21 連邦へ


 ここは私の故郷である旧ティエット王国である。


「リリーは飛行機はじめてかも!」


 静かな山間の集落に湖がある。この美しい景色に馴染む、優美ゆうび曲線きょくせん飛行ひこうてい桟橋さんばしに泊まっている。


「フランシスの機体は優雅ゆうがだな」


「戦うために作ってないからな」


 私よりも皮肉を言うエリックである。


 ティエット王国は南北を分断され、南側をグリニジア帝国が、北側をプラウダ連邦がそれぞれ支配している。私たちはティエット王国の南側から離陸し、超低空でプラウダ連邦に侵入する計画である。


 そんな過酷かこくな任務に使われるのは、王室専用機にも採用された飛行艇である。そんな機体は今回の作戦のために座席を取り外し貨物室を増やしている。


「うわー広い!」


 どんなふうに機体を改造して貨物室を増やしたかよくわかるほどの超手抜き工事っぷりであった。


「もうちょっとやり方ないかな…」


 エリックも帝国兵のお仕事には不満気だった。


 *****


 私がソラシアに撃たれて寝ていたせいで出発まで期日がない。


「点検急げ!」


 カヌレの点検リストを眺めながら黙々と作業をするキリエ。そんなキリエの頭をなでながら、リリーやクロルには武器の数をチェックするように命令する。


 コルコアは、備え付けられた簡易キッチンと食料の確認。1か月分の食料コンテナを確認するのは大変そうだった。中身はパスタとビスケットが多い。小麦粉もあるが、オーブンがないのでパンは焼けそうになかった。


「あら、このトランクは何かしら?」


 重さ10キロくらいの金属トランク。カチャリとロックを開けると、見たこともない量の札束が入っていた。プラウダ連邦のお札である。コルコアが無言で私のほうを見る。


「作戦用の金だってさ」


「今すぐこのお金持って逃げたくなりますわね」


「どうせすぐ戦争するつもりだぞ」


 プラウダから政治的なリスクを犯してまで要人を救出する理由なんてそれくらいしかない。アイゼフ将軍の見立てでは、帝国が本気で侵攻したらプラウダは3週間も持たないと考えていた。


 振り向くとリリーとクロルが武器装備をチェックしている。


「パーティ用の高級ドレスが3着!」


「あーえっと、防弾アーマーのことか? 3着、オッケー」


「魔法のティアラが6個!」


「えーっと、鉄帽かな? 6個、オッケー」


「真珠のネックレスが一つ、二つ、三つ…」


「えっと、口径は?」


「口径って言わないで! ちなみに、7.6ミリ」


「やれやれ」


「あ、大粒真珠がある! 20ミリ!」


「真珠にしては大きすぎないか?」


 そんなにぎやかな出発準備を横目で眺めながら、私はエリックと二人作戦の相談である。


「で? 本当にやるのか?」


「あぁ、いったん君の実家に寄って行こう」


 冗談だと思っていたが本気らしい。盗み聞きされていると困るので、私は広げてあった地図上に爪で痕をつけた。そこが実家である。


 プラウダを流れる大きな川は全部で三つ。どれも山脈が深く切り立っている。そのうち帝国から近いドナ川を北上しても目的地にはたどり着かないため、どこかでプラウダ市民が暮らす平地を横切って、ドム川に入らねばならない。


「なら、このルートを使おう」

 

 王子の引いた予定進路と私の爪痕が重なる。なんと壮大な帰省計画だろうか。


「確か、ここには湖もあったな。着陸できそうだ」


「ついでに敵地で補給するか?」


「あぁ、そうしよう」


 ドメル将軍はフランシス侵攻作戦において、戦車の燃料がなくなったらその辺のガソリンスタンドで戦車に給油していた。


 フランシスのガソリンスタンドに、突然現れた帝国の戦車を見て、スタンド店主が目を丸くする。さらに、そんな店主に向かってドメル将軍は。


「レギュラー満タンで頼む!」


 と、笑顔で言い放った。そんな将軍が今でも忘れられない。今回も同じようなことができるだろう。


 と、エリックが聞きたくないだろう思い出に花を咲かせてしまった。むすっとしたエリックの顔。


「くそぉ、帝国を倒すときは俺もやり返してやる!」


「はは、いい根性だな」


 ドメル将軍が王子くらいの歳には、私たちを率いて戦っていた。今は、表面上だったとしても彼が私たちを率いているのだ。どことなく、横顔を重ねてしまうものである。が、ちょっと頼りないかもしれないとは思った。


 *****


「始動準備!」


 飛行艇を操縦する王子の掛け声に合わせて翼の上で待っていたキリエが始動装置をクランクで回し始める。機体にウィーンという機械音が響き始める。そして、ある程度の回転数に達すると、コックピットのエリックがイグニッション・スイッチ押す。


 ボフボフ、ブルブル、ドドーン!


 ちょっと心配になるほど大きな始動音と共にプロペラが回転を始めた。いよいよ離陸である。キリエが翼の上から戻ってきたのを確認。


「ドアロック、よし!」


 全員着席して離陸に備える。


 エリックがエンジンスロットルを全開まで押し込む。遅れてエンジンがものすごい音を轟かせ、プロペラが静かな湖に大きな波紋と共に水しぶきを舞わせた。


 そして、座席に押し付けられる感触と共に機体はどんどん加速していく。ばしゃっ、ばしゃっ、と船底を水がうつ音が激しくなり、そして急に静かになった。


「あまり揺れませんのね」


「王室御用達だ、機内で紅茶を飲めるように揺れが少ないんだ!」


 自慢の機体が新たな任務へ旅立った。エリックと行くプラウダ連邦の旅であった。

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