30 囚われの姫様は北の要塞に


 長い飛行機の旅。行く先々で補給ほきゅうのために町に寄ったが、驚くことに革命聖女の制服を着て、金をばらまけばどこの政治員も忠実ちゅうじつに仕事をしてくれた。


 命令で定められた要人ようじんの捕らわれた要塞ようさいはもうすぐである。


「あら、随分ずいぶん綺麗きれいな場所ですわね」


 コルコアが飛行艇のまどを開け、太陽の光を取り入れる。


「お茶しながらお話ししましょうか」


 丸く切り取られた木の板を並べ会議かいぎたくの代わりにし、コルコアが真っ白なテーブルクロスをかぶせる。今は、全員がコルコアの紅茶ができるのを待っているところである。


「今のうちにふうみつめい令書れいしょみようぜ」


 私たちは最初からすべての情報が知らされてはいない。失敗した時のことを考えれば知らないほうが良いこともあるから。


 なら、どうやって情報を得るかと言えば、ふうみつ命令めいれいという封書ふうしょを特定の状況になって開封かいふうすることが許される封筒があるのだ。


 要塞前に到着した今、ここでようやく私たちは誰を助けるべきだったか知ることになる。


 先にのぞき見してもわからないだろうって?


 この封筒ふうとうは「服従ふくじゅう」の呪いがかけられたクロルが守っていて、もし、封密命令書が特定状況以外で開封されそうになったら、クロルの宝珠ほうじゅが爆発して、私たちのような証拠しょうこごとすべて抹消まっしょうする仕掛けになっているらしい。


 クロルの封書を横からリリーが覗き見ている。


「うーん難しくて読めない…」


 で、さらに横のコルコアが内容を読む。


「あらまぁ、皇女様を助けるんだって、ファンタジーですね」


「けっ、なんだ女かよ」


 そして、要人が女だったからがっかりしているらしい。


「捕らわれていると言えばお姫様は定番だよな!」


「たまには王子様が捕まってたっていいじゃない!」


 そんな、話を苦笑にがわらいしながらエリックが聞いていた。このままではいつも通り話が進まないので私が介入することにする。


「で、城についての情報は何かあるのか?」


 これから、なぐみをかけるのだから、なるべく情報が多いほうが良い。


「えっと、ソバリア要塞っていうのか?」


「ソバリア要塞、有名だな」


 エリックが語り始める。


 姫様が捕らわれているのは、直径数百キロに及ぶ(北海道全体より)広大な沼地のど真ん中にある城。人を寄せ付けない場所に存在し、脱走したとして、道路はほとんど整備されていない。まともな交通手段はなく、小さなボイラー船で沼地をって進んで2週間はかかる。


沼地ぬまちを徒歩で進むには数か月かかるって話だ」


「まさに地上の流刑地だな」


 こうした事情からソバリアの地には、たくさんの流刑者が集まり、この周辺だけで10万人くらい住んでいるという噂である。


「その中心のお城に姫様がいるってことだな?」


 コルコアの紅茶が出来上がって皆がいったん作戦の話を止める。そして、紅茶で一息ついてから、エリックが話を切り出した。


「こんな厳重な場所からどうやって助け出すつもりなんだ?」


 私のほうを見て聞いてくるから、私は一言で答える。


陽動ようどう作戦さくせんだな」


 作戦は簡単であり、流刑者るけいしゃが近くにたくさんいるのだから、収容所の壁を派手に破壊して大量の脱走者だっそうしゃを暴れまわらせて、敵の注意をそっちに張らせて、本体はカヌレで沼地ぬまちを静かに移動して城に近づいたら飛び上がって、お城のてっぺんに捕らわれているお姫様を助けて帰ってくる。


「以上!」


「私は壁壊かべこわしたい! 暴れたい!」


「じゃぁ、私とクロルで陽動。キリエとリリーで救出。コルコアは本陣を守っていてくれ!」


「じゃ、総員行動開始!」


 そう言って4人が飛び立っていく。


 *****


「いつもこんな感じなのか?」


 私と共に飛行艇に残るコルコアに聞いてみた?


「こんな感じとはどういう感じでしょうか?」


 しかし、どうやら彼女らに違和感いわかんはないらしい。遠い空に飛び立つアイラの背中に手を振りながら、コルコアがつぶやく。


「作戦の成否は心配ありません。ですが…」


 しかし、コルコアは答えをもったいぶってすぐには言わない。視線しせんを空から彼女に戻すと、いつもクールなコルコアとしてはめずらしい笑顔だった。


「アイラ様はけっこうさみしがり屋ですよ」


 そんな情報をどうしろって?


「アイラさんのお姉さまはご存じですね?」


「小さいころには会ったこともあるよ」


「では、これはフィナ様からあなたへのアドバイスです」


 私はごくりとつばをのみこんだ。


「『わんわん泣き出したらきしめるとすぐ静かになる』とのことです」


 いったいどういう意味なのか? とても珍しいコルコアの決め顔の前で、意味がわからないなんて答えられなかった。

  

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