28 今、あなたの実家に来ているの


「この作戦が終わったら侯爵のいるエレーヌの町に行こう」


 両親が人質に取られているのはプラウダ国境に近いエレーヌの町である。今回の作戦空域からは少しずれている。


「どうやって行くつもりだ?」


「フライトプランを変える」


「作戦外行動だぞ」


「敵に追われたり、待ち伏せされたことにして迂回すればいい」


 エリックは埃まみれの床に指で地図を描き始める。


「さすが、覚えてるんだな」


「これでもパイロットの端くれなんでな」


 自慢げなエリックは少しだけ子供時代の面影を残していた。一度でもできるって考えると頑固で、絶対にできるまであきらめないやつである。逆に、そういう一面がなければ私はこいつのことを気にかけることもなかっただろう。


「本当にやるのか?」


「もちろん」


「そっか、やると言ったらやるやつだもんな」


久しぶりに見た頼もしい横顔だった。


*****


駅前で退屈そうに汽車を待つ馬車が一台。この日は少し暖かく、日光の下でうたた寝を始めた御者ぎょしゃだったが、汽笛きてきで目が覚める。


「ソラシア少佐殿ですね」


「はい」


 空色の制服姿のソラシア。御者は彼女の足元にタラップを降ろし、手を差し伸べた。ソラシアはそっと手に触れて馬車に乗る。ソラシアは謹慎中きんしんちゅうの身分であるが、あちこちに出かけて休暇のように旅を満喫まんきつしているのだった。


「こんな時にでも殿方とのがたと触れ合わねば生き遅れてしまいますからね」


 ソラシアは御者に対してここに来た理由をしゃべった。


「わざわざ少佐殿が起こしになったということは、さぞかし素敵な殿方なのでしょうな」


「あらあら」


「どのようなお方なのですか?」


「そうね、とても美しい方でしたわ」


「ほう」


「それに、自らむちに打たれて部下をかばうような方でしたの」


「えっ? むちに打たれた?」


 聞き手に回り、話を受け流そうとしていた御者だったが、聞き捨てならず聞き返してしまう。


「そうなの、私もあんなイケメンに守ってもらいたくって気になってしまいましたわ」


 穏やかな口調ではあるが、饒舌じょうぜつに語るソラシア。もちろん、その殿方を自分が鞭で打ったとは言わなかった。


「なるほど、それでブルーム家に向かうってわけですね」


「えぇ、まずはご家族ともお友達になりたいですからね」


「は、はぁ」


「あら、何かございまして?」


「いえ、ひとつ気になるのですが…ブルームのせがれがそんな美男子だったか気になりましてね」


「へ?」


 ソラシアの瞳が硬直する。彼女は自分の目に絶対の自信があった。それを否定するかのような御者の発言が気に入らなかったのだ。


 ソラシアがそういう怖い顔をしたのはほんの一瞬だったのだけど、御者は背筋に寒気を感じた。


「それで、ブルーム少尉がなんですって?」


「いえ、なんでもありません」


 だから、御者はそれ以上何も言わなかった。


「ところで、あなた一等国民ファーストかしら?」


「えぇ、もちろん」


「あらそう…それは幸いだったわ」


 怪しい雰囲気になり、御者は言葉を失う。ソラシアの冷たい視線を数分間浴び続けた御者であるが、ようやく次の話題を思いつく。


「そ、そういえば。このあたりには宿屋がありませんが」


「あらあら。それは困るわ」


「どうされるんですか」


 このまま、ブルーム少尉のご実家に泊ってしまおうかなどと考えるも、不埒な考えをすぐに改める。


「夕刻にはエレーヌの町に戻ってそちらの宿をお借りしますわ」


「それでは、帰りは汽車に間に合うようにいたしましょうか」


 ソラシアは、エリック王子が成り代わるヨハネ・ブルームを追いかけて、辺境へんきょうの地まで足を運んでいたのだった。そして、アイラたちの作戦の終着点しゅうちゃくてんもまた、このエレーヌの町である。

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