55 雪のプラウダ

 

 旧ティエット王国はこの時期に雪が降り始める。湖を国土の真ん中に持ち、暖かさがしばらく残るティエットの土地は、周りに取り残されつつようやく雪が積もっていくのだ。


 だからこそ、ドメル将軍はここを進軍している。少しでも雪も少ない土地を進み敵を追い越す勢いで進撃するのだ。


「ドメル将軍は雪を避けたかったのだろうけどな」


 いつもより早い積雪はドメルを少しでも苦しめるだろうか?


「冬のプラウダに期待するしかない」


 エリックは戦況を分析する。私もそうなってほしいと思った。けれど、帝国の軍服を着たわたしをこの国が生かしておくだろうか?


 雪を避けられる林の中を進むと狩人の小屋があった。ずっと飛び続け、歩き続け私たちは疲れ果てていたことを思い出す。


「ちょっと、休んで行こうか」


 だから、私は断らなかった。


 そして、凍えるほど寒いこの土地で、二人とも背中を向けて帝国軍の衣装いしょうを脱ぐ。そして、毛皮でできたハンターの衣服を借りる。


 ついでにライフルの弾も見つけた


「使えそうか?」


「9ミリだ、使えない」


 正直、こんな豆鉄砲ないほうが良い。撃てば銃声は数百メートルまで聞こえ、間抜けな一人の命と引き換えに警戒した十数人が襲ってくる。


「いつか、こんな状況があったな」


 姉さんが死んだとき、敵に囲われて林の中を泥にまみれて逃げ回った記憶。辛い記憶が蘇る。でも、まだ悪い予感はしない。


(だから、きっとまだ死なないんだろう)


 でも、いつその予感が来るのか不安だった。絶望的な状況下なのに静かだとかえって不安になるもので、そうすると私のかんは鈍ってしまう。生きるのに絶望した時は鋭く機能するというのに、死にたくないときは鈍るのだ。つくづく嫌味な呪いである。


 狩人かりゅうどの恰好をして少し体も暖かくなる。それに、


「大丈夫、僕がついてるから」


 励まされるなんて久しぶりだった。よく考えれば、ドメル将軍に抱きしめられたことあったかな? エリックに包まれて思い出すのは姉さんのこと。姉さんは不安な時私を抱きしめてくれて、そんな姉さんの腕の中にいた時に姉さんは死んだのだ。私はそれを思い出してエリックの腕を振り払う。


「早く行こう、包囲される」


 雪は厄介である。足跡が残るから。けれど、ラッキーだった。進んだ先に小川が流れており、このまま小川を進めば足跡は残らない。


 バシャバシャ。


 長いこと歩いていると長靴に水が入ってきて、冬の水はやっぱり冷たいと思う。でも、ここを進まなければ敵にすぐ見つかるだろう。二人とも、真っ白な息を吐きながら川を上っていく。


 短い昼が終わり、夜はすぐそこまで近づいている。


「灯りをつけるか?」


 小屋からもらってきたランタンを灯そうか迷うようなそんなくらいの時間だった。


「いや、ダメだ」


 目を凝らすと、森のあちこちにランタンの灯りが見えた。木の陰に隠れたり出たりしてきらめいている灯り。


「敵に気づかれる」


 やはり、カヌレを見つけられていたようだ。忌むべき聖女がこのあたりにいる。敵はみんな私に怯えているのだ。


(私は彼らが怖いのだけど)


 そんな震える私にそっと寄り添ってまたエリックは抱きしめてくれる。


「大丈夫、俺がいるから」


 言葉だけならかっこいいと思うだろう? でも、思っているより大勢の敵に包囲されていたからなのか、エリックはプルプル震えている。


「お前、そういうところ変わってないな」


 かつて、馬で出かけ過ぎて野宿した時を思い出す。オオカミの遠吠えに怯え、二人とも心細くて泣きそうだったけど、こんな時だけは根性を出してエリックは私を元気づけてくれた。だけど、今日みたいにプルプル震えて、子犬みたいに怯えているもんだから可笑しくなってしまった記憶。


「ほんと、変わってないな」


 そうだよ、これがエリックだ。このヘタレエリックは私が導かないと、ダメなんだ。


「お前を見ていたら、なんか元気出た」


 そして、私に見せるエリックの複雑な表情もまた変わっていなかった。

  

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