第19話 真夜中の秘密のお茶会
咲奈が朝起きて見ると、千との手は解けていた。
もしかしたら、昨夜のことは全て夢なのかもしれない。元々、自分は思い込みが激しい性分だから。
咲奈は、ため息をつきながら荷物をまとめる。
今日も自由行動。
良いのか悪いのか。
「三島さん、今日は一緒に行ってもいいかしら。」
「え・・・?」
意外なことに先に動いたのは千の方だった。
咲奈は勿論のこと、他の生徒たちもそれには驚いた。
「千さん、そんな子は放っておいて私と一緒に行きましょうよ。」
千が気に入っていた少女のそらが慌てて駆け寄ったが、千は微笑みながら首を振る。
「そらさんはみんなと仲がいいけれど、ほら、三島さんって誰もいないじゃない? だから、私は放っておけないの。」
みんなの優しい谷崎千がそう言うのだから他の生徒たちも何も言えない。
言えるとしたら、さすが千さんね・・・くらいだろうか。
先程の言葉はどこまで本当で嘘なのか咲奈にはさっぱり分からなかったが、千と一緒に行動するということだけは本当のようだ。
朝食が終わり、自由行動が始まると千は行きましょうと咲奈を連れ立って出ていった。
その二人の姿をそらは見えなくなるまでずっと睨んでいたのだが、それはまた後日話をしよう。
「こんなところで話すのは嫌。そこにあるカフェでも入りましょう。」
「えぇ・・・そう・・・ね。」
そう言って千は適当に選んだ小さなカフェへと咲奈を連れ込んだ。
カフェの中は、ジャズのようなものが流れていて小さいながらも落ち着いて長居できそうなものだった。
そこで二人は注文する。もちろん、紅茶。アールグレイとダージリン。
紅茶が運ばれてくるまで二人は無言であったが、目の前に出されると覚悟を決めて咲奈が話しかけた。
「谷崎さん・・・昨夜のことだけれど。あれは、本心なの? それは、私のことと思っていいの?」
すると千は紅茶を一口飲んだ後、咲奈を睨みながら口を開く。
「好きに解釈して。否定も肯定もしないから。」
「じゃあ、私のことと思っておくね・・・その方が嬉しいから。」
「そう思うなら、勝手にして。」
「ええ、勝手にするわ。」
いつもなら消極的で何も言えない咲奈だが、昼間に千と話しているからか、昨夜のことで気が大きくなっているのか・・・少しばかり強気な態度を示した。そしてこう続けて話しかけるのだ。
「ねぇ、谷崎さん・・・どうして谷崎さんはそんなに愛について否定するの? 何か昔あったの?」
「・・・・・・。」
しばらく千は黙り込んでいたが、咲奈があまりにもじっと見つめるものだから嫌々ながらも話し出す。
「愛って裏切るから。裏切られたから。」
「裏切られた・・・?」
「私、中等部でカーストが上だった。大好きな子がずっとお茶会に呼んでくれていて。その子を信じてずっとついて行った。お互い大好きだったし。でも、その子が失脚したの。」
「失脚・・・。」
「いままで羨望のまなざしで見られていたのに、もう誰も見てくれない。挙句の果てに信じていた子も学校から消えてしまった。私をおいて。誰も見てくれない。唯一、見てくれると信じていた子にも見てもらえなくなった。私、そんなの嫌よ。もう嫌よ。」
「谷崎さん・・・でも・・・。」
「私、みんなを見返したい。もう一度羨望の眼差しを手に入れたい。どれほど努力したか。誰かが私を見てくれるってこんなにも大変なことだったのね。馬鹿みたい。そうでもしないと誰も見てくれやしない。誰にも見られない存在、それが谷崎千。笑うなら笑って。馬鹿にするなら馬鹿にして。」
咲奈は返す最善の言葉が分からず何も言えないままだったが、ただ自分の思いを口にしてみた。
「笑わないわ。馬鹿にしないわ。だって、私と同じだもの。でも谷崎さんの方がずっとずっとすごいわ。こんなにも努力してみんなに見てもらえているのだもの。私はただ見て欲しい人を見ているだけだから。」
それを聞いて、千は下を向いて手を震わせながら呟くように言った。
声を絞り出すようにして言うのだが、うまく声が出ていない。
千がこのような声を出すのを咲奈は初めて聞いた。それほどまでに自分の言葉は千を追い詰めてしまったのだろうか。
咲奈の表情も暗くなっていく。
「・・・私は、見て欲しかった人ですら今となっては見てもらえない。もう、見ることだってできやしない。川端先輩の言葉を聞いて最近、思う。実のところみんなは私のカーストを見ているだけ。私は最初から誰にも見られてはいない。私も見たい人もいない。可哀想な谷崎千。哀れな谷崎千。」
「谷崎さん・・・私は、ずっと谷崎さんだけを見てる。それでも・・・私は・・・やっぱり、谷崎さんが見たい人には・・・なれないのかしら。」
気が付くと咲奈は、実におこがましいことを千に言っていた。
いや、これだけに限ったことではない。
こんなこと昔の咲奈が言えたことだろうか。
二人で歪んだお茶会をしていた時、言える身分だったのだろうか。
千自身もだ。最近の千の言動。
今まで咲奈にしてくれただろうか。
決してしないことだらけだ。
それなら、千の今の身分・・・カーストはもう崩れているのではないだろうか。
「私が昨日の夜言ったこと・・・何をしても、何があっても。それでも私をずっと見てくれる人・・・もしも、そういう人に会えたら、これからもずっと見ていてほしいなんて思うって言ったけど。それは本当のこと。私は誰かに見て欲しい・・・ずっと。でも、だからって何? 私は三島さんを受け入れればいいの? そんなことできない。受け入れたらすべてが終わり。今までのすべてが終わる。」
すべてが終わり。
色々と捉えることができる言葉。
でも、どちらにしても咲奈には辛い。
咲奈が俯きながら悲しそうな目をしていると、千は立ち上がって咲奈をじっと見た。彼女もまた悲しそうな目で。
「私・・・そんなの嫌よ。」
「何が・・・嫌なの・・・?」
「わからないけど、言いたくないだけかもしれないけど。ただ・・・。」
「ただ・・・?」
「もう、私が三島さんに送っていた薔薇の招待状が尽きたのよ。手元にあと一通しかない。いい機会だと思って。」
「どういうこと・・・?」
「今度こそ、今度こそ・・・お茶会を辞めましょう。次で最後。もう、さようならよ。私、もう疲れたのよ。こういうことに。お互い真夜中の秘密は忘れましょうよ。」
咲奈の足元が急に波打って気絶しそうになった。
心臓は胸にあるし、足元だけなんて気絶しない。
だが、足元が冷たくなってそこからして真っ逆さまに落ちていくような感覚がした。
必死につなぎとめていたものが終わろうとしている。
おそらく、もう何を言ってももう無駄だ。
不思議と咲奈はそう悟った。
出会ったときに比べて、千との関係は信じられないものになっていた。
触れてくれる、話してくれる。なにより、じっと咲奈のことを見つめてくれる。
畝惚れていいと思う言葉も言ってくれた。
もう満足ではないか。
もう終わりにしようか。
それで谷崎千が輝きを失わなければ。
一人、ずっと見つめる生活に戻っても悔いはないのではないか。
それで谷崎千が輝き続けるなら。
終わらないと。
谷崎千は輝きを失っていく。
自分だけが見つめている存在になってはいけない。
なぜなら・・・だって・・・。
不思議と咲奈はそういう思いに到達したのだ。
多分、崩れ落ちすぎて奈落の底の地に足がついたのかもしれない。
次で最後。
もうすべて終わりにしようか。
それが二人の初めての意見の一致だった。
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