54 二人きりの逃避行

 

(ずいぶん奥地まで来てしまった…)


「アイラ、燃料は大丈夫なのか?」


 拒絶魔法主体の複合マナはたった2グラムの燃料で数か月飛び続けるような化け物じみた燃費だったが、合成マナは灯油に近い航空燃料でしかない。小さなカヌレでさえ10キロも飛べなかった。


「もう、残量計ではゼロになってる」


 手ごろな平地を見つけて、不時着しなければならない。


「ちょっと揺れるからつかまってろ」


 とりあえず、荒野の真ん中に落ちる。しかし、ここは確かに見覚えのある土地な気がする。


「空からだとわからなかったけど、確かに私の故郷っぽいな」


「確か、二人であの山の向こうからここまで来たことあったな」


「懐かしい」


 と、思い出話を弾ませている場合ではなかった。


 いたるところに敵の気配。戦車や兵士を満載まんさいした列車が何両も前線から後退しているのが分かった。拒絶魔法は使えない。ライフルの弾丸もほとんど残ってない。そんな聖女が敵に捕まればどうなるだろう…。私たちは移動手段もなく敵地に潜伏せんぷくしなければならないのである。


「逃げようアイラ」


 エリックに導かれるまま、一か八かでアイラの故郷のほうへ向かうことにした。村人たちは何も知らされていないのか、焚火たきびで暖を取りながら、帝国の軍服姿の私たちをぼーっと眺めていた。


 エリックはそんな村人に手を振って挨拶する。向こうもよくわからず手を振り返してきた。しかし、私は気が気ではない。今の私は拒絶魔法が使えないのだ。エリックを守ることもままならない、それどころか自分の身も守れるか…。


「この丘の先まで、馬の速足で1~2時間だったな?」


「歩いたら10時間くらいかかる」


 軍人なら徒歩行軍で20キロや30キロくらい普通であるが、敵に見つからず行動するとなると簡単ではない。


「とにかく先を急ごうか。誰かにこれ以上みられるのもまずい」


 しかし、よく考えれば敵が追いかけているのはエリックじゃない。ここにいる私。戦術的な意味としては、私を確保して拒絶魔法の使い手を一人でも封じること。あと、一兵士からしたらこれまで出した多大な損害の代償を受けた腹いせ、あるいは戦場でのストレスを晴らすため、私の体はいいようにもてあそばれるだろう。


「なぁ、私を置いていけよ」


 自分でこんなこと言ったけど怖い、正直おいていかないでほしい。だけど、今の私はただの足手まとい。どうせ、帝国にも用済みだって言われた身である。そして、おとりにするならもってこいの存在だ。エリックにはこれからやるべきことがたくさんある。ここからプラウダに逃げて、エルディス連合王国へ渡り、帝国への反抗作戦の象徴とならなければならないのだ。


「お前は、国を背負って行かなきゃならない。生き残れよ」


 でも、置いていかれのはやっぱり嫌だ。立ち止まった私を振り返るエリックの顔。さみしそうな表情だった。


 そんな、エリックが急に怖い顔になる。怒った顔なんて初めて見た。ドキッとしたのは初めてかもしれない。そして、エリックは黙って私の手をつかんで無理やり引っ張る。


 拒絶魔法は止まっても、私の呪いは働き続け、悪い予兆よちょうを示しているようなのだけど、でも、どういうわけか、エリックにしっかりとにぎりしめられた手のひらが暖かくなった。


「ダメだ、一緒に行こう。君がいないと意味がないんだ」


 けれど、私は裏切られる絶望も知った。ドメル将軍が私という存在に本質的に求めていた価値は兵器としての強さだったのだろう。


(今、エリックが私に求めるものは本当に恋だけ?)


 この時の私は世界で最もうたぐり深い女だったかもしれない。

  

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