19 闇に落ちるということ


 ソラシアはとある基地の郵便局で待っていた。


「ソラシア・アイゼンローラ少佐。ただいま届きました」


 そして、謹慎期間中だというのに少佐の職権しょっけんを使ってとある荷物を探していた。


「あら、私が訪ねてきたその日に来るなんて幸運ね」


「これも聖女様のご加護かごかもしれません」


「あら、お上手ね」


 郵便局の男は重々しいトランクを机の上にドンと置く。発送したのは帝国ていこく暗号局あんごうきょく。局員の男は彼女に見えるようにトランクを開いた。


「開けていただけるかしら」


 ソラシアは中身を局員に開けさせる。


「これは通信機と鍵ですか?」


 大きな通信機と、子袋に包まれた小さな鍵が5つ入っている。ソラシアは迷わず5本の鍵を見る。そしてルーペを取り出して小さく刻印こくいんされた鍵の管理番号を確認する。


「E5415…違うわ。HAL1607…これも違うわ…」


 そうして鍵を調べること5本目である。


「ふふ。あったわ。この鍵ね」


「よかったです」


「荷物は2日ほど預かっていただけるかしら?」


「かしこまりました」


「私はこの鍵と引き換えに正しい鍵をもらってくるわ」


 ソラシアは鍵を小さなポーチに入れて大事そうに抱えながら郵便局を後にした。


 彼女が郵便局から顔を出すとすぐに黒塗りの車が彼女の前にやってくる。


「急いで頂けます。早くしないと軍に気づかれるわ」


「はい。承知いたしましたお嬢様」


 黒塗りの車はゆっくりと走り出す。


 走る車の中でソラシアはもう一度ポーチを開き、にたりと笑った。


(アイラさん。あなたのたましいを握ったわ。早く握りつぶして差し上げたいわ)


 ソラシアは鼻歌を歌う。上機嫌なソラシアを見て運転手も声をかける。


「お嬢様。一体何を手に入れたのですか?」


「あら、ご興味あるかしら?」


 ソラシアは饒舌じょうぜつに話し始める。


「この鍵はアイラさんの呪い。拒絶魔法の鍵よ」


 拒絶魔法は帝国が初めて実用化した最強の魔法。これまでのアルコールやガソリンのような化学合成マナと一線を画す圧倒的エネルギー効率を誇る究極の魔法である。たった二グラムの重水じゅうすいから、街一つを滅ぼすような強力なエネルギーを生み出せるのである。


「魔法に鍵ですか?」


「闇に落ちたアイラさんを帝国に縛り付ける呪いなの」


 そして、強力なエネルギーをコントロールする存在がソラシアの持つ鍵であった。


「なるほど、それがあるから彼女たちは帝国に抗えないのですね」


 帝国聖女は呪いを受けていない。その代わり拒絶魔法も使えない。そんな、彼女たちがアイラを含めた闇落ち聖女をいたぶって、無事でいられる理由はこの鍵があるからである。


「お嬢様。それで、そのカギはどのように使うのですか?」


「あら。今は考え中よ。一番楽しい使い方を試すわ」


 楽しそうなソラシアは鼻歌を奏で始める。


 *****


 5日後…、出撃準備をするアイラの部隊の元に荷物が届く。


「帝国暗号局よりブルーム少尉にお荷物です」


 首を傾げながら大きなトランクを受け取るエリック。


「これは?」


「たぶん制御キーだな」


 エリックはアイラを見る。もっと説明してくれという顔だった。


 これは闇落ち聖女の最大の秘密である。私たちの秘密を知ってエリックは絶望しないだろうか? もしそうならせっかく私たちに着いてきてくれたエリックがまたいなくなってしまう。アイラにはそういう漠然とした不安があった。


 そうして、アイラが黙っていると、小さな紙が一つひらりと落ちた。


「なんだ?」


 ――彼女たちの力をお前に預ける。ミハエル・フォン・アイゼフ大将――


 そのメッセージに目を落とし、もう一度私を見るエリックの綺麗な瞳。状況をなんとなく察し、少しだけ哀れみの視線を感じる。どうやら、もう彼をごまかすことはできないらしい。

  

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