第17話 私の歪んだ愛が育ってしまうから

 結局、谷崎千は三島咲奈のことをどう思っているのか。


 キスをし続けろという命令をした時、千はこう言っていた。


 虚しい気持ちにさせ続けてやる・・・と。


 それこそが彼女の狙いならば、優しくされることも激しく求められることもその一環なのかもしれない。

 咲奈はいつも考え込むのだが、最終的に千を好きになるばかりだ。例え千が虚しくさせようとしていたとしても、そんなことは関係ない。

 千と関係を持ち続ければ続けるほど、彼女を愛していく。

 歪んだ愛が自分を溶かしていく。

 咲奈の愛は歪みながら真夜中に育っていくのだ。


 ある日の体育の授業。

 何かと咲奈が目立つのはこの時間。

 先日のこともあってか、咲奈は目立って虐められるようになっていた。それはいいことか悪いことなのか、もはや咲奈にも判別できなくなっていることであるが。


 体操服から制服に着替えようとした時。

 制服がない。


 「あれ? 三島さん、着替えないの?」

 「あら、もしかして制服なくしちゃった?」

 「あ、もしかしてこれかな。でも三島さんのじゃないかもしれないから捨てておくね。間違えたら大変だものね。」


 それは咲奈の制服で間違いない。

 無視されるのは慣れている。だが、こうされるのは初めてで、どう反応していいか分からない。ただただ戸惑っていると、一人の生徒が咲奈の体操服を引っ張ってきた。

 

 「三島さん、次の授業が始まっちゃうよ? 脱ぐの手伝ってあげようか?」


 慣れてはいないことだが、彼女のやりたいことは大体わかる。

 

 「お願い・・・やめて。私の制服を返して。」


 無駄だと思いながらも小声で反抗してみると思うものの、やはりそれは無駄だった。

 数人が寄ってたかって咲奈の服を脱がせようとしてくる。


 見られないのと虐められるのって、どちらがいいのかしら。

 谷崎さんに見られないのと谷崎さんに酷いことをされるのって、どちらがいいのかしら。


 できれば、どちらも嫌ね。


 悲しみの果てに行きついたのは冷静な心。

 咲奈はじっと虐めている少女たちを睨んだ。それがまた彼女たちの感情を逆立てる。

 無茶苦茶にされてしまうのかもしれない。そう思った時だ。


 「ねぇ、そういうの・・・・やめておかない?」


 咲奈はその声に驚いて顔を上げる。

 なぜならこの声は聞いたことがあるからだ。

 真夜中にあれだけ聞いていれば分かる。真夜中にだけ聞こえる、愛してやまないこの声。


 「谷崎さん・・・。」


 少女たちの背後には、優しい微笑みを浮かべる谷崎千が立っていた。


 「千さん!?」

 「こういうの、私、あまり好きじゃないの。返してあげて、それ。」


 千はそう言うと少女たちから咲奈の制服を取り上げたのだ。少女たちは、あの谷崎千が言うのだから何も言えない。彼女に嫌われたら、お茶会には呼ばれなくなってしまうから。


 「ごめんなさい、千さん。本当は、悪気なんてないの。」

 「ごめんなさい、千さん。少し気に入らなかったからこんなことをしてしまったの。だから嫌いにならないで。」

 「ええ、わかっているわ。虐めているのって、結局・・・気になっているってことなのね・・・最近、私、そう思うの。だから、三島さんも彼女たちを許してあげてくれるかしら。」


 千はそう言うと制服を咲奈に手渡した。真夜中には決して見せることのない、昼間だけの優しい微笑みで。


 「三島さん、どうぞ?」

 「あ・・・・・・。」


 咲奈は震える手で制服を受け取ると、恐る恐る千を見つめた。

 千は微笑みながらも、じっと咲奈を見ている。


 「谷崎さん・・・ありがとう。谷崎さんって・・・優しいのね。」

 「いいえ。無視するなんて、できないから。」



 「ありがとう、谷崎さん・・・。」


 真夜中。薔薇の温室で。

 咲奈は千を見つめることができず、ただカップの中の紅茶を見つめながらそう言った。

 それに対して千も咲奈を見つめずに伏し目がちで紅茶に角砂糖を入れていく。


 千は甘いのが好きなのかいつも角砂糖を二ついれる。咲奈は自分のカップから目線を外して、その角砂糖が落ちて紅茶が少しばかり飛び散る様をじっと見つめた。


 二人の間に沈黙がしばらく流れた後に千は口を開く。いたって冷静に。

 

 「何がありがとうなのか分からない。」

 「あ・・・今日・・・制服を取り返してくれて。助けてくれて。ありがとう。」


 苛立ちを感じるような音を立てて千はカップをソーサーに置いた。そしてゆっくり席を立つと咲奈に近づき、彼女の顎を引き寄せる。


 「三島さん、前に言わなかった? 谷崎さんだけに触らせるって。私に嘘をつくの? 他の人に触らせるなんて許さない。」

 「谷崎さん・・・そう、私は谷崎さんだけに。」


 それを聞くと千は咲奈の腕を引っ張り彼女の首筋に口付けるのだ。

 咲奈はそれと同時に千の首に腕を回す。


 今日は星が綺麗に見える。


 押し倒される途中、咲奈が仰ぎ見た夜空には満天の星。

 

 そこらかしこ千に触られた気がする。制服も乱された気もする。

 ただ、その時の千の顔を見るのが咲奈は怖くて、自分を見ていなかったらどうしようという恐怖心で、ただ星空だけを見つめていた。


 千の目線を気にするなど、今更なのに。


 今となって、今日の昼間の出来事が思い出されたからかもしれない。

 千は何と言っていたか。

 千は・・・誰に対して何が言いたかったのか。


 「谷崎さん・・・谷崎さんはこうすればするほど私が虚しくなるって言ったよね。谷崎さんは私のことなんて嫌いだから。」

 「そうよ。」

 「でも私、どんどん谷崎さんを好きになるの。こうして一緒にいるたびに谷崎さんに触れるたびに。どんどん好きになるの。虚しくなんてならない。変でしょ。どうしてだか、私にも分からない。どうしてかしら。」

 「貴女でも分からないことを私に聞かないで。」

 「谷崎さんは、私のことどんどん嫌いになっているの? 答えなんて聞きたくはないのだけれど。」

 「じゃあ、聞かないで。」


 その後も千に触られたのかもしれないし、キスもされたのかもしれない。

 

 星空を見ていると一番に輝く星が見えて、なんて美しいのだろうと咲奈はただそれだけを思ったのだった。

 

 「谷崎さん、星が綺麗ね。」

 「え・・・?」


 咲奈は押し倒されたまま天井を指さした。

 

 「星が綺麗。谷崎さんが綺麗。私、綺麗に輝く谷崎さんが好き。私の中の谷崎さんはずっと綺麗に輝いている。どこにいても私には分かる。私には貴女しか見えない。他のみんなが他の星の輝きに目移りして谷崎さんを見失っても。私には分かる。一番綺麗に輝いているのは谷崎さん。」

 「黙って。」


 その後も、咲奈は千の美しさを伝えようと思ったのだが、キスされて口をふさがれてしまったので言えなかった。


 そういえば、星のような金平糖を乗せる紅茶があったような。

 いいえ、でもそれは紅茶じゃなかったわね。

 紅茶に入れるのは角砂糖だわ。

 谷崎さんは何個入れていたかしら。


 ぼうっと考えていると流れ星が見えた。流れ星が落ちていくのを見続けていたら、千の手に目線は行き着く。

 千は咲奈と手を繋いでいる。


 どうして繋いでくれるのかしら。

 ああそうか。


 「谷崎さんだけに触れさせるって言ったからか・・。」

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