第5話 王冠の名を冠するもの


 休暇を終えたナハトは独り、旅人の格好で森の中を歩いていた。


「う~ん、ホールンダーの森まで来たのはいいけど、森の何処かも書いておいて欲しかったな」


 恐らく決まった場所があるから、わざわざ書いていなかったのだろうが、探すのは面倒だ。


 辺りを見回しながら進んでいくと、オークの木の幹に、一人の女性が背を預けていた。素朴は服装に、茶色の髪を後ろで一くくりにした、いかにも町娘といった格好だ。


「少年、ここから先は立入禁止だ。別の道を行くんだな」


 どうにも胡散臭うさんくさい。彼女も関係者だろうか、とナハトは推測した。しらばっくれるか、えてぶつかってみるか。少し悩んだ末にナハトは後者を選んだ。


 ふところから封筒を取り出して、言う。


「目的地があるわけではなくて……この手紙の待ち合わせ場所を探してるんですが、ご存知ですか?」


 女性が目を丸くした。



「お頭! お連れしました」


 女性に強引に手を引かれて連れて来られたナハトは、その場所に六人の男女がいるのを見た。

 その中で、大樹の切り株に腰を下ろした、頭領らしき若い男が口を開いた。長めの金髪に水色の瞳で、どこかの民族衣装らしきゆったりした服を着ている。


「アデーレ、お前さ……あの髭面のおっさんが、こんな美少年に若返るわけないだろ。仲間の顔ぐらい覚えておけ」


「も、申し訳ありません!」


 アデーレと呼ばれた女性は、若干そそっかしい性格をしているらしい。おかげでナハトは、目的の人物に出会えたわけだが。

 ナハトはとりなすように会話に割り込んだ。


「すいません、その方は亡くなったので、代わりに僕が」


「そっか、お前が殺したの?」


 二人の間に、すぅっと緊張が走った。初対面の人にぶつけるような質問ではない。


しらを切るのは無理そうですね」


 ナハトはあっさりと認めた。この人はナハトから目を逸らさない。自分の洞察力に、余程自信があるらしい。なら、誤魔化ごまかそうとするだけ時間の無駄だ。


「えええ!」


 アデーレは心底驚いたように、ナハトを見つめた。


 そんなに自分は人畜無害に見えるだろうか。ナハトは少し呆れたが、向こうの男も、アデーレの狼狽うろたえ振りに溜め息を吐いた。


「人を殺した奴は見てわかんだよ。……で、こんな森の奥までおいでくださったんだ。ご用件は?」


 ナハトは正直に答えた。


「単刀直入に言いますと、あなた方には、窃盗罪・横流し、王室への不敬罪などの嫌疑が掛かっています。僕はその調査に来ました」


 頭領らしき男も、さすがにたじろいだように見えた。


「さすがに尻尾を掴まれたか。にしても、わざわざ教えてくれるんだな」


「自分の罪を認めた上で、裁きを受けていただきたいんです」 


 それは、ナハトの信条のようなものだった。


「ご立派な心掛けだが、この人数相手に見くびりすぎじゃねぇか?」


 アデーレを含む、五人の男女がそれぞれ武器を取って、ナハトを取り囲んだ。どうやらこれ以上の話し合いは無理そうだ。ナハトは呪文を唱え始める。


「<は天の光、つどいて集い、地を満たせ>」


 ナハトの周囲に、無数の光の玉が生まれる。


「残念です。ほとんどの人が、本当の魔法使いを知らないのは」


 水色に淡く光るそれらは、音もなく炸裂した。


「……マジで?」


 頭領らしき男と、もう一人残っていた眼鏡の男性は、驚きを隠せていなかった。ナハトの魔法を食らった全員が、地面に倒れていた。

 少しすると、一人だけ起き上がって、ナハトに掴みかかろうとした。ナハトは逆にその腕を取って、関節技を決める。そのまま少し力を入れる方向を変えると、肩関節が外れる鈍い音がした。悲鳴を上げる男を地面に投げ出す。近接格闘も少しやっておいて良かったなあ、とナハトは思った。


 その間に、残った頭領らしき男は、ショックから回復したらしい。


「……うん、決めた」


 男は切り株から立ち上がって歩くと、ナハトの肩に両手を置いた。

 ナハトな内心動揺した。少しトロいのは自覚があるが、相手に敵意が全くなく、その上自分に触れさせてしまったからだ。


「お前、俺の仲間になれよ。絶対損はさせねーから!」


 近くにいた眼鏡の男性が、不明瞭な叫びを上げた。



 山の中腹辺りを、ほろ馬車がゴトゴトと動いていた。目的地に着くと、門をくぐって停まる。


「ほら、着いたぞ」


 ナハトは頭領らしき男に促されて、馬車から降りた。正面を見上げると、薄茶色の壁をしたゴシック様式の大きな建物がある。ナハトはそれを、資料で見たことがあった。


「これは……エッシェ城?」


 旧都エッシェの王宮だった城だ。フォルクバルド王国が建国されたばかりの頃に建設され、他の部族に幾度か攻められた時にも、一度も陥落しなかったという。


遷都せんとの後放置されてたから、俺達がありがたく住んでるんだ」


「元・王宮が犯罪者の巣窟そうくつなんて……」


 頭の痛い話だ。ナハトのぼやきに、頭領らしき男は唇を尖らせた。


ほとんどの奴は犯罪者じゃねーよ。普通にここで暮らしてる。名前がないと不便だから、取り敢えず“クローネ”村って自称してるけどな」


「ああ、だから」


 “クローネ”とは、王冠を意味する言葉だ。元・王宮に住んでいるなら、それも自然に思える。不敬罪には変わりないのだけれど。


 周りの、地面がむき出しになった所では、農民の格好をした男が畑を耕していた。基本は自給自足の生活を送っているらしい。

 ナハトが予想していたよりは、随分と穏やかに見える場所だった。


 フォルカーと名乗った男は、やはりここの頭領らしかった。他の人員は各々別の場所に散っていき、ナハトはいくつかの施設を案内され、一つの小さな部屋に到着した。中は一応家具が揃っているが、至る所が埃まみれだった。


「お前の部屋はここな」


 そして、水の入ったブリキのバケツと雑巾を渡される。


「悪いけど、使ってない部屋までは掃除してないんだ。でも基本、自分の部屋は自分で掃除することになってる。布団とか他に入り用いりような物はこれから持って来るから」


 嫌がらせというわけではなく、そういう決まりらしい。


「食事の準備ができたら鐘が鳴るから、さっき見せた食堂に食べに行けよ」



「これは一体どういうことなんだ、フォルカー!!」


「何をそんなに怒ってるんだよ」


 眼鏡の男性が、フォルカーに食って掛かっていた。フォルカーはどこ吹く風で、古臭い椅子に座って机の上の書類をチェックしていく。盗んだ宝飾品は、石をばらして元の所有者が分からないようにして、口が堅い業者に流す。金属部分は大体が溶かされて再利用される。この世で人が生きていくには、金が必要なのだ。


「よりによって、ジークムントの魔法使いを入れるなんて! 調べてくれと言ってるようなものだ」


「しょうがねーだろ、あの状況じゃ俺やお前までやられかねなかったし」


 最後の書類に目を通して、フォルカーは顔を上げた。


「それに、あいつには甘さがある。まだ誰も殺してないしな」


 ナハトの魔法は、相手を気絶させただけだった。やろうと思えば、皆殺しにもできたはずだが、そうはしなかった。


「じゃあ、しばらく泳がせて油断した所を」


「頭固いんだよお前は」


 フォルカーは、まだ彼の考えを飲み込めていない副官の言葉を遮った。


「実力は折り紙付き。本当に仲間になったら最強じゃねえか?」



 食堂では、夕食が始まっていた。自分でトレーを取って、料理を貰うスタイルだった。


「はいよ、あんたはこれね」


 配膳役の中年女性が、木でできた器にスープを盛った。ナハトはトレーを持って空席を探した。不安げにこちらを覗いている者も、既に酒が入って楽しそうに談笑している者もいた。そういった人達のトレーには、スープとパン以外にも、肉を焼いた物や漬物が載っている。フォルカーが命令を出しているのか、ナハトに近付こうとするやからはいない。


 ナハトは席に着くと、食事を始めた。


(なんだろう、この食事量の差……冷遇されてるのかな。いや、任務中は食べられないこともザラだから、足りなくはないけど)


 悶々もんもんと悩んでいると、後ろから声を掛けられた。


「隣の席、よろしいですか?」


 さすがにけられているのか、ナハトの周囲は空いていたので、「どうぞ」と言った。


 座ったのは、十歳をわずかに超えたくらいの、黒髪の少女だった。黄緑色のワンピースとたたずまいからは、かなりの上流階級に見える。胸には緑色の石がはまったブローチをしていた。何故こんな場所にいるのかわからないほどだ。しかし彼女のトレーにも、ナハトと同じ食事が載っていたので、ナハトは思い切って訊ねることにした。


「あの、食事の量ってどうやって決まってるんですか」

 少女は微笑んだ。「冷める前に食べましょう」と言われ、ナハトがスプーンを手に取ると、彼女は話し始めた。


「やっぱりあなたが、今日入った人なんですね。私のことはマリーと呼んでください」


「ナハトです。よろしく」


 マリーは頷いて、先程の質問に答えてくれた。


「食事は朝夕、最低でもスープと黒パン一個です。自分で野菜や家畜を育てたり、料理の人に手間賃を払うと、別に料理を作ってくれたります。お酒は自分で仕込んでいる人もいますけど、物々交換したり、買ったりと色々です」


「なるほど、これが基本量なんですね」


「男の人は大体足りないので、働いて食事量を増やしてますよ」


 少女が親切に答えてくれるので、ナハトは訊きにくかったことも口にした。


「あの……失礼ですが、あなたはどうしてここに?」


 マリーは若干表情を強張こわばらせたが、意を決したように話し始めた。


「私は貴族の生まれなんですが、私だけが魔力持ちで、家の中では煙たがれていたんです。父が存命の間はまだ良かったのですが、私が九歳の時に亡くなってしまって、私は家を追い出されました」


 ナハトは黙って話を聞いていた。貴族階級が何故か魔力持ちを嫌っているのは知っていたが、幼い少女に随分こくな対応をしたものだ。


「森を彷徨さまよい歩いていた私に、声を掛けてくれたのがフォルカーさんです。それ以来ずっと一緒にいます。他の人達もほとんどが、行く場所がなくてここにいます」


「そうだったんですね」


 ナハトは相槌あいづちを打った。単なる犯罪者集団ではなく、救貧院きゅうひんいんのような性格もあるらしい。


「さっきから思っていましたが、敬語は要らないですよ。私の方が年下ですから」


 マリーは食べるのをとめて言った。


「ナハトさん、ここにはあなたをよく思わない人もいるでしょう。でも、あなたが私達に被害を加えない限り、私はあなたを応援します。かつて私がそうしてもらったように」



 食事を終えると、ナハトは自室に戻って掃除の続きを始めた。完全に夜になる前に終わらせてしまいたかった。自分がいない間に、布団や蝋燭ろうそくなど最低限の物が運び込まれていたので、それはありがたかった。


(なんだか申し訳ないな。本当にここの仲間になったわけじゃないから)


 マリーは、完全に信用しているわけではないが、ナハトがクローネに入ったと思っている。しかしナハトは、情報収集を済ませたらここを立ち去るつもりだから、両者はすれ違っている。


 コンコン、とドアをノックする音が聞こえた。ナハトがドアの方を向くと、換気のために開けていたドアの所には、フォルカーが立っていた。


「結構綺麗になったな」


 改めて部屋の中を見渡すと、なんとか暮らしていける程度には整えられていた。


「付き合えよ、少年。良いモノ見せてやる」


 フォルカーに連れられて来たのは、城塔だった。胸壁の間には挟間さまが設けられていて、そこはナハトの胸ほどの高さだったので、城壁の外が見えた。


「俺のお気に入りはここだな。もうすぐ夏至げしだから、今は午後七時くらいか」


 太陽の位置から、時間を計算したらしい。フォルカーに指差された方向を見ると、夕日が丁度沈みかけており、新首都アイヒェの街並みが、オレンジ色の光に照らされていた。近くを流れるツェーレ川の水面もキラキラと輝いている。


「アイヒェまで見えるんですね」


「冬は空気が澄んでるから、もっとくっきり見えるぞ」


 それまでには仕事も終わるだろう。存在しない未来の話だ。しかしナハトは口には出さなかった。


「どうだ? ここに来た感想は」


 フォルカーに尋ねられて、ナハトは答えた。


「……まあ、割と面白いですよ」


 その後に、きっちり付け足した。


懐柔かいじゅうされる気はありませんが」


「やっぱバレバレか」


「最初から、お互いの思惑おもわくはわかっていたでしょう? 全部とは言いませんが」


「でも、仲間になってほしいのは本心だぜ」


 フォルカーは真面目な表情で、ナハトをしっかりと見据えていた。


「俺が親父に習った言葉だ。『金を積めば人に取り入る。へつらえば人の気に入る。けれど信頼を得ることはできない』」


 ナハトは黙って、その言葉の意味を考えた。信頼してほしい、本当の仲間になってほしいと彼は言っている。それが叶わない望みだとしても。


「では、お手並み拝見といきましょう」 


 誠意は態度で示されるべきだ。さあ、何が出て来るか。


「……」


「どうかしました?」


「お前、そういう風に笑うんだな」


 知らない内に、唇の端を吊り上げていたらしい。そういえば、この人の前で笑うのは初めてだ。


「笑うとおかしいですか?」


「いや。俺も頑張がんばらないとな」



 そうして、彼らの道は交わった。その先に待ち受ける未来を、今はまだ誰も知らない。

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