20 首輪


「それは、私たちの首輪だよ」


 帝国の発明は二つ。拒絶魔法とどう暗号あんごうである。


 あらゆる力をも拒絶するほどに強大な威力を持つ魔法。しかし、この力が個人に帰属きぞくする限り帝国など成り立たない。強権政治で一等国民たちの権利を守るため、二等国民は弱者でなければならない。


 だから、拒絶魔法と二等国民は本来相容れない要素だった。英雄は皇帝一人で十分なのだ。この最強の魔法を唯一世界で自由に使える存在はこの世界の皇帝以外におらず、本来は下々の私たちに与えられるような力ではなかった。


「だが、暗号化技術でそれが可能なった」


「そうだ、力に首輪をつけたんだ」


 魔法に暗号を刻むことで、力の発動をコントロールできるようになったのだ。それによって私たちの意思で拒絶魔法を用いることはできず、ちょっとでも暴れようものならこの力を封じることができる。


あらがわない理由はこれか」


「ついでに副作用ふくさようで呪いも付与されるぞ」


 私はただエリックを見つめるだけで返事はしなかった。エリックが求めているのは私たちの力。


「それ、使い方教えてやろうか?」


 だから、その力を見せてやろう。


「まず、無線機を開き、認証にんしょうしたい鍵を指しこみ通信基地にアクセスする。すると、認証された鍵にタイムパスが記録され、有効時間が設定される」


 私は自分の鍵をとりあえず差し込む。


「試しに設定してみろよ」


 エリックは有効期限を最大の3日に設定する。通信局と指定のやり取りを行い、私の鍵が認証される。


 鍵にマナが宿り、ほんのりと輝く。


 私は手を出して鍵を渡すように催促さいそくする。エリックは黙って一つの鍵を私に手のひらに置く。


「鍵の受け先はこれだな」


 私が胸にしまっているペンダントを見せる。ガラスの容器に封入された銀でかたどられた魔法陣と重水。このペンダントに鍵を近づけると、魔法陣の外縁が薄く光る。


「これで、私は最強の聖女だ」


 私は、そのまま建物の外に出る。


「ついてきな」


 青空に浮かぶ一つの雲を指で指す。そして、その雲に向かって私は魔法陣を指でなぞって構築し始める。


「拒絶魔法の特徴は、最後に×印が付くことなんだ」


 誰もが抗えぬ強力な魔法を見るがいい! これが、闇落ち聖女の本当の力である。


 強い光と共に、ドドーンという雷鳴が響く。雷と違うところと言えば、閃光が一直線に伸びて雲をつらぬいたことだろうか。


「すごいな、今ここで帝国に一泡吹かせようとか考えないか?」


「やったことあるよ。姉さんがね」


 無能指揮官から私を守るため、制御キーを姉さんが奪ったとき、今でも思い出す痛みがある。


 ソラシアが私の太ももに大きなくぎをハンマーで打ち込んで、骨をきしませてほくそえんでいたことを思い出す。そのトラウマは、何年たったも消えることはなく、今もこうして体を震わせるのだ。


「泣くなよアイラ」


 そんな、骨まで帝国にしゃぶられた私の体をエリックは優しく抱きしめてくれるのだ。


「逃げ出そう帝国から。君を救いたいからついてきたんだ」


「私を? 私たちじゃなくて?」


 エリックは、言い直さなかった。救いたいのは私なの? 一体何のために? 帝国の戦力を連合国のものにして、帝国に反撃を加えるのがエリックの目的じゃないのか?


「いやなことを思い出させたみたいだ。ごめん」


 私は強く抱きしめられて、体の震えが少しずつなくなっていった。


「なぁ、お前はお人よしすぎるって言われないか?」


「言われたことはないな」


「嘘つくなよ」


 エリックは鼻で笑う。


「さぁ、作戦がある。行こうプラウダの領域へ」

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