第31話 家族の定義

 戦場近くの森の中で、アルノーは困惑気味に、周りへ問い掛けた。


「隊長に任されたのはいいんだけど、これからどうする?」


 ステファンが答えた。


「問題なのは、橋にバリケードが作られてて進めないのと、向こう岸まで50mはあるってことだな」


 イレーネも続いて意見を述べる。


「そんな遠距離まで魔法使えるの、隊長とルディとオリヴァくらいじゃない? 銃での狙撃なら、狙えるとは思うけど」


 ルディはいくらか迷っているようだった。


「……俺の魔法はそんなに距離出ないよ。イレーネの方が適任だと思う。俺達は大砲の使い方も知らないし、協力なんて無理だろ」


 近くでは相変わらず戦闘が続いている。


 イレーネは、弾薬嚢を探った。


「魔法弾は十個あるわ。炎属性が五個、雷属性が五個」


 魔法弾は、魔力を込めて作る銃弾で、一種の呪具である。当たった瞬間に魔法が発動するようになっている。


「出し惜しみするなよ。後でまた作ればいいんだし」


 アルノーが言う。


「でも効果範囲が狭いし、すぐに使いきっちゃうのは変わりないでしょ。相手側の司令官とか、狙いやすい目標があればいいんだけど」


 ここでの戦闘は数千人で行われている。標的に迷った。


「指示を出してる人間か、燃えやすそうな物、どちらかしかないな」


「わかったわ」


 普段はよく喧嘩しているが、イレーネはアルノーの意見をあっさりと受け入れた。



 話を終えて戦場に戻ると、状況はすでに変わっていた。

 フォルクバルド兵は圧倒的に数を減らし、敵兵達が急ごしらえの、木でできたバリケードを突破しようとしていた。


 アルノーは焦った。


「橋を取られるのはまずいんじゃないか。こっち側はウルメに近いんだぞ」


「首都に近い経路まで敵勢力が伸びる可能性があるってこと?」


 今まで戦争の大局について考えて来なかった彼らは、敵の行動が意図することを測りかねた。

 彼らが迷っている間にも、歩兵達が橋の中央に置かれたバリケードを無理矢理どかそうとしている。


 じれったそうにその様子を見ていたルディが動いた。


「隊長も橋は落としていいって言ってた。落とそう」


 走って行って、味方側の大砲の側にあった、砲弾の詰まった緑色の箱を持ち上げる。砲弾の底には火薬が仕込まれている。これだけの数があれば、相当な火力になるはずだ。

 アルノーはようやく、ルディが何をしようとしているか理解した。


「馬鹿、火を付ければ自分ごと爆発に巻き込まれるぞ。死んで英雄にでもなりたいのか!」


 ルディは何かに気付いたように、はっとした。


「そうだな」


 短く言うと、砲弾の箱を両手で抱えて、橋に向かって走り出す。


 アルノーは頭を掻いた。


「イレーネ! 敵の大砲を魔法弾で狙撃しろ! ルディから少しでも注意を逸らさせるんだ!」


 大砲周りには火薬が集中している。あれが爆発すれば、多少は相手側も混乱するはずだ。もう司令官を探す余裕はなかった。


「残りはバリケードにいる敵歩兵を狙え! ここまで近付いてくれたんだ、当たるだろ!」


 ルディの意思を無駄にしないために、出来る限りのことをするつもりだった。彼はもう覚悟を決めてしまったのだから。



 橋までの数十メートルを走るのが、こんなに長いと感じたことはなかった。仲間達が攻撃を始めたのを見て、ルディは苦笑した。

 隊長がアルノーを選んだのは正しかった。状況を見て的確な判断をする人だ。


(でもそれじゃ、俺は駄目なんだよ)


 故郷に帰りたいと隊長に言ったのは、本心ではなかったかもしれない。もう家族の顔すら思い出せないのに。帰っても、待っててくれる人など、きっといないのに。

 人にも場所にも属していない淋しさは、俺と同じ境遇の奴にしかわからない。いや、属する所はある。あの、七人ぽっちの部隊が、今は俺の属する場所、帰る場所だ。


 そこまで考えが至って、ルディは真っ直ぐ前を向いた。涙で視界が滲んでいた。しかし橋のすぐ近くまで来ていた。


 火種は自分の魔法さえあれば十分だ。短い呪文を唱えて砲弾に点火する。遠距離から火を付ける時間の余裕などない。その間も走り続ける。少しでも多くの敵兵を巻き添えにするために。


(俺の家族は、血が繋がってなくても、今はあいつらなのかもしれない)


 今までの自分はイライラするばかりで、散々迷惑を掛けて来たことを申し訳なく思う。それでもこの四ケ月程を一緒に過ごしてきた。離れなかった。甘えていたと言ってもいいかもしれない。


(ありがとう、一緒に戦えて、良かったよ)


 橋の袂が爆発した。それにつられるようにして、石で組まれた橋が崩れていく。バリケードの所にいた兵士達も、石と共に、川へ落ちていった。



 ナハトとオリヴァは、敵を避けながら市街を大きく一周していた。生きている味方は見つからなかった。全滅したと考えるべきだった。


「オリヴァ、モニカを連れて一旦退こう」


「え!?」


 驚いて振り向いたオリヴァは、ナハトの顔色が悪いのを見てとった。


「隊長、もしかして何処か怪我してます?」


「大丈夫、少し疲れただけ」


 二人はモニカを回収すると、船着き場へ向かった。


 夕暮れ時になって、橋での戦闘は終了していた。橋はフォルクバルド側で崩れて使えなくなっていた。残っていたシバート兵達は、キーファーの本軍に合流しに行ったらしい、と戦場の近くで待っていたアルノー達から聞いた。


「隊長、ルディが橋を爆破したんです」


 いつもは快活なアルノーの声が、恐ろしく暗かった。


「砲弾を持って、橋に突っ込んで行ったんです。俺達は、援護するしかできませんでした。自分達の命まで失うのが怖かったんです」


 他の二人も酷い顔をしていた。仲間を初めて、一人失ったのだ。


「わかった。みんなよく頑張った。ルディもね」


 アルノーが、わっと泣き出した。


「た、隊長の期待に、応えられませんでした。もっと他のやり方が」 


「戦場で兵が死ぬのは当たり前のことだよ。ルディはそうするのが一番良いと思ったんだろう」


 ナハトはあまり多くを語らずに、全員を連隊長の元に連れて行った。



 連隊長は、ルディ達の働きを高く評価したようだった。


「我々には、命令もなしに橋を壊す勇気はなかった。しかし、あれが最善の策だったのだろう」


 最初に会った時とは違って、連隊長は穏やかな口調で言った。


「君達は、その若さであっても、何かを成し遂げるのだろう。シバート兵の動きは作戦本部に連絡した。じきに援軍が来るだろう。取り敢えず今日は休みなさい」


 仲間を失った部隊には、多少は哀れみの情も湧くらしい。友軍の残っている中で、良い場所を譲ってもらった。

 ナハト達は今まで、馬車とテントを使って寝て来た。馬車に荷物と女性二人、テントに男が全員だ。銃だけはいつでも手元に置いていた。そして今日は、一人分の面積が空く。


「隊長、ルディを探しに行けませんか」


 アルノーが言い出した台詞に、ナハトは顔を顰めた。


「遺体を探したいの? やめておきなよ。綺麗な形では残ってないよ」


「でも、じっとしてられなくて」


 尚も言い募るアルノーをナハトは制した。


「これからだって、死人は出るかもしれない。割り切って」


 アルノーはようやく諦めたらしく、渋々とテントを張る準備を始めた。

 他の者達が作業する中、ナハトは独り歩いて行って、夜の森の中に佇んだ。


「これだから人間は面倒だ……」


 初めて親しい人の死に触れると、それを受け入れるのに時間が掛かる。

 アルノーは、橋を爆破する以外にも方法があったのではないかと思い詰めているようだが、精神的にギリギリの所で生きていたルディには多分、それ以外の選択肢はなかっただろう。


「故郷に帰してあげられなかったのは残念だけど、君は君なりに帰る場所と家族を見つけたみたいだね」


 そこへはもう帰って来れないのだけど。


「でも、誰だって、死んだ後に行き付く場所は決まってるから、淋しくなんてないよ」


 離れ離れになった本当の家族とも、そこでなら再会できるかもしれない。


「君の分まで僕らが戦うから、どうか安らかに」


 今はまだ、いつ終わるかわからない戦争も、きっと終わらせてみせる。ナハトは思いを新たにして、仲間達の元に戻った。

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