46 演習
「リーダーは?」
リリーは飛行服に着替えながらコルコアに質問する。
「見ての通り、まだいらしておりませんわ」
「訓練まで私たちに押し付けるつもり?」
「あら、教える立場なら上官がいないほうがやりやすいですわよ」
「そうなの?」
「えぇ」
この日、まだ幼い新人の闇落ちたちに訓練を実施することになった。アイラ隊はすでに歴戦(れきせん)の部隊であるため、彼女たちが指導して闇落ち聖女たちを一人前にするのである。
フランシス王国が陥落(かんらく)し、また多くの闇落ち聖女が誕生した。エリックは気が気ではないらしかった。
「あの、くれぐれも丁重(ていちょう)に頼(たの)めるか?」
そういうエリックの弱気な態度にコルコアは食いつく。
「正直、難しいお願いですわ」
ここで優しく訓練をすれば、戦場で新米の闇落ちたちが生き残る確率は下がる。一方でしっかり厳しく訓練して戦う力をつけた場合、今度は帝国が対峙する相手の損害が増える。
「エリック様はどうしたいのですか?」
力なき王子は椅子に座って背中を猫のように丸めた。
「お願いだけして無策(むさく)ってちょっとカッコ悪いかも」
リリーの些細(ささい)な指摘が心に刺さるエリックであった。
*****
「はい、総員注目!」
結局、新人たちの指導はクロルがすることになった。理由は、本人がやりたがったからである。
「貴様らを指導するのはこの私、クロル・テンペストである!」
各地で拾ってきた戦利品で衣装を飾り、いつも以上に気合の入ったクロルが出来上がる。必要もないのに眼帯(がんたい)を身に着け、敵の将校が持っていた立派な回転式銃(リボルバー)を腰に下げ、缶バッチで飾るように、勲章(くんしょう)を軍服のアクセントにしていた。
キリエ(気合入ってる…)
リリー(うわー、中二病が輝いてる…)
コルコア(案外、適任かしら…)
何も事情を知らない、新米の闇落ちたちはクロルの威圧感(いあつかん)に緊張する。不本意(ふほんい)で連れてこられた彼女たちは、ほとんどの場合はまともに訓練を受けようとしないため、死亡率も高い。しかし、この日は比較的順調に訓練が進んだ。
「いいか! カヌレの良さは、滑走路がなくても飛び立てること!」
クロルがカヌレに乗ったキリエとリリーに合図を送る。垂直に立てられたカヌレのエンジンを吹かしてそのまま垂直に飛び上がっていく二人。
「離陸だけなら、自転車に乗れなくてもできるぞ!」
そして、飛び上がってすぐ、二人は空をぐるりと回ってさっき離陸した場所に戻ってこようとする。
「だけどな、垂直着陸は簡単にはできない!」
キリエとリリーはくるりとでんぐり返しするように、機体を180度反転させ、同時に逆噴射をして、さっき飛び立った場所にすとんと着陸する。
「これが、着陸(ランディング)燃焼(バーン)だ!」
一見すると地味で簡単そうな着陸をするためだけにこの日は一日中基本訓練をすることになる。もちろん、実際は途方もなく難しい技であり、習得には年月がかかる。
「まずはそのホッピング機動で機体の感覚を鍛えろ!」
そんな難しくて大事な技術の訓練内容は極めてシンプルだった。垂直に立てたカヌレを1メートルジャンプさせ、噴射を調整して着地する。これを繰り返し、だんだん高い位置からでも着陸できるように訓練するだけである。
隊員たちはうさぎ跳びでもするようにぴょんぴょんとその場で車重120キロのカヌレを操る。噴射が弱すぎて全然飛び上がれないやつもいれば、逆に噴射しすぎて飛び上がってしまい、戻れなくなるやつ。性格はいろいろだった。
「よし、今日の訓練の仕上げだ!」
クロルは湖の上にポツリと浮かぶフロートを指差す。
「あそこに着陸出来たら合格だ!」
そうして、うまく着陸できずバシャバシャと湖に落ちて行く新米闇落ちたち。ただ、飛ぶだけでも大変な苦労があることがわかる。
「どうした、誰も着陸できないのか?」
すでに夕刻を過ぎ、あたりは暗く、凍えるような寒さになってきた。
(今日は潮時(しおどき)だな…)
クロルがそう思ったとき、夕闇を背にして飛んでくる一機のカヌレがあった。
「誰だ?」
クロルが目を凝らしてみると、アイラだとわかった。
「キリエ、ちょっとライト貸せ!」
信号を送るクロル。それに気づいたアイラはくるりと姿勢を反転させて湖のフロートにすとんと着地する。
「いいか、お前らはあれだけ簡単なこともできないくずだ! そんなんで戦場に送り出されたらすぐに殺されるからな!」
そうして、訓練が終わる。
訓練の終わりを察したアイラがクロルたちの元に寄ってくる。
「あ、リーダーお帰り。全部私たちで済ませておきましたから~。リーダー居なくても全然うまくやりましたから~」
厭味(いやみ)ったらしくリリーが言うのだった。
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