16 帝国聖女の行進


 次の日だった。今更やってきた憲兵。横柄おうへいな口調で問い詰められ。いきどおるように不満を口にした。


「撃たれたのは私なんだけど?」


 えらそうな態度たいど憲兵けんぺいさまのお調べによるとお犯人様はご不明とのこと。弾は現場から見つからず、薬莢やっきょうも落ちていなかったという。もし、ソラシアが証拠しょうこ隠滅いんめつしたならずいぶん手慣てなれた犯行だと思った。まぁもっとも、自称じしょう完璧かんぺきな一等国民様で組織された憲兵隊のすることだから、こいつらの職務しょくむ怠慢たいまんの可能性も十分にあるけども。


 どのみち、事実を話して得なことは何もないだろう。だから、ソラシアの名前は出さないことにした。私が憲兵に言ったことはこれだけ。


「その時はドメル閣下にもらった帝国聖女隊の服を着ていてね。私がねらわれたってことは帝国ていこく聖女せいじょが狙われてるんじゃないか? 危ないからみんな安全な実家に戻ったほうが良いと思う」


 わざとらしいかもしれないが、うろつく帝国聖女が減れば万々ばんばんざいである。


「うむ、通達しよう。それと、ほかにも聞きたいことが…」


 そうして、意地悪いじわる調書ちょうしょを取り続ける憲兵にそろそろイラついてきた私。


「私は今、アイゼフ参謀本部長の勅命ちょくめいを受けてるんだ。割り込み許可は取ったか?」


 と聞き返してやった。何も言わなくなった憲兵隊。


(お前らはこの帝国で一生長いものに巻かれて生きているがいい)


 私は黙って立ち上がり、椅子にかけてあるコートを羽織はおる。


「じゃ、私はこれで」


 憲兵隊本部から出てくると息が白い。もう、いつの間にか秋も深まり冬の空気。手が冷えないうちに慌てて手袋を身に着ける。王子かあるいは将軍が用意してくれた新品の制服はコートも手袋もしっかり風を防いで暖かかった。


 それでも背中を丸めながら歩いていると、目の前にマフラーが突然現れる。それをくるりと巻いてくれるのは王子だった。まだ暖かいマフラー。さっきまで王子が身に着けていたのだろうか?


「あ、ありがとう」


「さぁ、北を目指そう」


 息を白くし、鼻もちょっと赤くしながら、王子は語る。


「もしかして寒いの我慢してるか?」


「北か、懐かしいな」


 私の聞いていることに対して、話をはぐらかす王子。私なんかに優しくしても、きっと拒絶魔法の真実を知ったらがっかりするんだろうな。


「アイラはティエット王国出身だったな?」


 北にあった旧ティエット王国は何をかくそう私の故郷である。


「あぁ、私の実家があるんだ」


 と言っても、もう家族はそこにいない。ティエット王国は帝国の北西に位置し、北の大国プラウダ連邦と帝国の間に存在する国だった。内陸ないりく国家こくいえだが、内海うちうみがあり、海のおかげでこの地域では温暖な土地柄とちがらだった。農業のうぎょう資源しげんが豊かでオーラシア大陸全体を支える穀倉こくそう地帯ちたいとも言われた。


 この、ティエット王国に最後さいご通牒つうちょうが発行されたのは今から6年以上前、戦争が始まってすぐに戦争が終わってしまったことだけを覚えている。その後、私たち家族は帝国兵に拘束こうそくされ、私と姉のフィナ姉さんが呪いをかけられた。


「あの戦争にプラウダも共謀きょうぼうしていたとはな」


 ティエット王国は二正面の危機にひんしていた。帝国に攻め入られた反対側の連邦国境にプラウダ連邦の大群たいぐんが張り付いており、二つの大国によって戦力を二分されたティエット王国。ただでさえ不利なのに帝国の電撃的でんげきてきな作戦行動についていけず惨敗ざんぱい。教科書に残る大敗北だった。


 そして、今。ティエット王国は二つの大国によって領土を二分されてしまったのだ。


「私の実家はプラウダ側だから、二度と行くことはできないかもな」


 そう、言ってこれから向かう北の空を二人で見上げる。


「なら、作戦ついでに帰省きせいするか?」


「ははは、面白いこと言うね」


 そんな時だった。私の視界にちらりと青い制服の帝国聖女が4人ほど入り込む。距離は100メートルほどだがかくれる場所がなかった。だから、王子の背中にすっと身を隠す。キャッキャとはしゃぐ4人聖女の声が聞こえてきた。


 私の体はもう、反射的にその存在を恐れている。予兆よちょうのろいとは別にきざまれたもう一つの心の呪い。


 ぼんやり一人の男が立っていたらそれはそれで不審だった。だからだろうか、王子は右手で私の手に触れとある場所へ引いていく。


「もっとしっかり隠れるんだ」


 そんな王子の右腕を握りしめ、私はぶるぶると体を震わす。先日の痛みを思い出し、全身の筋肉がこわばるほどに恐怖した。


「こっちだ、物陰に隠れよう」


 怖くて目を閉じる。今は手を引く王子だけが頼りだった。王子の背中に触れるとじんわりと温もりが伝わってくる。

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