第9話 気高き者


 その行為の激しさに僕は肩で息をしていた。ようやく男が離れたことに安堵したが、すぐ腕をひっぱられ体を引き寄せられる。


 うんざりしてはいけない…。この男の気を引かなくては…。


 それを見透かしたように男が言う。


 「そんなにまでして支援が欲しいのか」

 「……ええ。同胞たちには何の罪もない」

 「国はもうないんだぞ」

 「それでもだ。僕と同じようにここへ亡命してきても、何もないのでは不憫すぎる」

 「それでも命はあるさ」

 「それだけでは足りない」

 「それだけでじゅうぶんなもんだよ。お前らには」


 体中を虫が這いずり回るような男の視線。耐えられなくなって目をそらす。


 「まあ俺としては貴族様と遊べるなんて、夢みたいなもんだからな」


 下品なキス。音を立てながら舌を吸われる。


 「ほんと女の子だよな、お前は。えげつないものがあるくせに。いつからなんだよ」


 男は点検するように僕の体のあちこちをキスしていく。


 「子供の頃から母の服を着て……、んっ……」

 「へえ、この好きものめ」


 僕の体に罰を与えるように首筋に痕を付ける。


 「民に裏切られ、国を追われ、たどり着いた先で男と寝るなんて、はは、どうかしてやがる」


 どうかしている。わかっている。

 でも、それで大好きだった彼らが救えるなら。


 「僕に何してもいい。罵っても犯してもいい。だけど、僕の同胞たちには……」

 「わかってるよ。ボズワースの港に手の者を寄越す。手厚く歓迎してやるよ」

 「……ありがとう」


 その日ようやく僕は笑うことができた。


 翌日、断頭台や銃殺を逃れてきた貴族100名ほどが、ボズワース港にたどり着く。老人や幼い子供を含む彼らは、死の恐怖におびえ、着の身着のままで不安を抱えていた。しかし出迎えにきた男たちによって少し安心した。新しい居場所があることを知らされ、それに喜んだ。

 そして同胞の一人に何があったのか悟った。でも誰もそのことに触れなかった。あえてそうした。慈しむように。やがて彼らは、この同胞をこう言った。「気高き者」と。

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