第13話 闘う相手

「これがエッシェ城の見取り図だ」


 山の中に急遽きゅうきょ設置された作戦本部の天幕てんまくの中で、ユリアは紙を広げた。元は王宮だっただけあって、詳細な図面が残っていた。


「私が正面、タークが西、リーゼが南から迂回して突入する。それぞれ兵を五百ずつ付ける。ここから一番近い東に、残りの兵全てとエルマーを向かわせる。最大戦力で突破しろ」


 ユリアの指示を神妙に聞いているのはリーゼとエルマーだ。タークは面倒そうな顔でそっぽを向いていたが、一応聞いてはいるようだった。

 そして、戦いの火蓋は切って落とされた。



 兵が最も多いエルマーの陣営がまず相手に見つかった。城壁から矢が雨あられと降って来る。馬に乗ったエルマーは、その攻撃にも大して怯まない。銃や大砲がほとんど出て来ない辺り、城内の武器は貧弱とみるべきだった。実戦慣れしていない新兵はややおどおどしているが、それを気にしている暇はない。


「魔力がすっからかんになりそうだな」


 馬をギャロップで駆けさせ、ほぼ先頭の位置で呪文を唱え始める。アイゼンに使った分を合わせると、結構な消費だ。


「〈其は大いなる光、我が前の障害を貫く槍である!〉」


 光の槍がエルマーの前に出現し、閉ざされた城門に向かって真っ直ぐに飛ぶ。破城槌はじょうついや大砲などという重い武器は持って来ていない。最初から、魔法だけで突破する予定だった。

 ドオンという鈍い音が響いた。


 城内ではパニックが始まっていた。


「なんだ!?」

「城門が破られた」

「嘘だろ、鉄板が仕込んであるんだぞ」


 槍によって抉じ開けられた城門に、兵士が殺到していた。止まれば頭上から狙われるから、ひたすらに走る。胸に抱いたマスケット銃だけを頼りに突っ込んでいく。城の敷地内に入った兵は、襲って来る人間を撃ち、次に城壁に上がる階段を探し始めた。相手が軍服を着ていなかろうと、手は抜かない。訓練を受けた兵は、自分の役割を正しく認識し、自ら判断して動く。エルマーの陣営は、最も抵抗が激しかった東側を圧倒し始めていた。



「うわあ・・・・・・」


 リーゼの足元には、剣を持ったまま事切れた男の死体が転がっていた。

 エルマーの陣営が一番敵を引き付けたため、守備が手薄になった南側は、五百人の兵士により、ほぼ制圧されていた。リーゼの出番は城門を壊す時以外なかった。


「この程度の数、我々だけで対処できます。城内の人間は百人にも満たないでしょう。リーゼ殿は大船に乗ったつもりでいればよろしいのです」


 一番階級が上らしい男性がリーゼに言った。将官クラスの軍服に身を包み、立派な口髭を生やした、いかにも武骨な男だ。その言葉には、年下の女であるリーゼを見下すような雰囲気があった。


 リーゼが歩いて行くと、周りの兵達も同感なのか、にやにやとした笑いがいくつか見られた。


「おい、あいつがジークムントの新入りだぜ」

「戦場に出して大丈夫なのか?」


 しゃくに障る発言を、リーゼは黙って聞き流した。


(わかってるわよ、場違いに見えることくらい。でも私の目的は、ナハトさんに何かあったら、どうにかして助けることなんだから)


 数人の兵士を伴って、リーゼは城内に入った。見知らぬ他人の家に勝手に上がり込むような、嫌な感覚だ。

 すると、先行していた兵士達の叫び声が聞こえた。リーゼは突撃前に見た見取り図を頭に浮かべる。この辺りの建物は建てられた年代的に、廊下がなく、部屋同士が繋がっている。敵がいるなら、避けることは出来ない。リーゼは意を決して、叫び声が聞こえた部屋に飛び込んだ。


 部屋の中には、床に転がった兵士と、それを見下ろす一人の女性がいた。


「ここから先は行き止まりだ。お引き取り願おうか」


 切れ長の緑の瞳で、金髪を男性のように肩の上で切り揃えている。魔法が使えるらしいことは、リーゼにもわかった。しかし魔力量はリーゼよりも下。倒れた兵士達に目立った傷がないから、殺傷力は低いだろう。そこまで分析して、リーゼは体を斜めにして構えを取った。攻撃を避けるには、走るのが一番手軽だ。次に考えるのは、先手を取るか、相手の攻撃を見極めてから反撃するか。


「敵の言葉に、はいそうですかって、言うと思う?」


 挑発するような言葉を投げかければ、短い呪文と共に、空気の塊がいくつも飛んで来た。ナハトですら修行で使って来る程度の魔法だ。僅かな空間の揺らぎを見切って、慌てずにそれを避ける。


(風属性か)


 リーゼの基本属性は光だから、呪文の細かい内容までは聞き取れないが、相手が大雑把な方向調節しかできないなら、対処の仕方はいくらでもある。


「〈炎よ、十の矢となって、敵を撃て〉! お返し!」


 炎の矢が十本出現し、女性に向かって飛んで行く。女性はそれを、風の防御結界で防いだ。


(成程、大気を固定すれば燃焼力が落ちるってわけね)


 理論で学んだことが、実戦に生きるのを感じる。炎属性は自分が得意な魔法ではないから、あれは打ち破れないだろう。なら、やり方を変えるまでだ。


「〈水よ集え、我が敵を貫け、我は乞う、雷よ、其は大いなる力なり〉」 


 リーゼの目の前で、大気中から水が凝集していく。それを相手に向かって撃ち出した。


「〈風よ、我を守りたまえ、其は大いなる力なり〉」


 女性も同様に風を柱のように撃ち出す。塊とは違う、長時間型の魔法だ。


根競こんくらべしましょ!」


 水の柱が風の柱を押し潰していくのを見て、リーゼは笑った。そうする内に、水の柱が打ち勝ち、女性を壁まで吹き飛ばす。


「この程度の攻撃で・・・・・・!」


「〈放て!〉」


 リーゼの呪文と共に、女性の周りに小規模な雷が発生する。


「がっ!」


 女性は息を吐き出すようにして、床に倒れた。ふふん、とリーゼは満足げに笑った。


「風属性の魔法しか使わないから、いけると思ったよ。詠唱の間に別の呪文を混ぜておくと、二発目がすぐに出せるから、相手は対処しにくくなるって習ったもの。呪文が聞き取れなければの話だけどね」


 ナハトの魔法講義は、いかに効率良く戦うか、相手を欺くかという観点から考えられている。

 奇しくも同じ人物を師匠に持った二人が戦い、修業期間とその実力通りの結果となった。



 その頃、城の中央の、最も高い場所にある見張り塔では、別の戦場が生まれていた。


「嘘だろ・・・・・・強過ぎる・・・・・・」


 ゲオルクは眼前の光景が信じられなかった。一番攻め落としにくいはずのこの場所に、たった一人の女性が、味方すらも振り払う勢いで、全てを薙ぎ払ってやって来たのだ。その後ろにはぽつりぽつりと味方の死体が転がっている。軍服を着た彼女は、長い金髪を優雅に垂らしているが、そこから覗く青緑色の眼が殺意に溢れている。


「お前が“戦姫いくさひめ”・・・・・・!」


 故郷を滅ぼした軍の総大将が、目の前にいた。


「〈炎よ、我が敵を焼き滅ぼせ〉!」


 魔力を全開にして、攻撃を仕掛ける。しかし彼女が鉾槍ハルベルトを軽く振ると、炎が煽られて、逆にゲオルクの方へと向かって来る。身体全体に感じる熱風に、ゲオルクが死を覚悟した時、空中から水が降って来た。炎が瞬く間に消える。


「あんたが、ユリアとやらか」


 女性の背後から声がした。


「お前に恨みがある奴、ここには結構多いぜ」


 フォルカーが急いで駆け付けたのか、息を切らせながら立っていた。



 剣を振る度に、血飛沫が上がる。名も知らぬ男が、地面に倒れ伏す。魔法を使うまでもなかった。ほとんどの戦力を東側に持って行ってしまったのか、剣や弓くらいしか出て来ない。つまらない戦いだ。タークは溜め息を吐いた。その様子を、周りの兵士が恐れながら眺めていた。


「おっかねーな・・・・・・」

「俺らは取りこぼしを拾えばいいんだから、楽でいいだろ」


 タークの陣営も、西側の敷地を制圧しかけていた。タークは城内へと入る扉へと向かった。元はナハトに会うために来たのだ。思ったより時間が掛かってしまったが、自分が城を離れていた期間を考えると、これくらいの仕事はするべきだろう。ひとつ気になるのが、アイゼンが倒された時の違和感だった。ナハトがここにいるのは間違いない。けれど、自分が知っている彼とは違う気がした。

 そう考えつつ歩を進めると、中央が奥まった建物の入り口が見えて来た。そこでタークは足を止めた。扉を守るように、一人の少女が立ちはだかっていた。その周囲には黄緑色の光の弾が幾つも浮かんでいる。それは確かに、玉というより弾だった。瞬く間に高速で飛行を始め、周囲の兵士達を撃ち抜いた。掠っただけでも、当たった者は即死した。それに気付いた兵士達が慌てて逃げ出す。


「ちっ、腰抜けどもが」


 タークは毒づいた。だが、相当な威力だ。思わず笑いが零れた。


「まあいい。こんな所で具士とやり合えるなんてな」


「……引いては下さらないんですね」


 一瞬にして幾人もの兵士の命を奪った少女は、残念そうに言った。威嚇にしては物騒だな、とタークは思った。宝珠を手にした少女は、軽く息を吐き出して、力を籠めた。

 次の攻撃を予測したタークの行動は迅速だった。一気に距離を詰め、剣を振る。少女は、残っていた光の弾を集めて剣を叩き、動きを止めた。


(こいつ、具士のくせに中距離でも魔法が減衰しない。使ってるヴンダーが特殊なのか、魔力量が多いからか、いずれにせよ厄介だな)


 タークが次の手を考えていると、不意に左の脹脛ふくらはぎに痛みが走った。咄嗟に、攻撃された方向に剣撃を飛ばす。刀身の長さよりも長く伸びた一閃は、屋上に当たって、壁の一部を破壊した。


「屋上からの狙撃か・・・・・・!」


 まだ銃が残っていたらしい。頭上の狙撃手と、地上の具士の二段構えだ。


〈すまない、魔法だったらもっと早く対応できたんだが〉


 スコルが姿を現した。銃による攻撃を防げなかったのを悔やんでいるらしい。


「気にするな。かすり傷だ」


 タークは剣を正眼に構えて考えた。狙撃と具士の両方をいかにして防ぐかが問題だった。


「悠長にしている暇がおありで?」


 少女の声と共に、地面からつるが伸び出し、タークの身体を絡め取ろうとする。 

 タークは慌てて、一番太い蔓を蹴って空中に舞い上がると、くるりと後ろに回転した。そのまま着地すると同時に、襲い掛かって来る蔓を剣の炎で焼き尽くす。


(戦闘で植物を使う奴はあまりいない。攻撃速度が遅いからだ。でもこいつは違う。恐らく植物が基本属性で、実戦で使える自信がある)


 自分より幼い少女は、久々に出会う強敵だった。

 

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