18 闇落ち聖女の口説き方
「いや、亡命ってなんだよ」
エリックの秘書官と名乗るリヨンという女装男が急に亡命とか言い出す。エリックはこの様子を黙ってみている。
「闇落ち聖女はこの国家の戦力でありながら、帝国民にひどい仕打ちを受けているではありませんか。ですから、我々王国連合があなたを救いましょうと申しているのです」
その提案自体は特に悪くないと思う。どうせ未来永劫続きそうな帝国で蔑まれるよりも、風前の灯火になっている王国側に協力してさっさと死んだほうが楽かもしれない。
(でも、ちょっと悲しい)
心のどこかに、エリックが私を好きになっているんじゃないかって思っていた。だけど、やっぱり違うんだ。欲しかったのは「闇落ち聖女の力」であって、私じゃないのだ。
「悪くない提案だが断る」
私たちには重大な秘密がある。エリックたちはきっと知らないのだろう。だから、こんな末端の私に媚びを売って仲間に引き入れようなんてことしているのだろう。
「どうせ、お前らの目的は私たちの力だろう」
「いかにも」
リヨンは潔くそれを認める。私はちょっとだけ残念な気持ちになった。指揮官が嫌味な一等国民ではなく気持ちのわかるエリックだったから生活も楽しかったのに。きっと、ここでお別れである。
私はエリックをがっかりさせたくない。こんな弱い私を見せたくない。多分、ここで鞭打たれるより辛い気がした。
「そうか…」
でも、ここで急に指揮官がいなくなったらそれはそれで私たちの立場は悪くなるだろう。プラウダの作戦に必要な人材となったブルーム少尉が忽然と消えたのなら、何らかの嫌疑が私たちにかけられ、特にソラシアがこれ見よがしに、私から準一等国民の推薦状を取り上げて、高笑いを浮かべながら拷問するんだろう。
そんな目に合うのなら…、今死んだほうがましだ。
エリックにはエリック王子としてのするべきことがある。彼らは彼らで消滅したフランシス王国を復活させるため、エルディス連合王国と共に戦うのだろう。
だから、彼らのためにも私は断らねばならない。王子には早く帝国を離れて役目を全うさせてやらねばならない。こんな私のところで油を売っていてはいけないのだ。
「そっちに行ってもまた戦争するって言うならお断りさせてもらうか」
「あなたは今後も帝国のために戦うというのですか?」
リヨンはもちろん食い下がる。それに、帝国のために戦うなんて私も嫌だった。
「あぁ、もうすぐ準一等国民になれるからな」
でも、私は皮肉屋。ネガティブ思考だから出てくる言葉も心と裏腹なのだ。ほんとは嫌だけど。そもそも私は彼にとってふさわしい女ではないのである。さぁ、国に帰るといい。亡国のエリック王子。お前のことは嫌いじゃなかったよ。
「なかなか、強情な人ですね」
私があまりにもああいえばこう言うものだから、リヨンも交渉の心が折れてきたらしい。
「いやなら今すぐ私を殺したらどうだ?」
二人の表情が
「ここで私が亡命しないなら、
今なら
エリックは哀れみの表情を向けながら一歩一歩私に近づいてくる。ギィ、ギィと床板が音を立てる。
(本当に殺してくれるのか?)
私は目をつむって王子に額を向ける。抵抗なんてしないから。そのまま、銃で撃って殺してほしい。この世界にとって
すっと手が伸びてくるのが分かった。ためらわずそのまま引き金を引け。私はもうこの世界に疲れたのだ。そして、代わりに帝国を滅ぼしてくれ。
でも、額に感じた感触は冷たい銃口ではなく、暖かい手のひらだった。私はそっと目を開く。王子に
「お前、甘すぎると思う」
戦争は残酷である。正義や善意なんて、簡単に拒絶できる兵器が帝国にはあるというのに。愛なんて簡単に消してしまえる世の中なのに。エリックは甘すぎる。彼ではこの世界で勝てない。
「リヨン、俺はもう少し彼女たちについていこうと思う」
私は撫でられながらこれ以上何も言わなかった。なぜならば、現状の私にとって最適な答えだったから。王子がいれば、ちょっと平穏な日常が続くし、それに、指揮官が生きているならば
「エリック殿下、どうしてですか?」
リヨンがそういう理由はむしろ私にはよくわかった。私が亡命して戦わない以上、最適解は私を殺して別の闇落ち聖女を誘って連れて行くこと。でも、彼はそうしなかった。
「わからない」
王子の答えもまた、私にとってよくわかった。なんでお前がそうするのか私もわからない。
けれど、私はその結論が好きだった。
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