29 ホットライン・コールドライン


「書記長殿、何度も警告いたしますが、グリニジア帝国は貴国きこくへ向けて戦争準備をしているのですよ」


 帝国を打倒するためエルディス連合王国が中心となって連合国を結成けっせいしたまではよかった。しかし、連合国はフランシス王国の降伏こうふくをもって事実上の反抗力を失ってしまった。そのため、北に位置し、帝国を背後はいごから攻撃可能なプラウダ連邦を取り込みたかったのだ。


 しかし、プラウダの書記長の返電へんでんはこうだった。


「プークスクス。連合がそろって帝国にコテンパンにのされてやんの。だっせー」


 とても国家元首とは思えない煽り文句。これに対して、エルディス連合王国の代表であるテイラー首相は発狂はっきょうしかける。顔を真っ赤にするも、ギリギリこらえる。


「いえ、ですがこれは我らが情報部のつかんだ情報でしてね」


 この際だから、つかんでいる機密きみつ情報じょうほうを使ってなるべくプラウダ連邦をゆするしかなかった。


「なんと、帝国兵が堂々と貴国きこくに飛行機で置く深くまで侵入しんにゅうしているとのことですよ」


 書記長は考える。プラウダには完璧な密告システムがあるけれど、部下から敵の飛行機が国境内に侵入しているなどという報告は受けていない。だから、書記長はブラフだと思った。


「何顔真っ赤にしてむきになってんの? 帝国に負けたのがそんなに悔しいでちゅか、そうでちゅか、そうでちゅね~」


「こっちが下手に出てりゃ調子こきやがって! いいか、言ったからな。こっちは警告したからな! 支援が欲しかったらもう一度赤ちゃん言葉で要求させてやるからな!」


 ホットラインは乱暴らんぼうな音と共に途絶とだえた。そして、トイレの中から顔を真っ赤にして、テイラー首相が出てくる。さらに血管もピクピクと禿げた白い頭にいくつも浮かび上がっていた。


「くそう、せめて消息不明のフランシス王子が見つかれば!」


「首相」


「なんじゃ!」


 怒り心頭中の首相に全く動じないクールな佐官さかんだった。


「フランシス情報部によれば、第三王子はどうやらご存命とのこと」


「ほんとうか!」


 首相の表情がぱぁっと明るくなった。


「それで、今は何を?」


「それが、帝国の女について行ったとの報告が…」


 首相がしばらく考え事をする。冷静すぎる補佐官が言ったことが理解できなかった。


 二~三度聞こえた言葉の意味を考えていたが、なるほど、これは怒ったほうが良い場面なのだと理解した。


「どいつもこいつも、何やってんだ色ボケが!」


 世界を結ぶホットラインは残念ながら冷え切っていた。


 *****


「なぁ、アイラ」


 私とクロルは今夜のばん御飯ごはんを少しでも豪華ごうかにするために、飛行艇から釣り針を垂らして魚を吊ろうとしていた。


「なんだ?」


「これから戦争かもな」


 要人を強引に助けるなんて真似まねする以上、おそらく帝国は戦争するつもりだろう。独裁どくさい者がやると決めたら、それに対して反旗はんきひるがえすような奴はもう墓の中にしかいないから。


「そうかもな」


 そんな、クロルのやる気ない問いかけに対して私はより一層やる気ない返事で返す。


「まぁ、脱出すること決めちまったし、関係ないかぁ」


 実はもう、みんなとは相談を終えていた。私と王子とみんなで決めたことは二つ。一つはこの任務を終えたらそのままみんなで国外逃亡しようという話。もう一つはその過程で私の両親を連れ出すことである。


「そうか、ようやく自由になるんだな…」


 普段、マイペースでなんでも自由にやりたがるクロルに科せられた呪いは「服従ふくじゅう」。どんな命令でも強制的に遂行させられるのろいである。


 一等国民ならだれでもクロルに絶対の命令を与えることができた。


 呪われて最初に命じられたことは「両親を殺すこと」それ以降クロルは戦闘せんとう人形にんぎょうだった。だから守ってやらないとって思う。能力的には一番いちばんもてあそばれる能力だから。逆に言えば、だからこそ幼くても戦闘マシーンになれたのだろう。


「帝国民がいなきゃ、私は呪いがないのと同じだな」


「そんなクロルは手に負えないだろうな」


「はははははははは、私の本当の実力にひれすがいい!」


 誰も、この帝国に未練みれんのあるやつはいなかった。キリエも家族は殺されたし、リリーも戦争せんそう孤児こじだし、コルコアの弟は病死だった。


「アイラ。この仕事さっさと片付けようぜ」


「あぁ、その先に楽園らくえんがあるからな」

  

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