53 拒絶の鍵

 

 コルコアは魔法を発動し、自分を治癒する。


「たとえ私が気絶しても、たたき起こしてくださいね」


 魔法の反応と共に、皮膚が修復されていくけれど、コルコアは背筋をのけぞらせ、表情は苦悶だった。噛んでいたあて木がギシギシと軋む。


「あとちょっとだ…もう少しだから頑張れ!」


 そうやって二等国民兵に励まされながら、コルコアの暗い瞳は虚ろになり、今にも白目を剥いて意識を失いそうだった。


 そんなとき、何も声援を送ることもできないキリエはさみしく思った。しかし、キリエの背負うリリーもまた、「ヒー、ヒー」と息をして、少ない生命力で必死に命をつなぐのである。


「リリーちゃんも酷いな…。大丈夫なのか?」


 リリーの呪いは不死。簡単に死ぬことはないけれど、苦しみは続く。普段の明るい笑顔も消え、くすんだ瞳の片方が機体の破片を飲み込んでつぶれていた。


「嬢ちゃん、無理するなって」


 一方で自己治癒を終えたコルコアは、服を直さないまま四つん這いでリリーに近づいてくる。


「キリエ、リリーは私が手当てするから敵を何とかなさい!」


 キリエは黙って敬礼をし、兵士が持っていたショットガンを借り、弾薬もたんまり持って空に駆けあがる。上空で様子見をしていた3機に向かって、ロケットのように垂直にカヌレが上昇していく。


 ショットガンは狙う必要なんてない。キリエは持っている弾を全部撃ち尽くすつもりで敵機めがけてショットガンと拒絶魔法をプレゼントする。そして、心の中で


(スターマインバードショット!)


 と叫んでみるのだった。少しでもクロルの強さを借りるため。そして、アイラのために奮闘するのだ。


 *****


「ドメル将軍、ご報告です」


 ドメルは愛車である軽戦車にもたれかかって煙草をふかしていたが、報告を聞いて激昂げっこうする。


「あ? 前線が押されてる?」


(アイラめ、最後の仕事をしてないな?)




 数日前のこと、ドメルとアイゼフの二人はもちろん作戦についてっていた。


「プラウダもアホじゃないからきっと反撃が来る」


 アイゼフはドメルの無茶むちゃな進撃計画を修正するよう、少し遠回しに指摘した。


「その時のためのアイラだと思ってる」


「ほう、どうするってんだ?」


「あいつに婚約こんやくは嘘だって言う。そんで破れかぶれでプラウダ軍に怒りをぶつけてもらう。あとは、生きていようが死んでいようが、使い物にならなくなってもそれでいい」


「敵の殿しんがりがいなくなればさっさと進撃できるって寸法か。まぁ、お前のこまだ好きに使え」




 ドメルはそういう画策だった。やけっぱちになってアイラが飛び立った姿は見ていたから成功したと思っていたが、どうやら失敗だったらしい。


「たく、帝国最強とか抜かしていたくせに使えねー女だな」


 ドメルは悪態あくたいをついてから仕方なく、戦車隊を動かすことにした。


「愛車に傷がついたらその分同じようにナイフで切り付けてやろうか?」


 無能むのうと認定した相手にはとことんきびしいドメルであった。


 *****


 同じころ。ソラシアは後方の補給基地でアイラのかぎを眺めていた。この鍵はアイラの拒絶魔法に使用許可や停止を制御できるもの。以前にこっそりコピーしたものである。


 時計を眺め、一杯の紅茶を飲む。


(そろそろ敵の奥深おくぶかくかしら)


 そして、アイラの鍵を無効にするためにトランクに入った通信機を開いた。


(敵陣の真ん中で武器もなくてボロボロにされてしまった無残なアイラさんが見たい)


 ソラシアはその一心でアイラの拒絶魔法を止めてしまうのだった。


 ≪帝国暗号局へ、対象の制御を停止したい≫


 ≪こちら暗号局、認証開始、ソラシア少佐を確認…。直ちに当該隊員の停止コードを発行します≫


 *****


 一方、何も知らないアイラ。


「エリック、クロルは見つけられそうか?」


 度重なる回避行動の末、クロルと完全にはぐれてしまう。しつこくおそってきた戦闘機たちは燃料や弾薬が切れて大多数が引き返してしまっていた。


「見当たらない」


 アイラの後ろに乗っているエリックは景色を見てあることに気づく。山の形に見覚えがある。


「ここ、プラウダの奥深くに来てないか?」


「は? そんなわけ…」


 アイラがカヌレのほう位計ぐらいけいを見る。敵の弾を受け、計器が壊れていた。そして、あろうことか壊れていたことに気づいていなかった。


「帰り道わかるか?」


 エリックが地形から方角を思い出そうとしている矢先、カヌレに異常が起こる。


「どうした?」


「あれ? 出力が上がらない…」


 エンジンが壊れたかと思ったが、複合マナから合成マナに切り替えるとすぐに調子が戻る。


「なんか、拒絶魔法がキャンセルされてる…」


「それってつまり?」


「どこか近くに着陸しないとダメっぽい」


 そして、二人は敵陣の奥深くで孤立することになるのだった。

  

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