第8話 嫉妬

 一週間が経ちました。今日はグループ討議の時間があります。テーマに対して意見を出し合います。

 メンバーは私と柏木さん、年上の男性と女性、若い女子です。

 柏木さんが若い女子に声をかけます。彼女とは以前同じ課にいたことがあったらしく、もともと仲が良いようです。

 

 柏木さんは社交的な方です。私以外の方ともよく話しています。

 正直に打ち明けると、嫉妬です。自分より若い女子と話していることがこんなにも心乱されることだとは、知りませんでした。

 その若い女子には彼氏がいます。そう思い、自分を落ち着けました。年上の男性からも声をかけられています。若いというだけで、財産です。


「あれ? 髪の色変えた?」


 柏木さんが若い女子に、聞きます。私以外の女のことも、よく見ているようです。


「まーね。てか柏木さんの奥さんの髪の色は?」


 若い女子がタメ口で返します。それだけ仲が良いのか、柏木さんが話しやすいのか。私のなかで、チロチロと音がします。嫉妬の炎が燃える音です。

 柏木さんの奥さんの髪色、聞きたいけれど聞きたくありません。落ち着いて、冷静に考えることができなくなっています。私の頭と心は嫉妬の炎で埋め尽くされそうです。


「それより意見だしてよ」


 年上の女性、里中さとなかさんが言いました。ナイスです、里中さん。

 みんな慌てて、グループ討議に戻ります。ホッとしました。けれども、とっても嫌な気持ちです。嫉妬するなんて。


「小川さん」


 柏木さんが、私に声をかけます。かけてくれます。先ほど若い女子と話していたからでしょうか。

 柏木さんに話しかけられて、私は喜んでいますがそれを抑えます。本当に、いいパパですね。

 この人は、パパ。この若い女子の相手じゃないし、私の相手にもならないのです。だから嫉妬するなんて見当違いなんです。


 グループ討議が終わり、いつも通りユニット生産に移ります。いつも通りに仕事をしていつも通りに終わりましたが、少しだけ時間に余裕がありました。

 習慣になったのでしょうか、私は自然と廊下に出ていました。柏木さんとすれ違います。いつも通りに柏木さんと話します。すると、柏木さんが私を誘導しました。いつもの休憩所ではありません。


 少し歩いて、廊下にある大きな柱に来ました。柏木さんは廊下とは逆側の柱によりかかり、その前に私がいます。柱の陰に隠れる形になります。廊下を歩いている人から、私と柏木さんは見えない位置です。


 私の目の前にいる柏木さんは、いつもより距離が近いです。それに柱の陰で暗くなり、少しどきっとしました。


「小川さんと話すのは楽しいんだけど、あんまり人目について変な噂されるとお互いのためにならないから」


 柏木さんはそのように言いました。そうです、柏木さんは立場のある方です。家庭を持っている方です。

 私は周りに疑われる存在……だから隠れるのでしょう。

 柏木さんは先ほどの若い女子や里中さんとはよく話しています。

 けれども私とは柱の陰で話さなくてはならない。これはなにを意味するのでしょう。

 若い女子には彼氏が、里中さんには旦那がいます。私はフリーです。疑われる要因は、そこなのでしょうか。私と柏木さんは、年齢も近いですから。


「写真見せてもらえますか」


 なにを話していたのか、私は柏木さんに言いました。

 柏木さんはスマホを操作して写真を探します。お子さんや、ファミリーカーの写真が見えました。SNSでよく友達がアップしているような記憶があります。


 ファミリーの写真。何気ない写真。なんでもないこと。

 けれどもそれは、柏木さんが作り上げた幸福です。本人は必死だけれども、大勢の普通の人のなかではよくある家族写真と言われます。

 そして、私にはそれがないのだと気づかされる一瞬でした。

 私は柏木さんの家族の写真には気づかないふりをして、お喋りを楽しみました。

 柏木さんは楽しそうに、過去の自分の楽しい写真を見せてくれました。

 心のなかに、少し空洞を感じました。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る