第9話 お香
それからも柏木さんとは、だんだん仲良くなっています。適度に距離をとって。人目を気にすると、正直に言われたのが良かったのかもしれません。
平日はほぼ毎日メールが来ます。土日は来ません。家族の時間だからでしょう。私からも、土日はメールをしません。
土日は私も趣味を楽しみます。柏木さんと、お互い教え合った作品を見て、感想を言い合うのが楽しみだし日課になっていました。
休日、柏木さんから借りた本を読もうと思いました。
紙袋から、本を取り出します。かいだことのある香りが、ふわっと香ります。
柏木さんとの会話を思い出します。
以前も、お借りした本から同じ香りがしました。
「借りた本からとてもいい香りがしました、お香ですか?」
「あー多分」
「なんというお香ですか? 私が使っているお香に近い香りだったからもしかして同じかなって」
「お香の名前、よく分からないからセットで買ったんだよね」
柏木さんはそう言い、スマホを操作しました。何度かスクロールをして見つけたようです。
「多分これ、気に入っているにおい」
画像を見ると、私が使っているお香とは違うパッケージでした。けれども名前が似ていました。やっぱり近い香りだったようです。
そのあとも、いくらかお香トークをしました。
柏木さんとのトークを思い出します。
最近はほぼ毎日、記憶の反芻をしています。柏木さんと話した内容、柏木さんの仕草、表情、指の形。
お香がそろそろなくなりそうです。今まではなくなってから買っていました。
けれども柏木さんが気に入っているといったお香に近い香りです、すぐに買い足します。
柏木さんが苦手だと言ったラベンダーのお香は焚きません。以前はラベンダーが好きでしたが。今は焚きません。
スマホの画面を叩くことが増えました。メールは来ていません。
スマホが気になりなかなか読書が進みません。……待っている? 私。柏木さんからのメールを。土日は来ないはずなのに。
柏木さんから貰ったチョコを食べます。バレンタインに貰ったチョコです。個包装で、丸型のチョコが十個入りでしょうか。
これを食べてしまうと、なにかが終わってしまう気がして、一日置きに食べています。なにが終わるというのでしょう。始まってもいないのに。
ふと思いました。柏木さんからお借りした本に、「好き」と書いているしおりをはさむのはどうでしょう。
しおりというか、姪がくれたアニメのカードですが。
私の部屋のウォールポケットに、そのアニメのカードが入っています。五人の美少女が、一人の男子を好きになるラブコメアニメです。
そのカードには美少女たちが恋する男子に「好き」をアピールしている場面が描かれています。奇しくも私が持っているカードはストレートに「好き」と言っている場面でした。
これをしおり代わりに、柏木さんの本に
柏木さんが、気づくかは分かりません。しおりを、わざと見える位置に挿すと気づくかもしれません。
柏木さんは、私に貸してくれた本は大好きな作品だと言っていました。私から返却されたら再び読むと言っていました。きっと近いうちに気づくでしょう。
「これ、なんのアニメ?」
そんな話題が生まれるでしょうか。
柏木さんは「好き」に気づかないふりをして、アニメの話をするでしょうか。
私はなにを考えているのでしょう。危ないです。そんな姑息な手段を。
最近、柏木さんの優しさが小さくなった気がします。
優しいだけじゃ駄目って、こういうことでしょうか。ストックがないとすぐに崩れます。
「小川さんて家、どこでしたっけ?」
柏木さんにそう聞かれるのは二度目です。覚えていてくれなかったんですね。
他にも、柏木さんは以前と同じことを聞いたり話したりします。私以外の人ともお喋りをしているのだと、思いました。
新しい女でしょうか。そういえばあの若い女子と相変わらず仲が良さそうです。
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