第18話 貴女はどう想うの?
結局、三島咲奈は谷崎千のことをどう思っているのか。
千は、あれからずっと考える。
いつも考えたくないので後回しにしていたが、どうにも無視できなくなってきた。
私に見られないのと私に酷いことをされるのは、どちらがいいのかしら。
・・・どちらも嫌だろうけれど。
千はふとカレンダーを見てみた。そこには修学旅行の文字。
一週間後、千たちは修学旅行に行くことになっていた。今更ながらの京都。面倒で仕方がない。そんなところに行く暇があったら新しいお茶会を開きたいと千は思うのだ。
真夜中のお茶会だってできやしない。
そんなものできなくてもいいのに。
けれど、修学旅行はやはり嫌だった。
「修学旅行・・・どうせ、三島さん虐められるのでしょうね。」
薔薇の招待状を手に取ったが、そっと千はしまった。
たくさん買っていたのに、もうそろそろなくなりそうだ。これはなかなか手に入れることができない招待状。
「これがなくなったら、私は・・・。」
結局、千は考えるのが嫌になって電気を消した。
嫌というより考えたくない。
今はそう思って寝てしまった。
「千さん、一緒に回りましょうよ。」
「あっちにお店があるわ。何か食べない?」
「ええ、そうね。そうしましょう。」
修学旅行といえどもやっていることは、学校と同じ。
千は嘘の笑顔で優しい谷崎さんを演じなければならないし、それは絶対しなければならないこと。
嘘は慣れているので何も辛いこともない。嘘を突き通さなければ、千は誰にも見られなくなってしまうからだ。
それが一番、辛い。
「あら? 三島さん、いたんだ。おいていきましょう。あんな子。」
皆、咲奈を指さしてはあざ笑う。
千とていつも慈善事業をするつもりはない。適当に流して他の少女たちに連れられて行く。
最後にちらりと咲奈を見たが、咲奈はこういう時には千を見ていない。
ただ、他の店を見ながらゆっくり歩いている。
だが、千が咲奈から目線を外そうとした時に一瞬目が合った。咲奈は寂しそうに微笑んでいた。そんな気がしただけかもしれないが。
見間違いね。
全く馬鹿らしい。
千がどこかへ行ってしまったが、咲奈はずっと微笑んだまま。
今日は、お茶会はないのね。
悲しくて咲奈は微笑んでしまった。
人は悲しい時ほど、忘れたくて微笑む。
本当に心の底から悲しい時なんて、涙も出やしない。
「・・・三島さんはそんなに私を見て楽しいの? 笑ってしまうほどに。」
顔を上げるとそこにいたのは紛れもなく千だった。
「谷崎さん!?」
「少し、話をしましょう。三島さんと話す時はろくでもないことばかり起るけれど。」
驚きのあまり、咲奈は足元が崩れそうになった。信じられなくて、あり得ないことが起きて喜びを感じるよりもただ足の力が抜けた。
そして絞り出すように言うのだ。
「・・・大丈夫よ。今は昼間だから。谷崎さんに辛いことなんて起るはずがないわ・・・。」
ここではあまりに人目につく。
誰にも見られたくないからと、千は路地に入ったところに咲奈を連れてきた。
「みんなはいいの、谷崎さん。せっかくの旅行よ?」
「どうせ学校と同じだし。どうせ私が少しくらいいなくなったところで誰も気がつかないでしょう。友達とおしゃべりするのに必死で。」
咲奈が黙り込んでいると千はじっと彼女を睨む。
「三島さん、貴女はどうして私を見るの?」
意外というか今更というか。
咲奈は驚いたが、改めて想いを口にした。
「谷崎さんが好きだから。私は谷崎さん自身が好きだから。」
「私は貴女が気に入らないから、あれだけのことをしてきたのよ? どうしてそういう結論になるわけ?」
「多分、それ以上に谷崎さんのことが好きだったんだと思う。私、よっぽど谷崎さんが見てくれたことが嬉しかったんだと思う。私も実際のところはよく分からない。何回も谷崎さんのことを嫌いになろうと思ったのだけれど。」
表通りはあれほど賑やかなのに、路地に入ればこの通り静か。
遠くから雑踏が聞こえるが、ここは暗くて夜に近い。
咲奈が話の途中なのに、ぼうっと表通りの方を見るものだから千は苛立ちながら会話を続けた。
「どうして嫌いになってくれなかったのよ。」
「この人を好きな人にしようって思ってもできないのと同じで。この人を嫌いになろうっていうのも無理だからだと思う。好きな人も嫌いな人も自分で選べれば楽だと思うけれど。だから私は嫌いになることなんてできなかったんだと思う。」
「答えになっていない。」
「谷崎さんが難しいことを言うから。でも、谷崎さんは私を何回も助けてくれた。谷崎さんはそう思ってないのかもしれないけれど。谷崎さんも嫌いになる人を選べなかったらいいなって思う。」
「それも答えになっていない。」
咲奈は下を向いてごめんなさいと小声で言った。
「ただ、私は本当に谷崎さんが好き。何があっても私は谷崎さんが好き。他のみんなに笑われても無視されても、私は谷崎さんが好き。私が一番怖いのは谷崎さんがいなくなること。だから、私はずっと谷崎さんを見たい。私の中から消えないで。それだけ。」
「それを答えにしないで。」
「ごめんなさい・・・谷崎さん、もうみんなのところに戻った方がいいわ。私といると谷崎さん、きっと無視されるようになってしまうから。私は何があっても谷崎さんを見ているけれど、谷崎さんはみんなのところに行かないと。みんなの谷崎さんでいて。」
「そうする。私は貴女に嫌われてもいいと思っているから。それだけ。」
本当に少しの間だけ話すと、千はまたどこかへ行ってしまった。
「ごめんなさい。谷崎さん。それでも貴女を愛したい。」
その日の夜。
旅館の大部屋で咲奈たちは布団につく。
クラスごとに二つに分かれて寝るのだが、あいにく咲奈は千と同じグループだ。そしてあいにく隣。
自分の好きなところを選べるのだが、誰も咲奈の横など行かない。
千しか横に来てくれなかった。
そういうことをされるから虚しいより好きになるのだと咲奈は胸が痛んだ。
消灯の時間。
電気は消されたが少女たちの会話は続く。年相応に恋愛の話。
対象は女子同士になるのだけは年相応ではないが。
みんな誰が好きだとかどんな子が好みかとかそんな馬鹿みたいな話だ。
咲奈にとっては、ただつまらない。
真夜中はみんなといるより、千と二人だけのお茶会で手を繋いだことの方がよっぽどいい。
だが、ここは秘密のお茶会でもなんでもないのだし、もう寝てしまおう。
そう思った時だ。
「ねぇ、千さんは好きな人いるの?」
「私も気になるわ、千さん。教えてよ、千さん。」
少しだけ咲奈の心臓が早鐘を打つ。
手も震える。
何を千は答えるのか。
痺れに似た震えがあったが、それはすぐに止まった。
なぜなら。
「・・・!?」
咲奈は千を見つめた。
千はただ天井を見たまま。
けれど、彼女の手は咲奈の手に触れている。震えが抑えられるくらいぎゅと繋いでいる。
そして言うのだ。
「好きな人は分からない。でも、こんな人が私は好き。」
「好きな人のタイプってことなの? 千さん。」
「そういうことなのかしら。ただ、こういう人が好き。」
「教えてよ、千さん。」
咲奈が手を通じて千に心臓の音が聞こえてしまうのではないかと思っていると、先ほどよりも強く千に手を握られた。
「私のことをずっと見てくれる人が好き。何をしても。何があっても。それでも私をずっと見てくれる人が好き。多分、そういう人が好きなんだと思う。よく分からないけれど。でも、好きになる人って自分で選べないから。分からないけれど。」
咲奈は怖くて怖くて、何度も千の手から逃れようとしたが、その度に彼女に手を繋がれる。
本を拾ってくれた時のように優しく手を拾ってくれるのだ。
酷いことをされた時のように強く握られるのだ。
傘を差し出してくれた手で、ダンスを踊るのに差し出してくれた手で、体操服を返してくれた手で。
誰にも見つからないよう真夜中の布団の下で、秘密の出来事。
「だからね、私。もしも、そういう人に会えたら、これからもずっと見ていてほしいなんて思うのよ。でも、嫌いになってほしいなとも思う。こういう気持ち持つとお互い厄介だから。とても変な話でしょ?」
とても変な話だとみんなは笑った。
千はそれから黙り込んでしまったが、ずっと手を繋いでくれていた。
今度は千の手が震えていた気がするが、咲奈はどっと疲れてしまったので本当のところはどうかわからないまま眠りについてしまったのだ。
だから、こんな言葉が聞こえたのも夢か現実か分からなかった。
「三島さん、私を見て・・・。」
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