17 温もり


 4人の帝国聖女がキャッキャとおしゃべりしていた。


 一方で、私は冷静ではなかった。帝国聖女の空色の制服を見ただけで恐怖が蘇るようになっていた。


 先日、ソラリスに撃たれた痛みを思い出し、植え付けられたトラウマが確実に成長している。傷は治してもらったのに、心の傷は癒えないのだ。


 肺に穴が開いてどんどん息が苦しくなって。そんな中でずっと笑って私を見下ろしていたソラリスの姿が私の脳を恐怖で支配している。


「こっちだ」


 そんな私に王子の手が触れ、しっかり握られる。そのまま、狭い路地裏に逃げ込んだ。


 遠くで聞こえる女のおしゃべり。しゃくに障るお嬢様口調の4人組がトコトコ街路を歩いていく。


 その間、私の体は王子の体と密着した。路地だと思ったら単なる建物のくぼみで全然スペースがない。そんなところに王子は私を押し込み、王子自身は隠れる必要もないだろうに私と一緒に隠れる。


 壁に押し付けられて顔が近い。私の白い息が王子の白い息とまじりあう。細いのに意外としっかり筋肉があって、私は恐怖で震えていたはずだった。


 だけど、予期せぬ状況で、私の体が混乱する。心臓がどきどきし始めるが、これは何が原因だろう?


「そろそろ、いなくなったか?」


 そういえば、そんなことを気にしていた気がする。帝国聖女は恐ろしい。けれど、不思議である。王子に守ってもらっていると考えると、なんだかそれだけで安心できた。


(そうか、怖いときは姉さんが抱きしめてくれたから)


 王子に握られた掌の暖かさ。触れ合う感触は全然違うけど、同じように安心できたのは。きっと寄り添う仲間ができたからなのだろう。寄り添ってくれるならだれでもいいって程に私は弱っているらしい。


 そんな、王子の暖かい体が離れていく。振り返ってあたりを見渡す王子。


「よし、もう誰もいない」


 至福の時が終わる。私は、姉さんの代わりをいまだに求めているらしい。王子は優しい人だから、お願いしたらきっと…。


「なぁ、王子」


 もう一度だけ抱きしめてほしいとお願いしたら、きっと黙ってそうしてくれるんだろう。


 しかし、神はそんなことを許さないらしい。


 シュタッ、と地面に着地する空色の制服姿の女。空から降ってきたらしい。全身身の毛のよだつ私であった。しかし、


「リヨンか?」


 と王子が声をかけた。


「エリック殿下。ご無事で何よりです」


 どうやら、どうやら王子と知り合いらしかった。女装しているが男の声である。執事だろうか? 補佐官だろうか? よくわからないがとにかく仲間なんだな? 


「それで?」


 リヨンと呼ばれる女装男の瞳が私を見つめる。帝国聖女の衣装を身に着けたこの女。綺麗な肌で顎も細いからあまりわからなかったが、目は間違いなく男であった。


「本物の闇落ち聖女だ」


「さすがです殿下! もう、篭絡ろうらくなさったのですか?」


 私を置き去りにして話が進み始める。


「えっと????」


「ここではまずいから、場所を変えよう」


 私たちはとある仕立屋に移動することになる。


 *****


 店には何着かの仕立て済み衣装が飾ってあった。こんなドレス、もう一生着ることないんだろうなと思いながら、二等国民兵が奥の部屋に入っていく。


「私の名前はリヨンと申します。ここの店の支配人兼王子の秘書官兼帝国の内情を探るフランシス王国のスパイです」


「はぁ、三重スパイトリプルクロスってこのこと言うのか?」


 皮肉で言ったつもりだけど「何言ってんだこの女」という顔をされる。女装とかするくせに真面目な奴で冗談が通じないらしい。腹が立ったのでちょっと指摘してみる。


「女装してるくせに冗談通じないやつだな」


「私は完璧主義なのです。状況に最も適した格好をしたまでのこと」


 まぁ、確かに。帝国聖女は特に任務もなく基地内をうろつくから変装して潜り込むにはもってこいだけども…。王子の秘書官というならもっと手段を選ぶべきでは?


「それで、そこの闇落ち聖女」


 リヨンは急に話題を変え、本題に引っ張り込む。


「亡命の準備はできているか? 今から出国する」


「へ?」

 

  

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