三人組

今期の訓練生は全部で三十名。内女子は五名。数名年齢故に体格の良い者はいるが、殆どの者がまだ少年少女の姿をしている。


「好きな者と三人組を作れ」


モリスの指示に、訓練生たちはわらわらと仲の良い者たちで三人組を作っていった。女子だけで組んだのは、アメリアと隣の部屋の女子二人。余ったのか、サラは同じ年頃の男子二人と組んでいた。


「で、お嬢は俺らと一緒で良いだろ?」

「他のやつら、基本お前の事怖がってるもんな」

「…私は人畜無害よ」


むすくれながら反論してみるものの、事実入学してから一か月以上経過しても殆どの者に避けられたままだ。入学当日に騒ぎを起こし、容易く人を殺せるような力を持つ女など、好んでつるもうとは思うまい。

アイザックとアルフレッドは、随分と物好きのようだ。


「全員組んだな。各自模擬剣と防具を装備、代表者一名は俺の元へ来い」


もうすっかり慣れた手付きで、薄汚れてきた防具を装備する。背中まで伸ばしたエラの髪は、高い位置で一纏めにした。正直頭を動かす度に尻尾の様にぶんぶんと動くのがうざったいのだが、纏めないよりはマシだ。


「んじゃ、代表はアルで良いだろ?」

「何で俺なんだ」

「王子様だろー?」


王族貴族も平民も関係無いんじゃないのか。そうブツブツと文句を言いながら、アルフレッドはモリスの元へ向かう。紙に書かれたトーナメント表のようなものを掲げながら、モリスはニタニタと楽しそうに笑った。


「代表者はこの箱から紙を一枚引け。引いた番号のところに代表者の名前を書くように。三人一組の模擬試合だ」


あちらこちらで声が上がる。選ぶやつを間違えただの、俺たちならいけるだの、どいつをボコボコに!なんてざわめきの中、代表者たちは順番に紙を引いて名前を書いていった。それを眺めながら、エラは一人視線をトーナメント表に向けたまま考え込む。

魔術を使えるのは自分だけ。あとの二人は魔術は一切使えないが、剣の腕は他の者よりも上だ。自分が後方から支援をすれば、二人は動きやすいだろう。まだ付き合いは一か月と少しだが、何となく二人の性格は分かりはじめていた。


アイザックは普段飄々としているが、物事を見極める冷静さをきちんと持っている。目的を完遂する為にはどうすれば良いかを考えている時はいつも楽しそうだった。

対して、アルフレッドはにこやかに相手を攻撃していくタイプ。半分人間という理由で理不尽に喧嘩を売られていた時も、いつもの穏やかな笑みを絶やさぬまま、素手で相手をのしていた。


「切り込み隊長はアイザックだよね?」

「んー、多分そうじゃねぇかな。基本的に俺ってアルの護衛みたいなとこあるし」

「ふうん…」


こそこそと「あそこの敵はエラだけだ」なんて声が聞こえるが、それを聞いたアイザックはにんまりと笑った。


「悪い、一戦目はデカブツ三人組だ」


くじ運が悪かったと苦笑しながら戻ってきたアルフレッドが、勝負の相手を指差した。エラたちよりも大きな身体。青年の姿に鍛えられた筋肉。成程あれは強そうだと、エラは一人感心した。


「普段ガキとつるんでられるかって馬鹿にしてくるアイツら、俺らでやったらどうなるかね」

「あの三人って名前すら覚えてないけど、どっち?魔術?剣?」


エラの純粋な疑問に、アイザックとアルフレッドはにんまりと笑い、声を揃えて言ってのける。


「どっちも微妙」


明らかに年下の三人組に馬鹿にされているのが聞こえたのか、男たちは額に青筋を浮かべていた。威嚇するように拳や首を鳴らしているが、そんな事で怯むような悪ガキたちではない。


「何だか知らんが、やる気充分そうだな。アルフレッド・ハワード隊とマシュー・ベル隊、前へ」


スキンヘッドの筋骨隆々な男が、マシュー・ベルだ。確か組手でいつも相手に怪我をさせるかさせないかギリギリを狙っていく男だと記憶している。後の二人も髪はあるが、筋骨隆々と言って差し支えないだろう。三人集まると威圧感でげんなりとしてしまいそうだ。


「チビ共。大人を馬鹿にするとどうなるか、きっちり教え込んでやるからな」

「黙れよ筋肉ダルマ。頭の中まで筋肉のくせして一丁前に威嚇するなよ。弱く見える」


にっこりと微笑んだままのアルフレッドが、つらつらと言葉を並べ立てる。一瞬呆けたような顔をした男たちが、一拍置いて顔を真っ赤に染め上げた。良い度胸だの、お前を真っ先に潰すだのなんだの叫んでいるが、エラにしてみれば「なんともまあ煩い事」という感想しか抱けない。

正直、これくらいの相手ならばエラ一人で充分だった。


「魔術も使えねえ半端者が!」

「王の息子だろうが混ざり者は混ざり者だろうが!名を捨てて痩せた土地でも耕してりゃ良いんだよ!」


びきりとエラの額に青筋が立つ。周囲に漂う冷気と、エラの白銀の髪が青白く発光する姿を見たギャラリーが、大きく息を飲んだ。額を抑えたモリスが「始め」とうんざりしたような声を出す。


それは一瞬だった。ブツリと鈍い音がした瞬間、纏められていたエラの髪が一気に広がった。足元からバキバキと音を立てて凍る地面が、マシューたち三人へと伸びていく。それに気付いた時にはもう遅かった。三人がその場から逃げようと片足を動かした瞬間には、巨大な氷に体を絡め取られ、身動きが取れなくなっていたのだ。


「さっむ…」

「エラ、加減を覚えようか」


エラの左右に立っていたアイザックとアルフレッドの片腕は、服が僅かに凍っていた。大きく息を吸い込んだエラが不機嫌そうに舌打ちをすると、アイザックは「ガラ悪いの」と苦笑した。


「で?魔術が使える筈のアンタらは小娘一人に手も足も出ないみたいだけど、喚く以外に何が出来るのかしら」

「あ…あが…」

「あらいやだ、喚く事すら出来ませんのね。貴方方の仰る混ざり者以下ではありませんか。大人しく田舎にお戻りになられては?きっとその素晴らしいお身体ならば、働き口はいくらでもありましてよ」


令嬢ぶった言葉遣いで氷漬けの男たちを睨みつけ、エラはモリスに視線を向ける。


「そこまで。マシュー・ベル隊は敗退。アルフレッド・ハワード隊は呼ぶまで待機」


その言葉を聞くと、エラは掌をパンと合わせて渇いた音を響かせた。その瞬間、男たちを凍り付かせていた塊は、キラキラと太陽の光を反射させながら砕けて散った。


「二度と言うなよ、筋肉ダルマ共」


そう吐き捨てると、エラはアイザックとアルフレッドの腕を掴んで歩き出す。周囲を囲んでいた群衆から抜け出しながら、苛々としたように眉間に皺を寄せる。長い髪がサラサラと動きに合わせて揺れた。


「おいおいお嬢、俺ら出番無かったじゃねぇの」

「ムカついたから」

「俺たちまで凍らせる気だっただろ」

「加減に失敗したの。ごめん」


ずんずんと足を動かし続けるエラに引きずられ、アイザックとアルフレッドは困ったように顔を見合わせる。もう次の組が手合わせを始めているし、群衆からは随分離れてしまった。このまま行くと広場から離れて森へ入ってしまう。


「エラ、ちょっと落ち着け」

「だって!」


アルフレッドの窘めるような声に、エラは声を張り上げる。うっすらと目に涙を溜めた顔でアルフレッドとアイザックに向き直ると、震える声で言葉を続けた。


「混ざり者なんて酷い!あいつら子供でも分かる酷い言葉を使った!」

「…お嬢って本当、お嬢様だよな」

「それだけ恵まれた家で育ったんだろ」


苛立ちが治まらないエラだったが、困ったように笑う友人二人の顔を交互に見比べる。顔を見合わせ、困っているのか、嬉しいのか、それとも他の何かなのか感情の分からない顔で、アルフレッドが口を開いた。


「混ざり者なんて、俺たちは言われ慣れてるよ」


当たり前とでも言いたげな言葉に、エラは言葉を失った。子供の頃から父親に言われ続けてきた。混ざり者という言葉を使ってはいけないと。それはとても酷い言葉だからと。

半分は人間の血でも、半分魔族なのだから彼らは同胞である。全てが人間の血でも、我らと共に魔王の土地の為に働くのならば、彼らもまた同胞である。

エラにとってそれは、子供の頃から言い聞かせられてきた言葉で、当たり前の考え方だった。母も兄も姉も、皆同じように同胞だと言っていた。実家には半分人間の使用人だっていたし、能力さえあれば血は関係ないと、父はいつも言っていた。


「魔族の大半は、半分人間の俺らを受け入れないんだよ。人間も、半分魔族の俺たちを受け入れない」


寂しそうな顔をして言うアイザックの、深い青の瞳が優しくエラを見つめた。


「混ざり者って言われるだけなら全然。慣れてるし気にもしてない。意味もなく殴られたりしないだけ、俺らにとっちゃ平和で良いの」

「そんな…!だって、でも…」

「俺なんかまだマシ。アルは魔王の息子だから余計居心地悪いんだぜ」


ひらひらと手を振って、アイザックは同情するような目をアルフレッドに向けた。面倒くさそうな顔をしたアルフレッドがすぐ傍の木の根元に腰を降ろし、大きな溜息を吐いた。


「俺の父親は魔王。でも母親は人間。魔王の妻グレース様は、れっきとした魔族。つまり俺は、魔王の御落胤、不義の子なんだ。知ってるだろ?」


魔王が人間の女に子供を生ませたという話は有名だ。

王妃グレースは水の精霊に加護を受ける魔族だ。国でも随一の力を持ち、水の精霊に感謝を捧げる儀式では、いつも見事な魔術を披露していた。

そのグレースの息子ではないアルフレッドは、城の中では扱いに困る存在として半幽閉状態だったとはどういう事なのだろう。そう問いたげなエラの表情に気付いたアルフレッドは、小さく笑って隣に座れと地面を叩いた。エラがそれに従うと、アルフレッドはゆっくりと言葉を続けた。


「俺の母親は、王都の孤児院で働いていたらしい。父上が何度かその孤児院に通ううち、まあそういう関係になったんだそうだ」

「しかもグレース様がテオドール殿下を腹に抱えてる間に」

「うわ最低…」


仮にも国の主に対して不敬なのだろうが、口から思わず出てしまった素直な感想だった。それには同意なのか、二人はただ笑うだけだった。


「妊娠したと伝えたら、私は知らないと姿を現さなくなったらしい。母さんの部屋に忘れて行った指輪をずっと保管しておいたから、母さんは俺を産んだ後王の息子だって城に乗り込めたんだって」

「お母様、随分と豪胆な方ね」

「俺が五歳になる頃死んだけどね。病気になってすぐ、王の息子だこれが証拠だって城に乗り込んでいったんだ。大騒ぎになって、グレース様にバレた」


そりゃそうなる。そう言いたいのをぐっと堪え、エラは大人しく続きを待つ。背後から派手な衝撃音と僅かな熱風が吹いて来たが、きっとサラあたりが暴れているのだろう。


「指輪に憶えもあったみたいだし、何より父上が狼狽えたせいで、グレース様はこれが本当の話だってすんなり受け入れたんだ。勿論揉めに揉めたけど、城の片隅に俺と母さんの部屋を貰って、そこで暮らしてた」


腿の上で組んだ自分の手を見ながら、アルフレッドは思い出を辿るように楽しそうに笑った。

母との暮らしは楽しかった。死んでしまった時はとても悲しかったけれど、城の下っ端の下っ端だったアイザックと知り合えたのは嬉しい事。兄弟との仲は微妙だが、それでも食うに困らないだけで御の字だと笑う。


「城に行くまで、混ざり者と言われるのは当たり前だったし、なんなら城の中でも言われてた。一応王子って扱いだから、面と向かっては言われないけど」


純粋な魔族ではないから、王位継承権も無い。王妃の子ではないが、王の息子ではある。どう扱うべきか判断しかね、恐る恐る世話をされる生活にはうんざりしていたのだと言う。


「まさか軍人になって兄上の為にこの身を捧げろって言われるとは思わなかったけれど。勝手に他所で作った子供を良いように使おうとしすぎじゃないか?俺は一人で生きていけるようになったらさっさと城を出て、放浪の旅にでも出ようと思ってたのに」


やれやれと肩をすくませるアルフレッドは、遠くで盛り上がる訓練生たちをぼんやりと眺めた。


「他の訓練生は、混ざり者と積極的に関わろうとしないだろ?それがこの国の普通なんだよ」

「でも私はそれを普通だとは思わない。アルフレッドもアイザックも、私の大切な友人だと思ってる」

「ほーんと変わってるよなぁ、お嬢は」

「大体気に食わないのよ。生まれがどうとかで判断するなんて。好きでそう生まれてきたわけじゃないのに!」


ふんふんと鼻息荒く怒るエラを見て、アルフレッドとアイザックは顔を見合わせて吹き出した。そして、ぐしゃぐしゃと揃ってエラの頭を掻き回す。やめろと抗議するエラの声を無視して、二人はげらげらと楽し気に笑った。


「ちょっと、アイザック!アルフレッドもやめて!」

「はは、良いよザックで!」

「俺も、アルで良い」


すっかりぐしゃぐしゃになってしまった髪を手で整えながら、エラは嬉しそうに笑う友人二人の顔を交互に見る。

何だか急に、今まで感じていた微妙な壁が取り払われたような気がして嬉しかった。


「さて、そろそろ次の試合の話をしようか?」

「今度は俺たちの出番も残せよな」

「分かってるわよ」


後衛はエラに任せるだとか、今度は仲間ごと凍らせるなだとか、やいやいと相談し合う時間はとても楽しかった。

誰もが「月」としてしか見てくれない中、この二人は「エラ」として見てくれている。そんな気がした。

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