第4話 メール

「それじゃあ、お気をつけて。お疲れ様でした!」


「あ、お疲れ様でした」


 柏木さんは笑顔で去ります。車に乗り込み、私を見るか見ないかの視線で。

 直視するのはなんだか恥ずかしい、けれども顔を見ずに去るのは寂しい。きっと私と柏木さんは、同じ気持ちなのだと思いました。その歯痒さが、少し胸を絞めつけました。


 

 帰宅すると、スマホからぽこん、と音が鳴りました。この時間帯にメールが来るのは珍しいです。もしやと思い、すぐにメールを開きました。


―お疲れ様です。今日はメルアド交換ありがとうございました。小川さん、お仕事大変そうですよね。ストレスとか愚痴とかあるなら自分いつでも話を聞きますよ―


 柏木さんからでした。メールの送信時間も、私が家に着く頃を狙ったのかと思いました。柏木さんは比較的会社の近くに住んでいて、私は隣の市に住んでいるからです。

 メールの内容も含めて心遣いが嬉しかったです。ううん、すぐにメールをくれたのが、さらに、一番、嬉しいのです。


 柏木さんの仕事は、組み付け作業者に位置します。私は全体を見て総合フォローです。作業者から見たら監督しているだけ、と思われがちですが実際そうではありませんでした。

 作業者からの要望やクレームを聞いて人間関係のフォローをして、上司からは良い結果を出せと圧力をかけられます。良い結果を出す方法を考えるのと実施も、もちろん仕事のうちです。組み付けにくい部品の話を設計者に直接伝えるのは気を遣います。

 けれども疲れた顔は出来ません。私が嫌な空気を出すと、関わる周りに全て影響するからです。精神的な仕事だと思います。

 柏木さんはそれを、分かってくれていました。

 私はすぐに返信をしました。柏木さんから絵文字が届き、私も絵文字を送り、メールは完結します。短いターンも好印象でした。

 なんだか胸が、温かいです。



 次の日、出社するときに、なんだかわくわくしている自分がいました。柏木さんと笑顔で挨拶を交わします。お互い、なんでもない素振りをします。

 仕事中、柏木さんと目が合うと自然と笑みがこぼれます、私も柏木さんも。



碧葉あおば、なんか最近キラキラしてるね」

 

 ある日、仲の良い同僚から言われました。


「えっ、そう? 特になにもないけれど」

 

 驚いたけれども、原因はきっと柏木さんです。嬉しかったけれども気づかないふりをしました。

 あれから、柏木さんからは仕事終わりに毎日メールが来ています。昼休みに来ることもあります。けれども柏木さんとメールをしているのは誰にも言っていません。


    〇


島田しまださん、この組み付け方だとちょっと……」

 

 作業者の島田さんが組んだユニットに不具合がありました。

 分解してみると、指示書と違う付け方をしていました。すぐに直してもらわないといけません。私は喋り方に気をつけて、責めた感じにならないように努めました。


「今までこれでやってきたんですけど、なんで今さら文句言われるんですか」


 島田さんは怒った様子でした。確かに、今までのやり方で良いと思っていたのに、いきなり指摘されると混乱するでしょう。

 その際、ショックだとか面倒くさいだとかの気持ちが生じるはずです。それを認めたくなくて、怒りが出てしまう。怒りは二次感情だと聞いたことがあります。


「そうですよね、いきなり申し訳ないです。私も再度確認してきます」


 島田さんが組んだユニットに不具合があったんです、そう言ったら火に油を注ぐと思いました。

 けれども指示書通りに組んでもらわないと、後々大変です。私が上司に怒られるだけで済めばいいですが、そうはいきません。製品の保証が出来なくなります、それはつまり、生産自体出来ないという判断になります。

 

 ここにいる作業者は、ほとんどが私より年上の方です。自分より年下の若造に言われるのがさらに気に入らないのでしょう。私はチーフを頼り、チーフから島田さんに、必要なことを伝えてもらいました。

 島田さんも、チーフからの言葉はきちんと聞いていました。


「島田さん、それ違うから。こっちに書いてあるやり方でやってもらえる? 今までと変わってごめんね」


 チーフは気さくな人です。サバサバとした言い方で簡潔に物事を片づけます。私とは正反対です。

 私は色々な力がないのだと、思い知らされました。人をさとす力も、権力も。もっと言い方に配慮したら島田さんだって、私の言葉を聞いてくれたかもしれないのです。

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