第14話 かくして二人は再会する

『僕は具士ではないから、魔法を教えることはできないけど』と、ナハトは前置きした。

 ある日の昼下がり、雑談でもするようにマリーに教えてくれた話だった。


『具士と戦う時の対策を二つ教えてあげる。自分自身を知る意味でもね』


 それが今、試されていた。初めてまともに戦う魔法使いが、自分と同じ具士だとはあまり考えていなかったが、マリーがその教えを実践するべき時だった。

 タークが剣で攻撃を仕掛けようとすると、新たに出現させた光の弾で集中力を乱す。


『一つは相手を近付けないこと。普通の具士が使うヴンダーは、武器の形を取っていることが多い。そのままでも使えるからね。そして具士の魔法は、自分の想像を形にするから、魔法の有効範囲は約15mくらいまでの直線攻撃が多い。武器という形状に、想像力が引っ張られるんだろうね』


 事実、マリーのヴンダーは宝珠だからか、広範囲の攻撃が苦にならない。攻撃のバリエーションは少ないが、とにかく弾を撃ちまくる。

 相手の少年は、その動きに慣れて来たのか、一人を集中的に狙っているのに、かなりの弾を避けていた。足に銃弾をまともに受けたのに、それをものともしない動きだ。避けきれなかった弾は、小さくて黄色い獣が結界で防いでいる。それはナハトが持っているハティに似ていた。屋上からの援護射撃も防ぎきっている。

 このままではらちが明かないと判断して、マリーは作戦を変えることにした。


『もう一つは、なんというか、精神論なんだけど』


 宝珠に残りの魔力の大半を注ぎ込み、巨大な光線を放つ。これは防ぎきれなかったらしく、相手はまともに攻撃を食らった。攻撃の衝撃で土煙が上がる。


『相手に“負ける”と思わせること』


 ナハトの声が遠くで響くようだった。


『さっきも言ったように、具士は自分の想像を形にするから、逆に負けると思うと威力が落ちる。精神状態に左右されやすいんだ』


 マリーは、自分の魔力が底を尽き始めたのを感じていた。これで相手の戦意を喪失できなかったら、手詰まりになりそうだ。

 土煙が収まると、相手は片膝を付いてしゃがんでいた。寸前で黄色い獣が広範な防御結界を張ったらしい。かなりのダメージを受けていたが、まだ闘志は残っているようだった。



 タークもまた、攻撃の変更が必要だった。このままでは少女に近付けないし、消耗戦で相手が先に魔力切れを起こしても、姿が見えない屋上の狙撃手まで届く攻撃を放てる程の魔力が残っているか微妙だ。しかし、逃がすつもりはない。


「スコル、手を貸してくれ」


〈ああ。それとターク〉


「なんだよ、戦闘中に」


〈お前は無茶ばかりするが、共に過ごした日々はなかなか楽しかったぞ〉


「別れの挨拶みたいな話すんな。俺が死ぬみたいじゃねえか」


〈それならお前はもう、三回は死んでいるだろうな。お前は自分が信じる道を行けばいい。それがこの世界の意思なのだから〉


 スコルの瞳は、遠い空を見上げていた。


〈ただ、ナハトは大事にしてやれ〉


 タークの脳裏に、別れた時の寂しげな彼の姿が浮かんだ。


〈お前たちはこの世界で、たったふたりしかいないのだから〉



 マリーは警戒を解けなかった。何か話しているのが聞こえたが、具士は詠唱がない分、すぐさま攻撃が来る。相手の力量を上手く測れないから、防御するか攻撃するか迷う。明らかに自分の経験不足だった。その瞬間、相手の魔力量が跳ね上がったのを感じた。相手が再び剣を構える。 


「何か来る! マリー、防御しろ!」


 屋上で狙撃手を務めていたエドアルトが叫ぶのが聞こえた。慌てて防御結界を構築する。

 風と雷が混じった横薙ぎの一撃が来た。まるで嵐を凝縮したようだった。

 斬撃は、未熟な防御結界を軽々と突破して、マリーを直撃した。



 少女は気絶して地面に転がっていた。純粋な実力差が、勝敗を分けたのだ。

 タークは、首飾りに手をやった。今の相乗攻撃でスコルは魔力を使い果たしたらしい。コアの魔石が粉々に砕けていた。


「そういうことだったのか……」


 今なら、スコルの言葉の意味も真意も理解できた。自分が何を探していたのかも。


 次に狙うのは狙撃手だ。タークは少女にとどめを刺す振りをして歩き出した。殺すには少し惜しい。けれど自分が動けば、狙撃手は前に出るしかない。事実、屋上から突き出た二つの銃口眼掛けて、タークは長距離の斬撃を放った。単純な分、魔力量に比例する攻撃だ。

 狙い通り、屋上付近の壁が二箇所吹っ飛んだ。



 ナハトは、遠くで幾つもの戦いが行われているのを肌で感じていた。アイゼンを倒した場所から一番近かった寝室で、横たわったままの自分が無様ぶざまだった。しかしまだ身体が上手く動かせない。ハティが今まで被ってくれていた闇属性魔法の代償は、この器では耐えきれないらしい。

 近くにはテオが付いていた。


「大丈夫ですか? なんだか右眼黒いですけど」


 言われて、初めて気付いた。右眼と左眼を交互に覆ってみる。右眼の視界が失われていた。


「魔法の後遺症だと思うので、そのうち治るかもしれません」


 回復するとは思うが、少し自信がない。しかし身体は万全でなくても、意識は明瞭だった。


「ターク……近くにいるの?」


 懐かしい気配をずっと感じていた。何処にいるかも、その戦いが終わったのも、彼に何が起きたのかもわかった。


「……行かなきゃ」


 確かめなくてはいけない。自分と彼に起こった全てのことを。 


 ナハトは、よろめく身体で立ち上がった。


「まだ動かない方が良いですよ」 


 テオは、この城が陥落しつつある割には、平静だった。いつこの部屋に兵士が突入してくるかもわからないのに。   


「でも、行きます」


 ナハトは重い身体を引き摺って、部屋の外へと向かった。 



 ぎい、と分厚い扉を開ける。屋上から落ちた壁の破片が、そこらじゅうに転がっていた。血と火薬の匂いがする。

 眼の前に、思った通り眼的の人物がいた。


「ターク……」


「なんだ、思ったより元気そうじゃねえか」


 彼もまた、ナハトが何をやったのかわかっているようだった。


 周りを見渡すと、マリーが気絶したまま横たわっていた。


「テオさん、マリーの手当てをしてもらえませんか」


「でも……」


 後から付いて来たテオは、ナハトとタークを見比べて迷っていた。


「フォルカーさんに言われたからって、ずっと護衛しなくていいですよ。大丈夫、このひとは僕に危害を加えません」


「ついでに屋上の狙撃手二人も、生きてたら回収しとけよ」


 初対面の相手を顎で使おうとする所がタークらしい。ナハトはくすりと笑った。そして、こんな死体に溢れた場所で笑えてしまう自分は、もう人間ではないと思った。


 テオは後ろ髪を引かれるように、マリーを抱き抱えて建物の中に戻った。後に残されたのはナハトとタークだけだった。


「あの女を倒したの、怒ってるか? 仕掛けて来たのはあっちなんだが」


「理由による。それに、被害はこれだけじゃないよね」


 いつか襲撃はあるだろうと思っていたが、かなりの数の兵と魔法使いを投入して来たらしい。


「何があったか話してくれる?」


「ああ。俺も確かめたいことが幾つもある」


 ナハトはちらりと、タークの首下に眼をやった。魔石の核が砕けただけで、首飾りは残っていた。


「それ、外そうか」


「……」


「スコルはもう戻って来ないよ。剣で切るのも嫌でしょう?」


 タークはおとなしく、首を差し出した。ナハトは首の後ろの、首飾りの留め金だったであろう場所に指を掛けた。“今の”自分ならこれを外すのは造作もない。指先に魔力を込めると、十年以上外れなかった首飾りはあっさりと壊れた。


 ナハトは首飾りの裏に、ルーネで刻まれた言葉をまじまじと見た。ハティの物は少し損傷していたが、スコルの方は綺麗に残っている。


「魔力制御に記憶の封印。通常の魔法以外によくまあこれだけ詰め込んだもんだね」


「ったく、虚仮こけにしやがって」


「そうだね。事情は本人から“生きている内に”訊こうか」

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