44 北へ

 

 寒さの続いた日の中で、今日は珍しく温かい。昼下がり、列車が心地よいリズムで私たちを運び、うとうとしているところだった。


「アイラ、もうすぐティエットだぞ」


 クロルに起こされて私は外の景色を見る。ティエット王国の首都エルシャワである。戦争があったのは6年前であり、町はもうすっかり元通りに見える。けれど、ところどころ砲撃で壊れたままの民家や、外壁の弾痕だんこんが残っていた。


 トランク一つで世界中の戦場を渡り歩く私たちは、列車を降りるのも素早い。首都だけに大きな町である。人がごった返している。そんな中で一人の男とぶつかりそうになって私はとっさに避けた。


「二等国民が客車乗ってんじゃねぇぞ!」


 と、思いっきり怒鳴どなられる。厄介やっかいごとに巻き込まれる前に逃げるように駆け出す私たちであった。


「じゃ、私は司令部に寄っていくから」


 そう言って私はみんなと別れ、一人で司令部へ向かう。


 司令部は皮肉ひにくなことに、旧ゼファーリア侯爵こうしゃく家の別荘べっそうが使われていた。姉さんとエリックと三人でかくれんぼをしたこの別荘であるが、今は帝国軍の警備が正門に常駐し、私のことをにらむのである。


「二等国民は裏から入れ」


 そう言われ、私は勝手口を目指す。扉を開けると当たり前であるが厨房ちゅうぼうである。もちろん子供の時に散々迷惑をかけた使用人たちはいない。


 そんな、まるで他人の所有物となってしまったかのような私の別荘であるが、階段を上って執務室のさらに奥へ向かう。その先に、心強い味方がいる。世界最強の私の男がいる。


「アイラ、やっと会えたね」


 ドメル将軍は見たこともない優しい笑顔を、私だけにくれるのだ。


 *****


 アイラが一人抜け、私と残りの4人でとぼとぼと宿舎に向かう。大きなトランクを抱えてこれから6キロも歩かねばならなかった。


 リリー「ねぇ、なんでリーダーは急にやめるって言いだしたと思う?」


 リリーはしかめ面をしながらキリエに話しかける。もちろん、沈黙のキリエは何も答えない。


 リリー「絶対、男がらみだと思うんだ」


 ゴトン。ガタン。トランクが二つ同時に地面に転がり、衝撃で二つ同時にふたが開いて中身が辺りに散らばってしまう。落としたのは王子とキリエであった。


 リリー「はーん。わかりやすい二人だこと」


 リリーのあきれたような表情であった。


 コルコア「リリー、憶測おくそくで物を言わないでいただけます?」


 コルコアが散らばった物を拾いながらリリーに苦言くげんていする。


 クロル「コルコアはこの後のことフィナから聞いてないのか?」


 クロルは一切手伝おうとしないが会話には参加してくるのである。


 リリー「あっそうか! 聞いてるなら未来のこと教えてよ!」


 コルコア「もちろんうかがっております。でも、もうしばらくはお教えできませんわ」


 リリー「えぇ~、コルコアのケチ!」


 と、リリーが言い終わった直後だった。その時にはコルコアはリリーのほほをつまみ、そして強く握る。


 リリー「いだだだだ! ごめんってば!」


 コルコア「必要になったら言いますわ。ただ、その時まで言えませんの」


 リリー「ふーん。コルコアはリーダーの味方なの?」


 コルコア「今のアイラ様は私も嫌いですわ」


 コルコアはそう言って二つのトランクを軽々と持ち上げ呆然ぼうぜんとしている男二人に向かって放り投げる。それをキリエと王子はかろうじて受け取ってまたよぼよぼと歩き始める。


 クロル「で、今リーダーは何してるの?」


 リリー「え? 男と寝てるんじゃない?」


 そして、また二つのトランクが路上に散らばるのであった。


 コルコア「ちょっと!」

  

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