45 どうして私たちに!


 徒歩1時間半。ようやく駐屯地の宿舎が見えてくる。もう、空はすっかり暗くなっていた。


「よし、あと丘一つ!」


 一列になって進む私たちの横を一台の車が通り過ぎる。そして、私たちの少し前で停車した。


 車の窓がぱかりと開き、ソラシア・アイゼンフローラ嬢の顔が覗く。そして、彼女の笑顔に対して全員の背筋が凍ったのである。


「ほら、紋章の検査をするから上着を脱ぎなさい!」


 真冬のこの時期は夕方になれば肌を刺すような気温である。


「乱暴はやめていただけませんか?」


 私はなだめたものの、ソラシアはずいぶんと不機嫌だった。


「わかったわ」


 そう言って、むちを降ろしたように見せかけて、ソラシアは不意打ふいうちで一発ふるう。その鞭がコルコアの顔面にあたり、コルコアの額からポタポタと血が垂れ始めた。


「おい!」


「ふん。アイラさんを恨んでくださいな」


 そう言って、ソラシアは捨て台詞を残してまた車に乗って基地へ向かう。


「うぅ…」さすがのコルコアも地面にうつむく。


「うわ、ひどい血」


 すでに血痕けっこんが地面にいくつも落ち、傷口を抑える彼女の服にも赤い血が染みついているのが分かった。


 キリエが素早くガーゼで抑え、私が包帯できつく縛る。頭に直撃の衝撃を受けたせいか脳震盪を起こしているらしい、コルコアの瞳がはっきりと定まっていなかった。


「こういうの、久しぶりだな」


 クロルがつぶやく。


「えぇ、最近では全部アイラ様がこの仕打ちを受けていたのですから」


 ふらつく足で立ち上がるコルコア。そして、黙り込んでしまうリリーであった。


 *****


 首都エルシャワのとある高級レストラン。懐かしさを感じる内装で、たぶん子供の時に何度か来たことがあるのだろう。家族でやってきたこの場所に、今はドメル将軍と二人である。


「美味いか」


「そりゃ、レーションや缶詰よりは」


「手厳しいわりに食事が進んでいるようだが」


「冗談だよ。おいしい」


 私も自然と笑顔がこぼれる。


「まぁ、沈めた敵艦の数までなら食っていいぞ」


「え、じゃああと6皿は行けるな」


「本当に食べる気か?」


 私はドメル将軍の目を見て様子を伺う。そして、お互い勝手に笑いがこみあげてくる。


「なら5皿で勘弁してやろう!」


「まぁ、好きなだけ食べるといい」


 と、調子に乗っていたら、お腹がいっぱいになってコルセットがやたらきつくなってしまった。今度からは調子に乗るのを控えねばならない…。


 そして、満腹になったらとてつもなく眠くなってしまう。せっかくの二人の時間なのにもったいない。そう思いながらも、


「アイラ、疲れているなら無理せず眠るといい」


 私の意識は溶けるように夢の中に沈んで行くのだった。食って寝る。当たり前なのだけど、どうしてこうも幸せを感じられるのだろうか。


 *****


「…すやすや…」


「おい、アイラ?」


 ドメルは確認する。アイラがしっかり眠っているかどうか。そして、一切返事をせず寝息を立てるアイラである。


 ジリリリ、電話のベルを回す音。


「ドメルだ。アイゼフ元帥につないでくれ」


 しばらくして元帥となったアイゼフが応答する。


「ドメルか? 今日はアイラの相手じゃないのか?」


「薬を盛って寝かせた。相手するのも面倒だからな」


「そうか、それで要件は?」


「プラウダについて」


「作戦発令予定通りだ。これは、総統の決裁ももらっているぞ」


「なら、アイラはその作戦後に始末するがいいか?」


「あぁ、拒絶魔法の使い手に勘の良さはいらない。謀反むほんを起こされる前にすりつぶして殺せ」


「承知しました」


「それで、当のアイラはどうしてる?」


「幸せそうな顔でぐっすり寝てますよ」


「そうか、まぁ、最後くらい良い夢見させてやれ」


 北の土地に、帝国軍が続々と集まっていた。


(プラウダが滅亡すれば、世界はもう帝国のもの…)


 闇落ち聖女の存在価値はそれまでに消える。

  

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