、言っただろうに」


 カラン、とナイフが落ちる音。

 青年は、男がナイフを振り下ろす前に、その鳩尾を的確に殴り抜いていた。


「え? あ……」


 正直、ポニーテールの少女には信じられなかった。男と青年の間には、大体5m程あった筈。それだけの間があれば、ナイフが己か、あるいは隣の彼女を傷つける方が早いと思う。


(それをどうにかしちゃうなんて、この人、一体……?)


 ポニーテールの少女の疑問を他所に、ナイフを持っていた男が後ろに倒れ、蹲る。


「う、ごぉ……」


 言葉にならない声を上げる男を、青年は冷めた目で見下ろす。そして何を思ったか、男の近くにしゃがむと、彼のズボンのポケットをまさぐりだす。


「あ、あの、何を……」


 勇気を出して問いかけてみるポニーテールの少女。だが、その問いかけは呆気なく黙殺されてしまい、気まずさを感じた彼女はツインテールの少女の後ろにさり気なく隠れた。


「……あった」


 青年が取り出したのは、安価で買えるライターと、煙草の入った箱。


「お前、見たところ未成年のようだが」

(そうなの!?)


 いかつい見た目でポニーテールの少女には分からなかったが、蹲る男が目を見開いた辺り本当らしい。


「ナイフに、煙草。そんなものを持っているなど、普通は警察の厄介になる程度だろうよ」


 程度で済ませていいのか、と疑問に思うポニーテールの少女。


「だが、お前がどうなろうと知った事ではない。俺には、知りたい事がある」


 ……何故だろう。流れが不穏になって来た気がする。


「この煙草というもの。火を着けて、吸う、というのは知識では知っているが……」


 そう言いながら、箱から煙草を一本取り出す。


「コイツのどちらから火を着けて、どちらを吸うのか、それを知らんのだ。吸う予定はないのだが、つい気になってしまってな」


 そう言いながら青年は、の先端をライターの火で炙り出す。


「さぁ、教えてくれ。此処から、?」


 そう言いながら、青年は男の顔をむんずと掴むと、火の着いている方を男の方に差し出し――


「ちょ、ちょっと待って! 流石にそれはやり過ぎでしょ!」


 そこに、ツインテールの少女が待ったをかけた。

 その声に、青年はゆっくりと首を動かし、少女らを見やる。

 その仕草が、まるで映画で見たサイボーグのようで、ポニーテールの少女には救い主ながら、不気味に感じられた。


「……なんだ、お前達。まだいたのか」

「いるわよ! そんなの見てたら、流石に見過ごせないから!」

「そうなのか?」


 仏頂面ながら心底不思議そうな顔で、青年はツインテールの少女に問う。


「ほ、本当に、何考えてるか分かんない人ね……。とにかく駄目なものはダメ! そんな、拷問まがいの事!」


 「拷問?」と、青年は軽く首を傾げた。


「……これは、拷問、なのか」

「そうよ! 流石にそれはヤバいから! 普通に考えて!」


 ツインテールの少女に捲し立てられた青年は、再び自分が掴んでいる男の顔を見やる。

 男も、ツインテールの少女に同意するように小刻みに頭を縦に振っていた。


「……そう、なのか。それは、悪い事をした」


 淡々と呟きながらも、何故だか青年が落ち込んでいるように思えた。

 そして、青年は男を手放すと、そのままゆっくりと立ち上がった。


「……貴様ら。此処の人間じゃないようだから一応忠告しておいてやるが、この地で悪事を為すというのなら――」


 ――その時は、もっと酷い目に会うと思え。


 最初に此処にやって来た時と同様にドスの利いた声で、青年はそう言い放った。


 それを聞いた男は、怯えを隠し切れないといった様子で、言葉にならない叫びを上げ、気絶した男二人を置き去りにしたまま走り去っていった。


 そして、青年もその場を去ろうとし――


「ちょ、ちょっと待って!」

「……なんだ」


 それを、ツインテールの少女が呼び止めた。


「た、助けてくれて、ありがとう! えーと……」





「黒服マン!」

「誰が黒服マンだ」

「いやだって、いっつも黒服でヒーローみたいな事やってるし……」


 それにしてはネーミングがあんまり過ぎないか? と思わないでもないポニーテールの少女。

 正直置いてけぼり状態な彼女を他所に、黒服マンと呼ばれた青年は、はぁ、と不本意そうに溜息を吐いた。


「……お前とは腐れ縁のようなものらしいが、それならばいい加減に覚えろ。俺は、そもそもヒーローではない。そして俺には――」


 ――正木まさぎ 正義せいぎという名がある。

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