第20話 不透明な未来
明け方のアイヒェ城は静まり返っていた。人の動く気配すらない。武器を手に勇んでやってきたクローネの男達は拍子抜けした。時折、死体が転がっているだけで、向かって来る敵はいない。
「エドアルトさん、これはどういう……」
問い掛けてきた男に、エドアルトは冷笑交じりに答えた。
「どうもこうもない。俺達は“戦力”としてすら、認識されてなかったってことだ」
*
そのころナハトとタークは、ランドルフと対峙していた。
「次は僕が行くよ」
ナハトが前に出た。恐らく、見えない糸の罠もある。だったら、遠距離攻撃で仕留める方が、確実で安全だ。
「〈幾千の風を束ねよ、我が敵を切り刻め〉」
何十もの風の刃が、四方八方からランドルフに向かっていく。しかしそれらは全て、ランドルフのすぐ近くをすり抜けていった。
「えっ!」
躱されたのではなく、当たらなかった。愕然とするナハトを、ランドルフが嘲笑った。
「使い魔を作る時に、主を攻撃できないように設定するのは当然だろう? ああ、お前は使い魔の魔法が下手なんだったな」
ランドルフが走って距離を詰めて来る。タークはまだ、十分には動けない。ナハトもランドルフからやや斜め方向に向けて走った。タークが、前方の糸はほとんど切っているはずだし、じっとしていたら良い
(至近距離で撃ってみようか)
ランドルフは当たらないと思っているようだが、確証が持てない。しかし、使う魔法を選んでいたナハトは、ランドルフよりも判断が遅れた。
自分の首を、何かが横切る気配がした。鋭い痛みと共に、ナハトは床に座り込んだ。喉をナイフで斬られていた。ひゅうひゅうと息が漏れる。
「呪士の弱点は、詠唱が出来なくなると、途端に役立たずになることだな」
ランドルフは事もなげに言った。ただの中年男性がナハトよりも早く動けるなどありえない。彼がそれなりの研鑽を積んでいるのは明らかだった。
「本来なら
ランドルフはタークへと向き直った。
タークはもう起き上がっていた。剣を横に構え、刃に沿って手を滑らせていく。触れた場所から、灼熱の炎が燃え上がる。まるで、彼の怒りを体現しているかのように。
「俺が現時点で使える、最大火力だ。普段は周りに延焼するから使わないんだけどな。お前は人間の割に良くやったよ。でもこれで終わりだ」
劫火を纏った剣が、振られた。
ランドルフの視界全てを炎が埋め尽くしたが、襲い掛かるべき炎は、ランドルフの横をすり抜けた。しかし彼に息を吐く暇はなかった。炎は方向を変え、再度ランドルフを襲った。今度は避けてはくれなかった。炎に包まれながら、ランドルフは信じられないというように後ろを振り返った。
背後に、長方形の反射結界が五枚、半円状に並んでいた。その奥に、喉笛を斬られたはずのナハトが、静かに立っていた。彼が指示を出したのだろう。タークに気を取られ過ぎて、見逃していた。
「ナハトはタークより再生が遅いはずなのに、何故」
言葉も終わらない内に、ランドルフの意識は途切れた。
「平気か」
「うん」
タークはナハトの所までやって来ていた。ナハトの首の傷はほとんど塞がっていた。ナハトの服に付けられていた青い玉飾りが、役目を終えたように光を失っていく。玉の下には、長方形の銀の板がぶら下がっている。そこにはルーネが刻まれていた。
「君が治癒魔法使えるなんて、知ってる人いないよね」
「使う必要がないからな」
青い玉飾りは、作戦の前にタークが作った即席の回復用呪具だった。この世界では、治癒魔法を使える人間は非常に少なく、ほぼ幻の存在だ。
「思い付く限りの策は講じておいて良かったね」
結果的に、ランドルフを油断させる点では非常に役に立った。ナハトがまだ魔法を使って来るとは、さすがに考えなかっただろう。
「そういえば、なんで最後の俺の攻撃は当たったんだ?」
タークが神妙な顔で尋ねて来るので、ナハトは呆れてしまった。
「僕らは、魔法を使う時の空間認識をずらされてたんだよ。だから当たらなかった。逆に、大型の攻撃を一点に集中するように反射すれば、普通に当たってくれるわけ」
攻撃が当たる寸前で何らかの防御が発動したのか、ランドルフの遺体は黒焦げにならず、比較的原形を留めていた。
ナハトは伸びをした。もう普通に動ける。懐中時計で時間を確かめた。
「これからエドアルトさんと合流して、国王を探して、それから……」
「ナハト」
タークが、ナハトの言葉を遮った。
「身体は大丈夫か?」
大丈夫も何も、君の魔法で直ったんじゃないか――と言いかけて、ナハトは気付いた。タークが気にしているのは、使い魔が主を二人とも失った影響がないかということだろう。
「普通のファミリアなら、主からの魔力供給が途切れた時点で消滅するはずだけど、僕らは違うみたいだね」
そう言うと、タークはようやく、ほっとした表情を見せた。
「この件が片付いたら、何かやりたいことはあるか?」
タークの言葉に、ナハトは眉をひそめた。
「やりたいこと? この世界で、僕らの存在意義なんて、一つしかないじゃん。まあしばらくは、この国の動向を見守りたいけど」
「それもそうだな」
タークは別の答えを期待していたようだが、すぐに首を振った。
「一応仕事はしないとな。“約束”が果たされる日まで」
それがいつになるのか見当もつかないが、ナハトもタークも時間を気にするような存在ではない。
「でも、好きにやれることもあるよな」
「君はまたそう――」
後になって思うのは、この時の僕らは、まだ何も気付いてなかったんだ、と。
この先に待っている未来も知らずに、ただ可能性だけを信じていた。
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